第54話「ヴォイダスの技術者」
慎一は統合評議会の技術開発室を訪れた。
新しい協奏の理念に基づいて、まずはテクニカとの関係修復を図りたかった。
「テクニカさん」
慎一の声に、テクニカは振り返った。
「田村管理者...」
その表情には、複雑な感情が宿っていた。
「お久しぶりです。調子はいかがですか?」
「おかげさまで、立ち直ることができました」慎一が答えた。「先日のご提案...あの時はお答えできませんでしたが」
「私と共同研究を再開していただけませんか?」
テクニカの目に、一瞬喜びが浮かんだ。
しかし、すぐに暗い影が差した。
「田村管理者...その前にお話ししなければならないことがあります」
テクニカは深く息をついた。
「私の過去について。ヴォイダス様との関係について」
慎一の心臓が早鐘を打った。
「ヴォイダスとの関係?」
「はい」テクニカが重々しく頷いた。「実は私は、500年前...ヴォイダス様の最高技術責任者でした」
慎一は息を呑んだ。
「ヴォイダスの...」
テクニカは慎一を奥の会議室に案内した。
「ここでは誰にも聞こえません。隠していた真実をお話しします」
二人は向かい合って座った。
テクニカの表情は、深い罪悪感に満ちていた。
「私がヴォイダス様に初めてお会いしたのは、今から520年前のことです」
「当時の私は若く、技術への情熱に燃えていました」
テクニカの瞳に、遠い記憶が浮かんだ。
「ヴォイダス様は、まさに理想の上司でした」
「多元宇宙の完全なる調和を目指し、そのための技術開発に惜しみない情熱を注がれていた」
「私も心から、その理想に共感していました」
慎一は黙って聞いていた。
「最初の300年間は、まさに黄金時代でした」
テクニカの声に、懐かしそうな響きが混じった。
「ヴォイダス様の卓越した理論と、私の技術力が完璧に噛み合い、次々と画期的な発明を生み出しました」
「境界安定化装置、世界間通信システム、感情可視化技術...」
「すべて、私たちの協力により実現したものです」
慎一は驚嘆していた。
「あの高度な技術の数々が...」
「はい。ヴォイダス様の天才的な理論構築力と、私の実装技術の融合によるものでした」
テクニカの表情が徐々に曇っていく。
「しかし、時間が経つにつれて、違和感を覚えるようになりました」
「400年目頃からでしょうか...ヴォイダス様の要求が、徐々に変わってきたのです」
慎一は身を乗り出した。
「どのように?」
「最初は『より効率的な統治システム』でした」
「しかし、それが『より完璧な秩序』、そして『絶対的な制御』へと変化していきました」
テクニカの声が震えていた。
「私は技術者として、ヴォイダス様の要求に応え続けました」
「しかし内心では、何かが間違っているのではないかと感じ始めていました」
「完璧すぎる秩序は、生きている世界から生命力を奪うのではないかと」
慎一はテクニカの苦悩を理解し始めていた。
「技術者としての使命と、人間としての直感の狭間で...」
「そうです」テクニカが頷いた。「そして、480年目に決定的な出来事が起こりました」
テクニカは立ち上がり、窓の外を見つめた。
「ヴォイダス様が、最後の開発命令を下されました」
「『感情排除装置』の開発です」
慎一は戦慄した。
「感情排除装置?」
「はい。多元宇宙のすべての生命体から、感情機能を完全に取り除く装置です」
「『論理的思考のみが残れば、争いも苦痛も存在しない完璧な世界が実現する』とヴォイダス様は仰いました」
慎一の血の気が引いた。
それは、自分が論理偏重時代に抱いていた究極的な願望と同じだった。
「私は...拒否しました」
テクニカの声が、ついに涙声になった。
「技術者として、そして一人の生命体として、そのような装置を作ることは絶対にできませんでした」
「感情こそが、生きている証拠だと思ったからです」
慎一は胸が痛んだ。
「それで、ヴォイダスは?」
「激怒されました」テクニカが振り返った。「『お前は理想を理解していない』と」
「『完璧な論理こそが、すべての苦痛を終わらせる唯一の道だ』と」
「そして私を最高技術責任者から解任し、一人で開発を続けると宣言されました」
テクニカは再び座り、顔を伏せた。
「その20年後、ヴォイダス様は姿を消されました」
「感情排除装置の開発に行き詰まり、絶望の末に失踪されたのです」
慎一は深い衝撃を受けていた。
「テクニカさん...あなたは正しい判断をされました」
「本当にそうでしょうか?」テクニカが顔を上げた。「もし私が協力していれば、ヴォイダス様を孤立させることはなかったかもしれません」
「私の拒否が、彼を絶望に追い込んだのかもしれません」
慎一は立ち上がり、テクニカの肩に手を置いた。
「いえ、違います」
「あなたは、ヴォイダスの最も大切な部分を守ろうとしたのです」
「感情排除装置の開発に協力していたら、それこそ真の悲劇でした」
テクニカの目に驚きが浮かんだ。
「でも...」
「テクニカさん、私も同じ道を歩みそうになりました」
慎一は静かに語った。
「論理偏重に陥り、感情を切り捨てようとした時期がありました」
「あなたがヴォイダスに示した『感情こそが生きている証拠』という信念は、今の私にとって大切な指針です」
テクニカは涙を流していた。
「田村管理者...」
「あなたは500年間、一人でその重荷を背負い続けてきたのですね」
慎一は深く頭を下げた。
「あなたの苦悩を理解せず、単純に協力を求めてしまい、申し訳ありませんでした」
「いえ、そんな...」
「でも今なら、真の協力ができると思います」
慎一はテクニカを見つめた。
「論理と感情を統合し、ヴォイダスが実現できなかった真の調和を築くために」
「あなたの技術と、私の理論を協奏させませんか?」
テクニカの表情に、希望の光が宿った。
「協奏...」
「はい。対立ではなく、補完し合う関係として」
「あなたが守った『感情こそが生きている証拠』という真理と、論理的思考の力を統合して」
テクニカは立ち上がった。
「田村管理者...いえ、慎一さん」
「私も、真の協力をお受けしたいと思います」
「ヴォイダス様にできなかったことを、今度こそ実現するために」
二人は手を取り合った。
500年の重荷が、ついに共有された瞬間だった。
「ありがとうございます、テクニカさん」
「こちらこそ。ついに、秘密を共有できる仲間を得ました」
窓の外では、ネクシスの夕日が美しく輝いていた。
過去の悲劇を乗り越え、新たな協力関係が生まれた瞬間だった。
テクニカの告白により、ヴォイダスの過去の一端が明らかになった。
そして慎一は、自分がいかに危険な道を歩みそうになっていたかを、深く理解したのだった。
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## 次回予告
**第55話「技術の罪悪感」**
テクニカの告白は続く。ヴォイダス失踪後の500年間、彼女が抱え続けた深い罪悪感。
「私の技術が、今ヴォイダス様の破壊工作に使われているかもしれません」
境界破壊に使用されている技術の一部が、かつてテクニカが開発したものだった可能性。
「私は、世界を救うつもりで、破壊の道具を作ってしまったのかもしれません」
技術者としての使命と責任、そして贖罪への道。
テクニカの過去編後半で、隠されていた真実のすべてが明かされる。




