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美少女コピペ令嬢  作者: けい
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コピペ令嬢、対面する

眠るまでが1日。(遅れてすみません、書いてたら日付変わってました)

「ご機嫌よう、御当主様。七の姫でございます」

 右足を一歩後ろに引き、背筋を伸ばして、スカートを横にひいてお辞儀をする。七の姫本人に教えてもらったことだが、この世界の礼儀作法は挨拶に限っていうならそれほど複雑ではない。そして、これは紫黄しおうの国全体で使われているらしい。個々の地域に根差した礼儀作法はあったが、今は公には統一されているらしい、という。他の挨拶も覚える必要がなくてよかった〜〜と軽い考えで私は喜んだ。

「ああ、そこに座るが良い」

 挨拶にそれほど感情もなく起伏のない声で御当主様はそういう。

「失礼します」

 まるで面接みたいだな、と思う。その手のことは私は前世からとても苦手なのでめちゃくちゃ緊張してしまう。圧迫面接なんてやられた日には泣く自信がある。それにしても空気が重い。仮にも七の姫とこの御当主様は父と娘の関係なはずだ。まあ家の位が高くなるほどそういう一般家庭の親子関係とはかけ離れるものな気がするので特別おかしいことではないのだろうけど。でも怖い。

「久しぶりだなぁ、うん実に久しぶりだ。前は冬前の祭事だったか。元気そうで何よりだ」

「ええ、御当主様もお元気そうで何よりですわ。お忙しい中ご体調を崩されていないか心配しておりました」

「はは、可愛いことを言ってくれる。なんのまだまだ現役だ」

 何が怖いって和やかに話してるけどこれジャブみたいなもんで、緊張を解いたら全部この人(御当主様)の思うがままに話がいきそうだなぁと当然のように思えてしまうことが。だってこの人、話していても全く揺らがない。笑っていても目の奥の透き通った青が刃を思わせる色のままで、威圧感がないような振る舞いなのに薄寒い。

 話しててこんなに怖くなることあるだろうか。警戒も何もかも無意味に思えることが。崩れない綺麗な笑顔が、こちらを慮るような言葉が、優しそうな態度が、こんなにも。掌が震える。落ち着け。そう、相手の顔を見ろ。人間だ。そう人間だからこっちをとって食いやしない。顔を、

 しっかし綺麗な顔だなぁ。なんだその美肌。ニキビもないし、目立ったシミも皺もない。眉毛も整えられてて、髭もない。艶があって薄くもなっていない髪は私とも七の姫とも同じく雪のような白銀だ。目は氷のようで鋭いのに、七の姫と同じく垂れ目なのが血のつながりを感じる。

 いや、それにしても若くないか?七の姫が十六だとして、二十の時の子でも三十六でしょ?もっと若かったとして三十は言ってるはずだ。若々しいとかじゃなくて、見た目が若い。二十代の顔だ。

 だめだ、顔が良い。私の好みにドンピシャ。娘《七の姫》と言い父親《御当主様》と言い白水はくすいの家は私好みの顔しかいないのか?!幸せだけど目、溶けそう。光り輝いて見えるもん。落ち着くどころか興奮した。不安はなくなったけども。

「さて、お前を呼んだ意味は、他でもない。わかっているだろうが国王陛下の妃候補に選出した。顔見せで選ばれれば妃になる、ということだ。詳しくは後から説明があるから聞いておくように」

 顔を見られていることも全く気にしていないのか、つらつらと業務連絡のように御当主様は言う。形式上呼んだに過ぎず、必要以上の会話をする気もないのだろう。美しい顔は一ミリも崩れることなく決定事項を吐き出していく。

「まあ、あまり気負うこともない。選ばれずともお前の姉妹の誰かが必ず選ばれて責務を果たし、お前も他の者に嫁ぐなりして責務を果たすことになる。安心して準備するが良い」

 そんな慮ることを言うことさえ予定調和のようだ。何も変わらない。揺らがない。ここ《はくすい》が、寒いところだからだろうか。まるで射抜いたジビエを毛皮や内臓に至るまで有効活用するように、身内の人間を有効活用しているように見える。

 しんしんと、積もる雪のようだ。抗う気もなくなるほど自然に簡単に人を圧迫する。

 落ち着け。私は今日、この人に何を言いにきた。思い出せ。私に居場所をくれたあの子と、私自身を幸せにしたいんだ。

 そら、笑え。笑顔は威嚇だ。

「承知しました。精一杯尽力させて頂きます。ところで、ひとつよろしいでしょうか?」

 眉を下げる、口角を上げる、目は細めすぎない。笑う。この人も綺麗だけど私は美少女だ。七の姫の顔と体をコピペしたような顔と体だ。偶然得たものでも、他人のものでも、それでも私のものだ。美しさは武器だ。有効活用しろ。

