表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/75

第 26 話「感情への覚醒」

翌日の夕方。


慎一とエルダは、再びアルディアの森で向き合っていた。エルダの表情は昨日よりも決意に満ちているが、同時に深い悲しみも湛えている。


「昨日の続きを、お話しします」


エルダが静かに口を開いた。


「ラウルの最後について」


慎一は黙って頷いた。彼女の心の準備ができるまで、一日待った甲斐があった。


「あれは、55 年前の秋のことでした」


---


**55 年前のアルディア、魔法評議会議事堂**


調和魔法学の発表から半年後。ラウルは魔法評議会での地位を急速に上げていた。


「従来の感情重視魔法は、時代遅れです」


ラウルが評議員たちの前で演説している。


「論理的構造に基づく新魔法学こそが、アルディアの未来を切り拓くのです」


伝統派の魔法師たちは反発していたが、ラウルの理論的成果は否定できなかった。


エルダは議場の隅で、複雑な気持ちでその光景を見つめていた。


「彼は変わってしまった...」


かつて感情と論理の調和を目指していたラウルは、今や論理の絶対的優位を主張している。


発表後、エルダはラウルに近づいた。


「ラウル、少し話せませんか?」


「ああ、エルダ。今日の発表はどうだった?」


ラウルの表情には、以前のような温かさがなかった。


「あなた、最近おかしいです」


エルダが率直に言った。


「感情を軽視するような発言が増えています」


「軽視?」ラウルが眉をひそめた。「私は効率性を追求しているだけだ」


「でも、私たちが目指していたのは統合でした。論理による支配ではなく」


「君はまだそんなことを言っているのか」


ラウルの声に、冷たさが混じった。


「感情など、所詮は論理に従属すべきものだ」


エルダは愕然とした。これは、彼女の知っているラウルではなかった。


---


**54 年前のアルディア、エルダの居室**


ラウルとの関係は、急速に悪化していった。


「エルダ、君の感情論には付き合いきれない」


ラウルが冷たく言い放った。


「私は重要な魔法理論の確立に忙しいのだ」


「重要な理論?」エルダが反論した。「感情を無視した理論に、何の価値があるというの?」


「価値?」ラウルが嘲笑した。「君の感情的な魔法など、もはや時代遅れだ」


その言葉に、エルダは深く傷ついた。


「あなたは、私たちが共に築いた調和魔法学を否定するのですか?」


「あれは未熟な理論だった」ラウルは振り返りもせずに答えた。「今の私には、もっと高次の理論がある」


エルダは涙を堪えながら言った。


「高次の理論?心を失った理論が、高次だというのですか?」


「感情などという曖昧なものに頼っている限り、真の魔法学は完成しない」


「ラウル...」


「もう君とは話すことはない」


ラウルはそのまま立ち去った。


それが、二人の最後の会話となった。


---


**54 年前のアルディア、政治的暗雲**


ラウルの論理偏重理論は、魔法評議会内で大きな波紋を呼んでいた。


保守派は彼の急進的な改革に反発し、水面下で政治的な策謀を巡らせ始めていた。


その頃、エルダは不吉な予感に襲われていた。


感情可視化能力で読み取れる周囲の人々の感情に、明らかな敵意と陰謀の気配があった。


「これは危険です」


エルダは急いでラウルの研究室を訪れた。


「ラウル、あなたに警告があります」


「警告?」ラウルは書類から顔を上げもしなかった。


「評議会の保守派が、あなたに対して何か企んでいます」


「根拠は?」


「私の感情感知能力で察知しました。明らかに殺意を...」


「感情感知?」ラウルが嘲笑った。「そんな曖昧なものに基づく警告など、聞く価値もない」


「ラウル、お願いです。しばらく身を隠してください」


エルダが必死に訴えた。


「これは政治的な陰謀です。あなたの命が狙われています」


「政治的陰謀?」ラウルが立ち上がった。「君は感情に支配されて、妄想を抱いているのではないか?」


「妄想ではありません!」エルダが涙声で叫んだ。「私の感情感知は間違ったことがないのです」


「感情感知など、非科学的な迷信だ」


ラウルが冷たく言い切った。


「論理的根拠のない警告など、私には無意味だ」


「ラウル...」


「もう帰ってくれ。君の感情論に、私の時間を割く余裕はない」


