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第 37 話「決意の再確認」

ナチュリア世界の救出作戦は、想像以上に深刻な状況だった。


「これは...」


ユーリエが震え声で呟いた。


彼女の故郷であるナチュリア世界は、もはや以前の美しい自然の楽園ではなかった。かつて青々と茂っていた森は灰色に枯れ、生命の泉からは清らかな水ではなく、黒いスライムのような物質が湧き出している。


「生命エネルギーが、まるで吸い取られているようです」


慎一はデータ測定装置を操作しながら分析した。


「エネルギー流はマイナス方向に向かっています。つまり、この世界そのものが消耗している」


テクニカが技術的分析を開始した。


「境界安定度は 3%まで低下。このペースでは、あと 30 分で完全消滅します」


「住民たちはどこに?」ユーリエが心配そうに尋ねた。


マーカスが空中偵察の結果を報告した。


「森の奥深くに避難している。しかし、全員が絶望状態だ」


「絶望状態?」


「ああ。誰もが『もう生きていても意味がない』と言っている」


慎一は背筋が寒くなった。これは単なる境界崩壊ではない。


「これは...ヴォイダスによる意図的な実験ですね」


慎一は理解した。


「住民たちに絶望を与え、『存在しない方がマシ』と思わせるのが目的です」


エルダが手を口に当てた。


「そんな恐ろしいことを...」


「論理的に考えれば、効率的な手法です」


慎一は冷静に分析した。


「まず世界に苦痛を増大させ、住民の生きる意欲を削ぐ」


「その上で救済を提示すれば、多くの人が虚無を選択するでしょう」


「つまり、自分から死を望むように仕向けているのです」


統合評議会のメンバーたちは慄然とした。ヴォイダスの計画の残酷さと巧妙さに、言葉を失った。


「でも、私たちは救出に来ました」


ユーリエが決意を込めて言った。


「故郷の人々を、このまま諦めさせるわけにはいきません」


「どうしますか、田村管理者?」


テクニカが慎一を見つめた。


「従来の境界安定化技術では、もはや対処できません」


「新しいアプローチが必要です」


慎一は考え込んだ。昨日の議論を思い出す。


完璧な解決策など存在しない。


論理にも感情的な価値判断が含まれている。


ならば、不完全でも何かできることがあるはずだ。


「まず、住民たちと直接話してみましょう」


慎一は提案した。


「絶望の原因を理解すれば、対処法も見つかるかもしれません」


「危険です」マーカスが警告した。「絶望している人々は、予測不可能な行動を取る可能性があります」


「それでも行きます」


慎一は決意していた。


「管理者として、人々の声を聞く責任があります」


一行は森の奥深くに向かった。


そこには、ナチュリアの住民たちが集まっていた。しかし、彼らの表情は完全に生気を失っていた。


「あなたたちは?」


森の長老らしき人物が、力なく尋ねた。


「ネクシス統合評議会から来ました」慎一が答えた。「皆さんを救出に来たのです」


「救出?」


長老が虚ろな笑いを浮かべた。


「もう遅いのです。我々は理解しました」


「何を理解したのですか?」


「生きることの無意味さを」


長老の言葉に、慎一は胸を突かれた。


「森が枯れ、川が汚れ、動物たちが死んでいく」


「どれほど努力しても、すべては失われていく」


「ならば最初から、存在しない方が良かったのです」


まさに、ヴォイダスの思想が浸透していた。


「でも」慎一は反論した。「まだ救う方法があります」


「何のために?」別の住民が言った。「救われても、また苦痛が始まるだけでしょう」


「愛する人を失う痛み、努力が報われない虚しさ、老いて死ぬ恐怖」


「それらから永遠に解放される道があるのに、なぜ苦痛を選ぶのですか?」


慎一は言葉に詰まった。彼らの論理は、ヴォイダスと全く同じだった。


そして、それは数学的に正しかった。


「田村管理者」


ユーリエが悲しそうに慎一を見つめた。


「私の故郷の人々が、こんな風になってしまって...」


その時、慎一は気づいた。


ユーリエが泣いていることに。


彼女は故郷の惨状を目の当たりにして、深く傷ついていた。しかし、それでも諦めていない。


「ユーリエさん」


慎一が尋ねた。


「あなたも、存在しない方が良いと思いますか?」


「いえ」


ユーリエは涙を拭いながら答えた。


「確かに悲しいです。絶望的です」


「でも、諦めたくありません」


「なぜですか?」


「それは...」


ユーリエは一瞬考えてから答えた。


「私には、大切な人たちがいるからです」


「統合評議会の皆さん、ネクシスの友人たち、そして...」


彼女は慎一を見つめた。


「あなたのように、世界を救おうとしている人がいるからです」


慎一は衝撃を受けた。


ユーリエは苦痛を感じている。しかし、それでも生きることを選んでいる。


なぜなら、愛する人たちがいるからだ。


「論理的に考えれば、確かに苦痛の方が多いかもしれません」


慎一は住民たちに向かって話し始めた。


「しかし、完璧な論理など存在しません」


「苦痛を最小化することが、なぜ最優先なのでしょうか?」


「それは、価値判断です。感情的な選択です」


住民たちがざわめいた。


「つまり、ヴォイダスの論理も、感情的な要素に基づいているのです」


「彼は苦痛を嫌い、それを避けたいと『感じている』」


「ならば、私たちも別の感情的選択をしても良いはずです」