「なんだ」

 少しだけ、御当主様が私の笑顔に口元を緩めた気がした。今だ。

「お願いがあるのです。と言うのも先日発見した私の姉妹らしき子のことなのですが、」

 連絡は行っているはずだ。突然現れたであろう、姫そっくりの客人を上のものに報告しないはずがない。

「ああ、聞いている。お前の客人だろう。そっくりだと聞いたが、姉妹、か。それで?」

「身分を保証し、ゆくゆくは然るべき相手と婚姻させて欲しいのです、例えば、」

「錺の家の長男とか、」

 髪飾りの職人、七の姫の想い人をそれとなく推しながら言う。

「ほう、」

 そう言って御当主は少しだけ緩めた口に手を当てて面白がるように声を出す。

 これが普通の家であれば、突然降って湧いた娘そっくりの、娘か他人かわからない者など追い出すだろう。だけどこの人は、この家はそうしない。たぶん。そこにあるものは何でも最大限利用し尽くそうという姿勢が見えるのだ、ならば容色の良い娘が一人増えるのは利用できるものがひとつ増えると判断するのではないか、と考えた上での正面突破だ。しかも、都合の良いことにこの時代にDNA鑑定などはなく、面相で判断するしかないはずだ。ならばこの、七の姫そっくりの顔はすなわちこの家の血を引いていると思わせるのにちょうど良い。しかも加えて多産の家だ。人が増えた方が良いのだ。

 私はこの御当主様より何枚も下手だ。言いくるめるとか交渉とかそんなことは考えない。利益のある話をするだけだ。賢そうな顔も言葉遣いもしなくて良い、むしろ馬鹿にありのままに見えていれば良い。ただこの人にとって利益のありそうな話《お願い》をすれば良い。

 さあ、どう出る。

 御当主様は口に手を当てたまま黙っていた。そして数秒、私にとってはとてつもなく長く感じる時間を黙りこくっていた後。

「く、はは、ははははは」

 笑い出した。

「何か、面白いことを言いましたか?」

 少し訝しむように言ってしまったのはこっちが緊張してるのに笑い出されたのがむっとしたからだ。確かに道化だろうけど、そんな笑わんでも。というか、この人笑うんだなあ。綺麗な顔しやがって。

「いや、悪い。変わったなぁと思って、つい、な」

 ぎくり、と入れ替わってるのがバレたか?と少し焦る。そんな私を知ってか知らずか、面白いものを見る目で見て御当主様は言う。

「良いだろう、然るのち、新たな姉妹として身分を保証しよう。だが、」

「条件がある、お前がこの家に忠実であるという姿勢を見せてみろ」

 そう言って御当主様はさらに嫌な感じに笑う。妖しく。

「例えば、直近では妃選びの顔見せ。アレに選ばれて見せよ」

 簡単に、そんなことを言う。自分が選抜した娘たちの中で最も良いと選ばれよ、とそう言うのだ。価値を見せよ、と。

「なあにそれで選ばれずとも他の家に嫁ぎ、そこで成果を出しても良い。そうすればその姉妹とやら、言ったとおりにしてやろう」

 人で遊ぶ悪魔のように、御当主様は綺麗に笑って言外にいう。私がそれ相応の価値を示す、それまでは身分を証明しない、と。安心させたいなら早くやれ、と。

 この人、やっぱり性格悪いな。そりゃそうでもなきゃこの若さで当主の座に座ってなどいないだろうけど。

「わかりました」

 私はそう、笑顔で言う。必ずや価値を証明して、願い事を叶えさせてやる、と正面から御当主様の顔を見る。綺麗な顔だった。畜生。

 

 

「良いのですか、あのようなこと」

 七の姫、正確にはその振りをした者が立ち去った後、冷たく咎めるような女の声が静かに部屋に落ちた。

「あれは、おそらくこの家のものではありませんよ」

 女はわかっていた。少なくともあの少女はこの家の直系、当主の子ではない、と言うことを。この家で産まれた子は記録がとられる。だからそれがない、と言うことはよそ者か、或いは侍女あたりが宿した子だ。ならばわざわざ姫として身分を保証することはない。侍女としてでもそんなよくわからない者を入れるわけにはいかない。この家に立ち入らせる全てのものは精査されているのだから。

 しかしこの男は、あっさりと許可を出してみせた。面白そうに笑って。

「そうだろうな、どこから来たのやら」

「わかっているのなら、」

一華いちげよぉ、珍しいな。口調が乱れてるぞ」

 揶揄うように笑う姿はより、この当主である男を若々しく、得体の知れないように見せていた。

 一華いちげ、と呼ばれた女は眉をぴくりと上げて、そうしてまた静かに言う。

「失礼いたしました。ですが何故そんな判断をなさったのです?」

 すぐに戻った口調にまた笑いながら男は言う。

「この家に立ち入れるものなんてそもそも限られてるだろ、その中で発見された者なら大して気にするほどでもない。この家に立ち入れる者は血筋も選んでるんだから。顔もあんだけ似てるしな。それなら姫としての振る舞いができるなら姫として扱った方が利益がでかい。心配するなよ。それだけする価値があるなら、保証するだけだ。何の役にも立たないなら、そんなことする気もない」