エルダは絶望的な気持ちで研究室を後にした。


愛する人を救いたい一心で発した警告が、完全に拒絶されたのだ。


---


**54 年前のアルディア、悲劇の夜**


エルダの予感は、三日後に現実となった。


深夜、ラウルの研究室に保守派の魔法師たちが侵入した。


「ラウル・アストリウス、君の改革思想は危険すぎる」


「魔法評議会の伝統を破壊する者に、生きる資格はない」


ラウルは最後まで論理的な議論で対抗しようとした。


「私の理論は正しい。感情に頼る旧来の魔法学こそが...」


しかし、暗殺者たちに論理は通じなかった。


政治的な恨みと保身に駆られた彼らには、理性的な対話など意味がなかった。


ラウルは、自分が最も軽視していた「感情」によって命を奪われた。


---


**現在のアルディアの森**


「私が研究室に駆けつけた時には、すべてが終わっていました」


エルダの声が震えていた。


「ラウルは床に倒れ、もう息をしていませんでした」


慎一は言葉を失っていた。


「そして、彼の机の上には、私への手紙が残されていました」


エルダが震える手で、古い手紙を取り出した。


『エルダへ。


君の警告が正しかったようだ。


しかし、もう遅い。


私は論理を追求するあまり、最も大切なものを見失ってしまった。


君の愛を、君の感情を、そして君の直感を。


許してくれとは言わない。


ただ、君だけは感情を大切にしてほしい。


論理だけでは、愛する人を守ることはできないのだから。


ラウル』


慎一の胸に、深い悲しみが込み上げてきた。


「それで、あなたは...」


「はい」エルダが頷いた。「その日から、私は感情を最も大切にするようになりました」


「論理だけでは、愛する人を守れない」


「だからこそ、感情と論理の真の統合が必要なのです」


エルダが慎一を見つめた。


「あなたを見ていると、彼を思い出すのです」


「同じように論理的で、同じように優秀で...」


「でも、あなたには彼にはなかった何かがあります」


「何かとは?」


「感情を理解しようとする謙虚さです」


エルダの瞳に、希望の光が宿った。


「ラウルは最後まで、自分の論理が絶対だと信じていました」


「でも、あなたは違う。他者の感情を学ぼうとしている」


「だから、あなたなら大丈夫」


エルダが微笑んだ。


「ラウルが果たせなかった真の統合を、きっと実現できるでしょう」


慎一は深く頷いた。


「エルダさん、貴重なお話をありがとうございました」


「そして、約束します」


「私は決して、論理だけに頼ることはしません」


「感情と論理の両方を大切にし、真の統合を目指します」


エルダの瞳に涙が浮かんだ。しかし、それは悲しみの涙ではなく、安堵の涙だった。


「ありがとうございます」


55 年間背負い続けた重荷が、ようやく軽くなったような気がした。


慎一という新たな希望に、ラウルの無念を託すことができたのだから。


しかし、その時、遠くから緊急の鐘の音が響いてきた。


「何の音でしょう?」


「ネクシスからの緊急召集です」


エルダが立ち上がった。


「急いで戻りましょう」


二人がネクシスに戻ると、統合評議会議事堂は騒然としていた。


「田村管理者!」


マーカスが血相を変えて駆け寄ってきた。


「大変です。ドラコニア世界で、古老ドラゴンが暴走しています!」


---


## 次回予告


**第 27 話「マーカスの傷」**


ドラコニア世界に到着した慎一たちが目にしたのは、溶岩の海と化した故郷の惨状だった。


「これは...古老グランドファザーの怒りです」


マーカスの表情に、深い悲しみと罪悪感が浮かんでいた。


「すべて、私の責任です」


100 年前にマーカスが犯した過ち。軽率な突撃命令により失われた、100 名の部下の命。その重い十字架が、今になって古老ドラゴンの怒りを引き起こしていた。


「勇気ある者も、過去の過ちから逃れることはできないのです」


豪快な外見に隠された、マーカスの複雑な内面が明かされる。


「真の勇気とは、恐怖を知りつつ正しい行動を取ることなのだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んでくださってありがとうございます!
面白いと思ったら、ぜひ☆評価・ブックマークをお願いします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