コピペ令嬢、策を練る
[#改丁]
「お帰りなさい、大丈夫だった?」
七の姫の部屋に行きと変わらずエスコートされて帰ってくると七の姫が微笑んで出迎えてくれた。顔の造形は似ているのに正反対の嫌な笑顔に応対した疲れが癒やされていく。
「何とか、要望は言えたよ」
ぎゅっと甘えるように私が抱きつくと七の姫は年下の子をあやすようにぽんぽん、と背中を叩いてくれる。あー、一家に一人この子がいたら世界は平和だろうな、と思う。
「頑張ったね、偉いね、わたし以外今は誰もいないから少しおやすみしましょう?どんなお話をしたかも聞かせてくれる?」
焼きたてのトーストに溶けていくバターみたいに、甘やかで可愛い声が私の耳に溶けていく。ふかふかの椅子に七の姫と隣り合わせで座ると近くに冷めないようにカバーのついたお茶セットが用意されてあった。
本当は侍女の方にやってもらうのだろうけど、今回は二人きりでくつろぎたいので自分で可愛らしい揃いのティーポットからティーカップに中身を注ぐ。まだ湯気が立ちあったかいそれは食後に出されたお茶とは少し違った。とろりとしていてほのかに柑橘系と生姜の香りがする。
こくり、と一口飲むと蜂蜜らしき甘さと柑橘系の爽やかさ、生姜らしき独特の辛みが交わっていてとても美味しい。いつもならまた甘いのかと思っているが、頭を使った後だとこの甘さもとても美味しくいただける。
ホッとするお味だ。外に出たわけでもないのに、あの氷のような目に晒され続けて、冷えているような気がした身体にちょうど良い。はー、と息をつきながら弛緩した身体をふかふかの椅子にますますもたれさせる。お行儀が悪いのだろうけど私としてはずっと背筋を伸ばしたままなど考えられない。お姫様の気品のある振る舞いって体力必須だよなぁと思う。
「美味しいでしょう?わたしも大好きなの。山の方にある木の蜜をベースにしているんですって。外から仕入れた花蜜でつくっても美味しいのよ!疲れて帰ってくると思って頼んでおいたの」
そう言って微笑む七の姫は仏に見えた。
さて、と私は何を話したか七の姫と情報交換する。御当主様が七の姫を気遣っていたこと、予想通り妃候補に選ばれたこと、このまま七の姫の振りをした私が妃に選ばれれば七の姫本人は想い人と婚姻できるかもしれないこと、などなど話した。七の姫は真剣に聞いていたが最後の話で顔を赤らめほっぺに手を当てていた。
「そう、そんな風に決まったの。婚姻できるかもしれないなんて……。嬉しいけれど、あなた、無理しないでね。選ばれた方が一番早いこともわかったけど、私いつまでも待てるから。あなたが大事なの。それだけはわかっていてね」
そんな言葉を改めて真剣な顔で七の姫は言って、そうしてまた口を開く。
「それに、あなた本当に、陛下のお妃様になりたいのかしら?もし、それがわたしを幸せにしたい手段としてだけなら辞退したって良いのよ。それじゃない二人が納得できる方法を探しましょう?」
優しい言葉だ。ほとんど強制の決定事項を、誰もが当たり前の義務だと当人の内面を慮らないのに、それでもこの子だけはやらなくて良い、と言ってくれる。七の姫自身は自分が妃候補になることは受け入れようとしていたのに。
「ええ、成りたいの。陛下のお妃様に」
でも私はそう言える。心から。七の姫のことがなくても機会があるなら目指していた、と。
なぜなら。
最も高貴な女性の座など座りたいに決まっているから!!栄華、極めたい!最も高貴で豪華な生活、してみたい!アレだろう?一回着たドレスは着ないとか、私の着たドレスが流行りになるとか、国中の選ばれし装飾物が献上されるとか、贅を尽くした料理がお出しされるとか、するのだろう?!チャンスがあるなら掴みたい!この手に、憧れたお姫様の生活!
