第65話「コルヴァンの告白」
多元宇宙連合成立から一日後の夜。
慎一は首席長老コルヴァンからの呼び出しを受け、長老の私室を訪れていた。
古い樫の木で作られた重厚な部屋には、1000年以上の歴史を刻んだ書物が並んでいる。
「田村管理者、お忙しい中お越しいただき、ありがとうございます」
コルヴァンが深く頭を下げた。
その姿には、いつもの威厳に加えて、深い疲労と何かを決意したような表情が見えた。
「コルヴァン長老、こちらこそお時間をいただき、ありがとうございます」
慎一が答えた。
「多元宇宙連合の成立、心からお祝い申し上げます」
「ありがとうございます」
コルヴァンが重々しく言った。
「しかし、本日お呼びしたのは、お祝いのためではありません」
「重要なお話があります」
慎一は身を正した。
コルヴァンの表情から、ただ事ではないことが伝わってきた。
「私の過去について」
コルヴァンが静かに口を開いた。
「ヴォイダス様との関係について、お話ししなければならない時が来ました」
慎一の心臓が早鐘を打った。
「ヴォイダスとの関係?」
「はい」
コルヴァンが立ち上がり、暖炉の前に立った。
「実は私は...ヴォイダス様の親友でした」
慎一は息を呑んだ。
「親友...」
「500年間、この事実を隠し続けてきました」
コルヴァンの声に深い痛みが滲んでいた。
「しかし、最終決戦を前に、あなたに真実を知っていただく必要があります」
コルヴァンは暖炉の炎を見つめながら語り始めた。
「私がヴォイダス様と出会ったのは、今から1500年前のことです」
「当時、私たちは共に若い研究者でした」
慎一は静かに聞いていた。
「ヴォイダス様は、まさに理想に燃える青年でした」
コルヴァンの瞳に、遠い記憶が蘇っていた。
「多元宇宙の完全なる調和を夢見て、日夜研究に励んでおられました」
「その情熱と知性に、私は深く感銘を受けたのです」
「どのような研究をされていたのですか?」
慎一が尋ねた。
「境界理論の基礎研究です」
コルヴァンが答えた。
「当時、世界間の境界は不安定で、頻繁に紛争が起きていました」
「ヴォイダス様は、すべての世界が平和に共存できる方法を探していたのです」
慎一は感動していた。
今の自分と同じような想いを、ヴォイダスも抱いていたのだ。
「私たちは、共同で研究を進めました」
コルヴァンが続けた。
「彼の理論構築力と、私の歴史的知識を組み合わせて」
「そして、管理者制度の基礎を築いたのです」
「管理者制度も、ヴォイダスが?」
「はい」
コルヴァンが頷いた。
「統合評議会、境界管理システム、すべて彼のアイデアです」
「私は、その実現を支える役割でした」
慎一は複雑な気持ちになった。
今の制度の礎を築いた人物が、なぜ破壊者になったのか。
「しかし、時間が経つにつれて、彼は変わっていきました」
コルヴァンの表情が暗くなった。
「最初の300年は、まさに黄金時代でした」
「しかし、400年目頃から、徐々に論理偏重になっていったのです」
「なぜでしょうか?」
「完璧を求めすぎたのです」
コルヴァンが深いため息をついた。
「初期の成功により、彼は『論理的思考こそがすべての問題を解決する』と信じるようになりました」
「感情や直感を、『非効率的な障害』として軽視するようになったのです」
慎一は自分の過去を思い出していた。
同じような道を歩みそうになったことを。
「私は、友人として彼を止めようとしました」
コルヴァンの声が震えていた。
「『感情にも価値がある』『人の心を大切にしてほしい』と何度も話しました」
「しかし、彼は聞き入れませんでした」
「『コルヴァン、君は感情に惑わされている』と言われました」
慎一は胸が痛んだ。
友人の忠告を無視してしまう、その心境が理解できた。
「そして、480年目にテクニカとの決別が起こりました」
コルヴァンが続けた。