「どのような選択ですか?」長老が尋ねた。


「愛する人がいる限り、生きることを選ぶという選択です」


慎一は確信を込めて答えた。


「不完全でも、苦痛があっても、それでも大切な人と共にいたいという選択です」


「でも、その人たちもいずれ失われます」


「はい、確かにそうです」


慎一は正直に答えた。


「しかし、失うまでの時間は、確実に存在します」


「その時間に価値がないと、誰が決められるのでしょうか?」


住民の一人が顔を上げた。


「でも...どうやって希望を見つければ?」


「完璧な希望は必要ありません」


慎一は微笑んだ。


「ユーリエさんのように、大切な人がいるという事実だけで十分です」


「私たちも、皆さんを大切に思っています」


「だからここに来たのです」


エルダが前に出た。


「私も、かつて愛する人を失いました」


「その時は、生きる意味を見失いました」


「でも、新しい大切な人たちに出会えました」


「田村さんや、統合評議会の皆さんです」


「完璧ではありませんが、それでも価値のある日々です」


マーカスも続いた。


「俺も、戦争で多くの仲間を失った」


「その度に、戦う意味を疑った」


「でも、残された者のために戦い続ける価値があると信じている」


テクニカも口を開いた。


「技術的に言えば、完璧なシステムは存在しません」


「しかし、不完全でも改善し続ける価値があります」


「それが進歩というものです」


慎一は感動していた。


仲間たちは皆、不完全な現実を受け入れながら、それでも価値を見出している。


完璧を求めるのではなく、今ある関係性を大切にしている。


「皆さん」


慎一は住民たちに向かって言った。


「私たちに、皆さんを救わせてください」


「完璧な救済はお約束できません」


「また新しい問題が生まれるかもしれません」


「でも、一緒に解決していきましょう」


「一人では無理でも、皆でなら何とかなるかもしれません」


長老がゆっくりと立ち上がった。


「あなたたちは...本当に私たちを大切に思ってくれているのですね」


「はい」ユーリエが涙声で答えた。「故郷の皆さんは、私の大切な家族です」


長老の目に、微かな光が戻った。


「わかりました。もう一度、生きてみましょう」


「ただし、条件があります」


「どのような条件ですか?」


「今度困った時は、必ず助けに来てください」


「約束します」慎一は即座に答えた。


住民たちの表情に、わずかながら生気が戻ってきた。


完璧な希望ではない。しかし、仲間がいるという事実が、生きる力を与えていた。


境界安定化作業が始まった。


従来の技術では限界があったが、住民たちの生きる意志が戻ったことで、世界自体のエネルギーも回復し始めた。


「境界安定度、15%まで回復しました」テクニカが報告した。


「完全回復には時間がかかりますが、消滅の危険は去りました」


作業を終えて、一行はネクシスに戻った。


統合評議会での緊急会議で、慎一は報告した。


「ナチュリア世界の危機は、一時的に回避されました」


「しかし、根本的な問題は解決していません」


「ヴォイダスは、他の世界でも同様の実験を続けるでしょう」


コルヴァンが重々しく頷いた。


「では、我々の対応方針を決める必要がありますね」


「はい」慎一は立ち上がった。「私は、改めて宣言します」


「ヴォイダスの脅威に対して、我々は結束して立ち向かいます」


「彼の論理には一理あります。しかし、それでも我々には守るべきものがあります」


「完璧ではない、苦痛もある現実です」


「しかし、愛する人たちと共に過ごす時間に価値があると信じます」


統合評議会のメンバーたちが拍手した。


しかし、慎一の心の奥底では、まだ不安が渦巻いていた。


本当に自分の選択は正しいのか?


ヴォイダスの予言通り、同じ結論に至ってしまうのではないか?


その時、コルヴァンが意味深な沈黙を保っているのに気づいた。


首席長老は何かを隠している。


ヴォイダスについて、まだ明かしていない重要な真実があるのかもしれない。


「コルヴァン殿」


慎一が声をかけた。


「何か、お気づきのことがあれば...」


「いえ」


コルヴァンは首を振った。


「今はまだ、お話しする時ではありません」


その表情には、深い痛みと罪悪感が刻まれていた。


会議は終了したが、嵐の前の静けさのような空気が議事堂を支配していた。


ヴォイダスとの本格的な対決は、まだ始まったばかりだった。


そして、その戦いは慎一の信念を、さらに深く試すことになるだろう。


窓の外では、七つの世界への門が不安そうに揺らめいていた。


次なる試練が、静かに迫ってきていた。

---


## 次回予告


**第 38 話「評議会の分裂」**


ナチュリア世界を一時的に救った慎一。しかし、その解決手法を巡って統合評議会に深刻な対立が生じる。


「感情論に流されすぎている」


長老評議会からの厳しい批判。一方、代表者会議からは「もっと積極的な対策を」との圧力。


「田村管理者の権限を制限すべきだ」


「いや、全権を委任するべきだ」


両派の板挟みとなった慎一。政治的孤立の始まりだった。


「どちらの意見も理解できるからこそ、決断できない...」


ヴォイダスの境界破壊工作により、評議会の結束が揺らぎ始める。


管理者として最大の試練が、ついに始まろうとしていた。


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