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第4話

 小中学校から孤立していた俺は、サボることに関しては天才的であると自負している。始業開始のチャイムが鳴って10分後、俺は1フロア階段を上がった。

 大体、学年での全体集会がある際は始業開始前に教師が教室やトイレに生徒が残っていないかどうか見回りをして施錠をする。それをかいくぐるためには、違う学年のトイレに隠れるのだ。

 無論、ヤンチャな先輩たちが溜まってないかとかそういうチェックは必須であるがこの方法を使えば大抵見つかることはない。


 とはいえ、まだこの学校の構造がよくわかっていないし、サボりスポットを把握していないのが現実だ。どこか、空き教室かなんかに入りたいが……無難なのは一旦自分の教室に戻ることだろうと判断する。

 廊下の地窓からぬるりと教室へ体を滑り込ませると、俺は施錠担当の教師がザルでよかったなと思った。ここまで施錠されていたら便所で過ごすことになっていたかもしれないからだ。

(とはいえ、ずっとここにいてもな。いいや、しばらく時間を潰したらテキトーな理由をつけて医務室にでも行こうか)

 自分の席に座って、ぐっと机に伏せて目を閉じる。イヤホンしていなくても静かで心地がいい。

 部活動なんていう将来何にもならないもののために時間を割いている同級生たちを哀れに思いながら俺はとろとろとした睡魔に身を委ねた。


「———み」


 真っ暗闇の微睡の中、声が聞こえた様な気がした。


「——きみ


 肩あたりをポンと叩かれて俺は眠りから覚醒する。教師に見つかったのかと焦る気持ちとは裏腹に座ったままの体制で眠っていたからか体は固まって動かなかった。


「起きた? 君もサボり?」


 聞き覚えのある声に俺が痛む首をあげると、俺の前の席に普段なら座っていない人物が座っていた。


「えっと、君名前は?」


 黒谷ニコは椅子の向きとは真逆に座ってこちらをじっと眺めている。椅子の背を抱きしめる様に腕を回し、俺を見つめて首を傾げている。かなりの近距離で彼女を見たのは初めてだからか、それとも透き通る様な肌な美しさとか思った以上に目が大きいこととか、ふんわりした石鹸の匂いがすることとかで頭がいっぱいになりうまく言葉が出ない。


「鮎原……です」


 やっとのことで俺が答えると、それまで待っていれくれた彼女は不思議そうにもう一度首を傾げた。聞こえなかったのか、それとも俺の滑舌が悪かったのか自己紹介をして首を傾げられたことは一度もなかった俺は困惑する。

 と同時に「ガクイチ」の女子を目の前にしてその凄さというか、学年で一番と入学早々言われる理由が彼女の存在全てにあるのだと実感する。


「それは知ってるよ。じゃなくて名前。苗字じゃなくて名前ってコト」

そら

「ソラ君っていうんだ。漢字は?」

「青空の空だよ」

「へぇ、じゃあ私と《《フタ文字》》仲間だね」

「フタモジ?」

「名前が二文字。私は黒谷ニコ。君もサボり?」


 俺の知る中で一番可愛い自己紹介をした黒谷ニコは髪の毛をくるくると指でいじり何度か瞬きをした。その質問が出るということは彼女も「サボり」であるということだろう。さすがは入学数日にして遅刻魔の烙印を押されているだけある。でも、少しだけ違和感があるのは、彼女が友達と一緒にサボっているのではなく、1人でサボっているという点だ。

 彼女のような派手な子たちは基本的に群れてサボることが多いし、むしろ全体集会に出た上で私語をしたり眠ったりするようなタイプではないだろうか。

 

「サボり……だね」

「そっか〜、じゃあ私と一緒だ」

「黒谷さんも?」

「うん、私帰宅部になる予定だし? 体育館って床がひんやりしてて好きじゃないんだよね」

 

 と言った黒谷ニコがあまりにも可愛らしく笑うものだから、俺は心臓が鷲掴みされたみたいにドキドキした。ドキドキしすぎて少し苦しいくらいだ。

 彼女の大きな瞳がじっと真っ直ぐに俺を見つめてくる。俺が会話のキャッチボールを止めてしまっていることはわかっているのが、どうしてもうまくレスポンスができない。

 理由は簡単だ。

 黒谷ニコはあまりにも可愛いすぎるからである。俺が今まで見たことがある女子の中で確実に一番だと思う。何よりも彼女は美しさだけでなく、なんというか他の生徒とは少し違った大人びた雰囲気があるのだ。


「俺も部活は入らないかな」

「そっか。空君もバイト?」

「そのうち探そうかと思って」

「まだ見つけてないんだ」

「うん」


 彼女は俺の机に肘をついて頬杖をつく。距離が近くなるのを危惧して、こちらは背もたれにわざともたれかかって距離を取った。

 と同時にそれとなく周りを見渡して状況を把握する。俺が眠ってから15分しか経っていないし、廊下の方に人の気配はない。つまりは、クラスの1軍が集団で慌てるぼっちをからかっていると言った様な状況ではないようだ。

 中学ではそういう子供っぽい嫌がらせをされた経験があるし、傍観した経験もある。いじめやいじりなんていうのはどんな立場にいても人間社会に入れば巡ってくるものなのだ。つい昨日まで1軍にいてもひょんなきっかけで無視が始まりいじめが始まることもある。

(さすがに入学して数日でぼっちいじりなんかしないか、高校生だもんな)


「そっか、私も最近引っ越しがきまってさ〜。バイト探し中なんだよね。ん? どうかした?」


 黒谷ニコが俺の視線に気がついて廊下の方に顔を向ける。すぐに、彼女は俺が何もない場所を見ていたことを不思議に思ったのか肩をすくめて


「先生が来たかと思ったじゃない。あ〜、ヒヤヒヤしちゃった」


 と呟き再びこちらを向き、右耳に髪をかけて「ふぅ〜」と頬杖をつき直した。

 いまだに俺の心臓はおかしな動きをしていたが、最悪の状況ではないことが確認できて俺も少し安心する。けれど、そこで俺の心の中にもう一つの疑問が浮かんだ。


(だとしたら、なんで黒谷ニコは俺と話しているんだ?)


 クラスでも人気者のギャルと、クラスでも目立たないどころかクラスメイトたちとの関係を作ろうともしなかった俺が2人きりで、こんなに近距離で会話をしている。

 あまりに彼女が綺麗で魅力的で俺はずっとこの不自然な事実に気が付かなかったのだ。


 

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