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第40話


「すみません、ありがとうございます」

 片付けが終わった後、俺は美香さんにお茶を入れてもらってソファーに座っていた。黒谷さんの膝の上には黒猫のソラくんが丸くなり、テレビの音はそのソラくんのために少し小さめだ。

「いいえ〜、今度はお母さんも一緒にね」

「ぜひ」

 黒谷さんがソラくんのおでこを撫でたら不機嫌そうに「んなぁ」と低い声で鳴く。人の膝に乗せてもらっておいてなんて太々しいんだ。

 そんなソラくんを見ていたら、いつだか公園で俺の膝枕をしつつわがままをいう彼女を思い出した。やっぱり、猫にそっくりだ。

「そうそう、空君。夏休みのアルバイトさぁどうする?」

「絶賛探し中だよ。けど、その前に原付免許かなって」

「あ〜ね。前借りする感じ?」

「確実にそうなるよ。免許の受験費用に、あと原付の費用も……しばらくは借金生活だな」

「そうだよねぇ〜、夏休みはがっつり働いてその後はゆっくり?」

「そうだなぁ。流石に放課後働くのはしんどそうだし、土日だけとか」

 いざ、学校の他に活動拠点を作るとなると想像だけで緊張してくる。よくよく考えてみれば、学校と同じアルバイト先でも人間関係を築かなければならないのだ。

「やだ、これ今日までじゃない。ニコ、空くん。少しお留守番してて。これ払ってきちゃうから」

 美香さんは公共料金の支払い書を手に青ざめた。そして彼女はすぐに帽子を深々と被ると財布を引っ掴んで玄関の方に走っていく。

「いってらっしゃ〜い」

 バタバタ、がちゃん。

 

「あの〜、黒谷さん。俺もそろそろ」

 俺はなんとなく2人きりになるのは良くないような気がして腰を上げようとした。

 しかし、彼女は短く「ダメ」とそれを拒否する。

「ダメ。ママが帰ってくるまでここにいてよ」

「うん、けど……」

「けど、何?」

 彼女は俺が言いたいことなんてわかっているくせに、わざとわかっていないふりをする。年頃の男女が密室で、しかもこんなに近くで一緒にいることも。公共料金の支払いができるコンビニまでは車で往復10分程度かかること。10分もあれば、間違いが起こってしまうかもしれないこと。

 そして……


——俺が彼女を好きだということ


「なんでもない」

 それでも俺は言葉にできずに視線をテレビへとうつした。夜の8時。子供もみる時間帯だからか毒気のないクイズ番組でアイドルやら芸人やらが珍回答をしていた。こういうの、あまり面白いと思ったことはないが……部屋が沈黙に包まれるよりは良いのかもしれない。

「んなぁ〜」

 彼女がまたソラくんを撫でたのか不満そうな声が響く。

「私と2人きりだと気まずい?」

「いや、そうじゃなくてさ」

 横目でも彼女がこちらをじっと見つめているのがわかる。

「こっち見てよ」

「あ、あぁ」

 勇気をだして彼女の方を向くと、教室や帰り道で一緒にいる時よりもはるかに近い距離に彼女がいる。しかも、外ではクールで少し格好つけている彼女も今は部屋着で膝に猫ちゃんを乗せて、完全にオフモード。その警戒心のなさが、ゆるさが逆にとても愛おしく感じる。

 俺にしか見せない姿……、すごく信頼してもらっていると言われているような気がした。

「気まずいの?」

「違くて……密室で2人きり、とかそういうの親御さんに心配かけちゃうかもって」

「じゃあ、空君は私を襲うつもりだったの?」

「違うよ。そう疑われるような状況になるのはよくないってことで……」

「違う……んだ」

 訳のわからないタイミングでスネる黒谷さん。俺は数秒遅れでその意味に気がついてドキドキする。

「んなぁ〜〜」

 黒谷さんの膝から不満げな声を上げてぴょんと飛び降りたソラくんがキッチンの方へと歩いていく。俺たちのこのなんとも言えない雰囲気を感じたのか。

「襲われたかったのかよ?」

「そ、そうじゃないって。そんなの嫌だけど、空君は私に魅力? を感じてないのかなってちょっと不満なだけ。ちょっとよ」

「襲いたいって思うのが魅力……だと俺は思わないし。そもそも、俺は黒谷さんや美香さんに変な印象を持たれる方がよっぽど嫌だって思ってるから……その、誠実にいたいだけだよ」

「そっか……、じゃあ襲わない?」

「襲ったら犯罪者だぞ。するかよそんなこと」

「じゃあさ……私がキスしたいって言ったら?」


——は?


 キスという単語に反応して、俺の視線は彼女の唇にうつる。きゅっと猫のように上がった口角のせいで、唇は少しアヒル口になっていて片方の八重歯がのぞいている。薄ピンクの唇はふっくらと少し濡れていて、テレビCMのモデルさんのようだ。そして何よりも、見れば見るほど口が小さい。顔が小さいからかもしれないが、男の俺からは考えられないくらい小さくて壊れてしまいそうだ。

 あぁ、これ以上見ているとダメになりそうだ。

「それは、やっぱり付き合ってから……とかじゃないか?」

「へぇ、空君って硬派なんだね?」

「逆に、黒谷さんはそうじゃないの?」

 からかいたい訳ではなかったのに、照れ隠しのつもりで口走ってしまった。これじゃあまるで彼女が……

「違うもん、空君にだけだもん」


 さっきまでは彼女も俺をからかっていたくせに、今のは本音だったようだ。その表情があまりにも可愛らしくて、俺ももう限界を迎えそうだった。


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