「感情排除装置の開発を拒否されたとき、彼は完全に孤立してしまったのです」
「最後の協力者も失ったということですね」
「はい」
コルヴァンが涙を流していた。
「その時、私はもっと強く反対すべきでした」
「親友として、彼を止めるべきでした」
「しかし、私は...」
コルヴァンが言葉に詰まった。
「私は、首席長老としての立場を重視し、彼との友情を犠牲にしてしまったのです」
慎一は理解した。
公的な責任と私的な友情の狭間で、コルヴァンは苦しんでいたのだ。
「そして、500年目についに...」
コルヴァンの声がかすれた。
「ヴォイダス様が私の元を訪れました」
「最後の面談だったのですね」
「はい」
コルヴァンが頷いた。
「彼は言いました『コルヴァン、私はすべてを理解した。完璧な論理の先にあるのは、美しい虚無だ』と」
慎一は戦慄した。
「『感情という幻想から解放された時、真の平安が得られる』」
「『私は、多元宇宙にその平安をもたらすのだ』」
コルヴァンが続けた。
「私は必死に止めようとしました」
「『それは間違っている』『人々には感情が必要だ』と」
「しかし、彼は微笑んで言いました」
コルヴァンの声が涙声になった。
「『君も、いずれ理解するだろう。さようなら、親友よ』」
「それが、最後の会話でした」
慎一は深い悲しみを感じていた。
友情の終わりの、なんと痛ましいことか。
「翌日、彼は姿を消しました」
コルヴァンが立ち上がった。
「そして500年間、私は自分を責め続けてきました」
「もっと早く気づいていれば」
「もっと強く反対していれば」
「友人として、彼を救えていたかもしれません」
慎一は立ち上がり、コルヴァンの肩に手を置いた。
「コルヴァン長老、あなたは十分に尽くされました」
「いえ」
コルヴァンが首を振った。
「私は、最も大切な時に彼を見捨ててしまったのです」
「だからこそ、あなたに託したいのです」
コルヴァンが慎一を見つめた。
「私ができなかったことを」
「ヴォイダス様を救うことを」
慎一は深い責任を感じていた。
「しかし、私にそれができるでしょうか?」
「できます」
コルヴァンが確信を込めて答えた。
「あなたは、彼と同じ道を歩みかけて、違う選択をしました」
「論理偏重から統合の道へ」
「孤立から協調の道へ」
「あなたなら、彼に新しい道を示すことができるはずです」
慎一は深く頷いた。
「分かりました」
「ヴォイダスとの戦いを、救済の機会として捉えます」
「敵を倒すのではなく、友を取り戻すために戦います」
コルヴァンの目に希望の光が宿った。
「ありがとうございます」
「これで、私の500年間の重荷が、少し軽くなりました」
二人は暖炉の前で、静かに炎を見つめていた。
「コルヴァン長老」
慎一が口を開いた。
「最終決戦では、あなたのお力も必要です」
「親友を知る者として、最後まで見守っていただけませんか?」
コルヴァンが涙を流しながら答えた。
「喜んで」
「今度こそ、彼を見捨てることはいたしません」
長い夜が更けていく中、二人は最終決戦への準備を語り合った。
隠されていた歴史の真実が明かされ、新たな希望が生まれた夜だった。
そして、ヴォイダス救済への道筋が、ついに見えてきたのである。
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## 次回予告
**第66話「ヴォイダスとの思想対決」**
コルヴァンの告白を受けた慎一は、ついにヴォイダスとの直接対話に臨む。
「ヴォイダス、あなたの理想を理解したいと思います」
「理想?」冷たく笑うヴォイダス。「論理の極致は美しい虚無だ」
元理想主義者だった過去と絶望に至った経緯が明かされる中、慎一は真っ向から反論する。
「論理と感情の統合こそが、真の完成です」
思想と思想がぶつかり合う、決定的な対話が始まる。