「すべてはこの白水の繁栄のためだ」

 一華いちげはこの、元は弟であった男の信念のような価値観が恐ろしいが、この男の唯一理解できる点であると知っていた。昔からそのことを考える機械であるかのように、白水はくすいの繁栄を考えていた。ならば、これも。白水のためになると踏んでのとこだ。ならば言うことなどない。最初から意見を曲げられるなど思ってもいない。

「しかし、七の姫に比べると随分と人間味のあるやつだったなぁ。似せてるつもりなのかアレで」

 そんなことをぼやいた後、その笑った顔のまま一華いちげに命令する。

「七の姫の乳母と身の回りの侍女、そのあたりを調べろ」

「は?」

 あの少女のことはそのままでおくんじゃないかと思っていた一華いちげは惚けたような声を出してしまう。しかし、それに笑って当主たる男は言う。

「七の姫の育成をな、していた奴がどうにも変な動きをしていてな。誰かが背後にいて何か企んでる。さっきの少女とは別件だ」

 一華はその言葉に驚く。何せ直属の管理を担当しているわけではないが、この白水の家の中のことは一華いちげの担当だ。それはそこに不備があったと言うことだ。

「いつから、何が、」

 動揺を見せる一華に当主として男は言う。

「誰かが手を回して、できるだけ人の手が入らないようにされているな、七の姫に関わる人数が少ない、と言うことだ。正規の教育をきちんと履修してるかわからん。ああ、七の姫に関する記録だが大半が偽造されてたぞ、」

 一人の、それも直系の姫で、自分が妃候補に選んだ姫、の記録が偽造され、ちゃんとした教育が受けられたか定かではないと言うことを平気で言うその男の正気を一華は疑った。しかしその男はずっと正気であることなど分かりきっていたのでただ冷静になるしかなかった。

「それがわかってなぜ放っておいたのです、そしてなぜそんな不確定な娘を妃候補などに、」

 そうだ。この当主の男は知っていたのだ。仮にも自分の娘が、家の名を背負う女が、真っ当な暮らしが、できていないと。知っていて放っておいたのだ。それはつまり、それがこの家の利益につながることがあったから。この男はそれでしか動かない。

「いやあ、誰かがやってるな、とは気づいてたんだが。興味があってな。誰にも何をすれば正解であるのかを教えられなかった子供は、何を生存戦略に身につけるのか、を。いやあすごいもんだぞ、だから妃候補にしたんだ」

 意味のわからない、説明になっていない言葉を当主たる男は言う。一華いちげが理解できていないことを見通して、男はまた喋り出す。

「普通は誰かが、子供に怒られない行動、愛される行動、つまりその場に最も適した行動を教育として教えるだろう?時と場所、場合に応じた行動って奴だ。教育をすれば教育したとおりに動くようになる。なんせそれをすれば怒られないから。凡愚じゃなきゃな。しかし、教育として教えて仕舞えば、大体定説通りにしか動かなくなる。でももし、教育をしなかったら?その場で最も適した行動を肌で感じ取り動かなければならなかったら?」

 くるくる、といつも持っている真っ赤な花の髪飾りを軽く揺らしつつ男は言う。

「無意識で、教本にもない、その場に一番適した行動を、最も愛される行動を、生存戦略で取る子供に育つんじゃねえかって。まあ、そう考えて、したんだよな、いやまさか成功するとは思わなかったが。ルールもマナーも教養もない穀潰しになる可能性の方が高かったんだがな」

 ほぼ独り言のように最後の方は言っている男に一華いちげは頭が痛くなるのを感じる。子供で実験したのだ。この男は。そしてうまくいったから、それをあろうことか陛下と婚姻させようと、するとは。まあ、確かに言っているような、その場で最も適した、例えば相手が望んでいる行動を無意識でする娘がいるのなら、そんな夢のような者がいるなら確かに、陛下の寵愛を得られるかもしれないが。

「だから実験のために放っておいて、その周りがきな臭くなったら調べろ、と?」

「あぁ」

 何の罪悪感もなくやってのけるし言ってのける男には目眩も頭痛もするが。しかし、この男が最も白水はくすいの繁栄を目指しているのは確かなのだ。一華はこの白水を愛してるとまではいかないが、故郷として、好きだった。

 だから今日も従うのだ。この男に。

「かしこまりました。して、目星はついているのですか」

 どうせついていて言っているのだろうと一華いちげはそう言う。

 白水の当主はにっこりとそれはそれは綺麗な笑みで言う。何が、おかしいんだか。

「おそらく元、一の兄様、北星だな、」

 そうあっけからんと自分の実兄、しかも自分が蹴落とした、の名前を出す。それが本当ならこの家で何かを企んでいることになるだろうに。

「そうですか、それでは失礼します」

 一華いちげはそれだけ言って部屋を出た。あのほとんど意味のわからない男に振り回されて、不様を晒すのが嫌で発達したポーカーフェイスのまま。はあ、と思わずため息をついた。妃候補の顔見せの準備もあると言うのにとんだことを抱え込んだ物だ。そのため息も誰にも届かぬまま、積もっていく雪のように消えた。

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