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プロローグ



「学校辞めたいの? 私、ソラくんのこと気に入ってるのになぁ」



 昼間の公園、学校を抜け出して俺と一緒にサボっているのはガクイチと呼ばれる(学年で一番)ギャルの黒谷くろたにニコだ。彼女はあろうことか俺と至近距離で見つめ合っている。

 暖かい陽だまりのベンチに寝転んで……というか、俺の膝に頭を乗っけて心地良さそうに足を伸ばしている彼女はまるでご主人のお膝にのって呑気に昼寝をする猫のようだ。


「黒谷さん、俺の足めっちゃ痺れてるんだけど」


「えぇ、もうちょっと我慢しなさいよ」


「もう1時間たったぞ」


 女の子に膝枕しろと命令されるなんて思っても見なかった。漫画やアニメの中じゃ憧れになりうる膝枕だが実際やっている方はこんなにきついんだな。人間の頭って結構ずっしりする。モデル体型で顔面の小さい黒谷さん相手でもこんなにすぐ痺れるんだ。

 男に膝枕をしてあげる女の子たち……実はすげぇしんどかったんだな。


「じゃああと1時間」


「勘弁してくれよ」


「じゃあ、学校やめるの夏休みまで待ってよ。そしたら退いてあげてもいいよ?」


「学校行っても別になんの意味もないだろ。同級生もガキっぽくてついていけないしさ」


「じゃあ、私はガキなんだしもうちょっと膝枕してよ。ね? おにーさん」


 なんて傲慢、なんて自分勝手。それなのに許せてしまう愛嬌のある笑顔と芯の強そうな眼差し。これぞ、彼女が「猫系ギャル」と呼ばれる所以だ。わがままなのになぜか目が引かれてしまう不思議な魅力……。俺もそんな彼女に魅了されているのである。

 あと1時間かと半ば諦めて、ぼぅっと彼女の顔面を眺めていたら、突然起き上がって俺の膝をぽーんと彼女が叩いた。

 その瞬間、びんっと俺の足全体に痺れが広がる。尋常じゃないジリジリとした痛さにうぐぐっと腹の奥から変な音が出てしまった。


「いった……」


「変な目で私のこと見るからだよ〜。ちょっと待ってて」


 人の気も知らず、ベンチから離れると公園の奥の方へと走っていく黒谷さん。スクールバッグはベンチに置いたままだからそのうち帰ってくるだろう。にしても、両足が動かない。痛い。

 平日の午後2時。クラスのみんなは今頃、死ぬほど眠たい数学Aの授業中だ。俺はガクイチの美女と公園でのんびり日向ぼっこ。足は痛いけど。


「はい、お礼」


 俺の足に血が通い始めてやっと動けるなと思っていたら、いつのまにか戻ってきていた黒谷さんが俺に「ねぇ」と声をかけた。


「どっちがいい?」


「ん?」


 手に持っていたのは公園の自動販売機で売っている炭酸ジュースだった。


「オレンジとコーラどっちがいい?」


「って、どうせ黒谷さん好きな方を選ぶくせに」


「珍しく正解」


 はい、と手渡されてたオレンジ炭酸のタブをプシュッと開ける。彼女は俺の隣に腰をおろすと、バッグの中から持参のストローを取り出してコーラを飲み始めた。

 なぜストロー、しかも持参。まったく、何を考えているのかさっぱりわからないな。でもそんなよくわからないところも俺が彼女を気になっている理由の一つだったり……。


「なぁに? ジロジロみて。コーラがよかった?」


「いいや、なんでストローなのかなって」


「なんでだと思う?」


「えっ、知覚過敏とか……?」


「うっそ〜、まじ? マジで言ってるのそれ? は〜、これだから男子はって言われちゃうよね」


「正解は?」


「よーく私の顔を見てよ、そしたらわかるからさ」

 

 コーラを持ったまま、彼女はこっちに向き直るとじっと見つめてくる。綺麗に切り揃えられたぱっつんの前髪、黒くて長い髪は耳にかけられている。ピアスは結構多くつけられていて……メイクはきゅっとつりあがったアイラインにたくさんのキラキララメ。

 コンタクトはグレーでクールな感じ。猫系と言われるだけあって猫っぽい顔。可愛い、綺麗。


 ダメだ。何もコーラとつながらない。いや、気まぐれな黒谷さんのことだし「私がストローの気分だった〜」だとか「色が好き」みたいな理不尽な理由かな。


「気分だった……? とか?」


「ぶっぶ〜」


「え〜、わからん」


「正解は、リップが落ちるからでした〜」


「あっ、そうか」


 今日の彼女はピンク色の可愛い唇がラメでキラキラと光っていた。そうか、缶ジュースだとリップが落ちてしまう。ギャルでいつもメイクをしている彼女は、飲み物を飲むときに化粧が落ちないためにバッグにストローを入れてるってわけか。


「はい、膝枕の刑ね」


「えぇ〜」


「いいでしょ、付き合ってよ。もうちょっと」


 コーラをチューっと飲み干すと、彼女はごろんとベンチに寝転がって俺の膝に再び頭を乗っけると瞼を閉じてゆっくりと寝息を立て始めた。文句を言いつつもこの時間が続いてちょっと嬉しい俺もいる。

 

「きっかり1時間だからな」


 寝息を立てる彼女に心の中でそう答えて、俺もそっと目を閉じた。

 



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