「だって、とても憧れるもの!」
欲望丸出しの内心をオブラートに包んで七の姫にそう、言う。
ふふっと、七の姫はそんな私の内心を知ってか知らずか笑って軽やかに言う。
「じゃあ、頑張らなくてはね。お姉様方より注目されなくては、それじゃあ作戦を立てましょう!」
指を一本立てる姿は教師のようなポーズだったが態度は幼い子供が張り切っているように見えてとても愛らしい。
「詳しい説明は後なのでしょう?口頭かしら文面かしら、どちらにしても言われたことを正確に聞き取れるか、書かれたことを正確に読み取れるかの能力は試されてると思ってちゃんとしなくてはね」
なるほどそう言うところから確かめられてると思った方が良いのか、と思う。ここの識字率は分からないが一理ある。高貴であるなら知性もなければならない。ちなみに、私は今まで当然のように会話ができている。それはきっと現代日本と言葉が同じなのではなくこの身体になって母国語のごとく当たり前に理解できているのだろう。では、聞くことはできる。なら読みはどうなのだろう。
「私って文字を読めると思う?」
そう聞くとぱちぱち、と瞬きして七の姫は本棚から一冊本を取る。そしてパラパラめくるとおもむろに開いて机の上に置く。一文を指差して七の姫は問う。
「どう?読めるかしら」
開かれた本に書かれている文字は見たこともないものだった。漢字でもローマ字でもない。横書きの文字だ。
「いつの間に顕れたのだろう、泉の前には一人の女がいた。いや、これを一人、女、と呼んでいいのだろうか。その者は月光に一輪咲く花のように儚く、目の前に広がる泉に何の違和感ももたらさず、溶け込んでいた、で、あってる?」
面白い話だ。童話か何かだろうか。しかし私。
「すらすら読めているわ!良かった、これで心配いらないわね」
そう言って七の姫はぱたんと本を閉じてタイトルを見せる。
「白水神話集?」
「そう、言い伝えられてきた大事なお話たちよ。これはそれの紫黄語版」
なるほど、白水は紫黄国の一部だけれど使われていた言葉は違ったのだろう。だけどおそらく、英語が世界中で学ばれ話されるように、紫黄語もそんな風に国の共通言語として話されるようになったのだろう。
きっと紫黄の都に嫁げば、話すのも読むのもは紫黄語だ。だからきっと読めるか聞けるかをチェックしてるのだろう。
「詳しいことは後で決めなければならないわね、着ていいドレスもつけていい飾りも指定されるかもしれないもの」
そう言って七の姫は悩ましそうな顔をする。そういえばいつなのかは知らないが準備期間は多いに越したことはない。時間があるのに準備に差し掛かれないのはもどかしいのだろう。
するとそこにタイミング良く人が訪ねてきた。
「七の姫、顔見せについての詳細事項を宣言しに来ました。入りますよ」
そう言って部屋に入ってきた供をつれたその人はおそらく偉い人なのだろう。七の姫に対して敬語ではなかった。髪をまとめて結いあげて飾りをつけている。御当主様より年上に見えるその女の人は人並みに皺などがあったが気品のある美しさだった。本当に白水は美しい人しかいない。
「ご機嫌よう」
さっきと同じように礼をする。その人はそれを黙って受けて、何ともいえない難しそうな顔をしていた。正確には私と七の姫の顔を見て。
「それでは、詳細事項を話します。一度しか言わないから良くお聞きなさい」
そう言ってその女の人は口を開く。流れる清流のような声は自然に部屋の中へ響く。
「服装については最上の正装を召すこと。色、細かいデザイン、などは問いません。飾りについては特に規定はありません。化粧についても特に規定はありません」
思ったより自由度の高い内容に少し驚く。が、それがその場に応じた格好ができるのかを確かめられているのだ、と思い、重く受け止めておく。自分を最大限に良く見せる格好で、その場に応じた格好をしなければならない。
「日時は3週間後の満月、夜に行われます。場所は、屋敷の北、祭事場です。それぞれにあてがわれた小部屋に赴き、陛下の使いを待つように。そして最後にひとつ、規定があります。顔見せに使う全てのものは白水で造られたものを使いなさい。以上です。あなたはこの白水の名を、この地に住まう民たち全てを背負っているのだと心得て行動なさい」
そう言って、首だけの一礼をするとそのままその女の人は部屋を出て行った。供の人が最後に紙を一枚置いてそれに続く。
再び二人だけになった部屋で私たちはその紙を見ながら話された内容を確認する。その紙には地図が記されていて一つの部屋に赤い点が書いてあった。
「ここがあなたにあてがわれた小部屋よってことだよね。ドレスとかはどう準備しよう」
「それは侍女に頼んでちょうだい。そう言うお仕事は難なくこなしてくれるから。あとは飾りとお化粧もね、白水でつくられたものでって言ってたそう発注しなければね」
その後私たちは新しい紙に言われた内容を記して見た。それにしても。
「顔見せに使う全てのものとはどう言うことかな、ちょっと引っかかるよね」
「そうよね、身にまとうすべての物は、ではないのかしら」
ううんと考えて、あまり良いことが思いつかないのに頭を抱える。情報が少なすぎる。おそらく経験者とか前も顔見せに関わっていた人とかから情報を集められるか、も試されているのだろう。これは私たち二人だけでは厳しいかもしれない、とそう思った時。ひとつ、私はいいことを思いついた。
「ねえ、二人だけでは味方が少なすぎると思うの。あまり侍女の方々はお喋りしてくれないじゃない。経験者に話を聞けないかな、そしてあわよくば味方になってもらえないか聞いてみない?」
「そうね、それはいい考えだわ」
感心したように顔が明るくなる七の姫に、私はニッとわざとらしく笑う。
「そうね、例えば飾り職人、とか」
意図を察したのか七の姫の顔はポッと赤くなる。題して、顔見せの準備に協力してもらいつつ、七の姫との距離を近づけよう大作戦!私は欲深いので一石二鳥を狙う!