コピペ令嬢、姫になる
消灯が済んだ部屋はカーテンから漏れ出る光も少なくてとても暗い。夜でもどこかに灯りが灯る現代地球に慣れた私には少し怖かった。きっと先人達はこう言う夜が怖くて蛍光灯やら電球やらを作ったのだろう。ではこの地もその内それらに類似したものがつくられるのだろうか。
「ねえ、本当にあなたはそれで良いの?」
七の姫の静かな声が部屋に落ちる。客間に、と案内されるはずだったのを無理言ってお泊まり会のようにしたのだ。同じベッドで同じ姿形をした者が寝転がっている様子は側から見たら奇妙で綺麗なものに見えるだろう。こちらを見る七の姫の目は揺れている。
「行きたいところに行けば良いと思っていたわ。あなたが行きたいところを見つけるまでそばにいて欲しいとも。わたしとそっくりな顔をした、大好きなあなたが、行きたいところに行って好きなように生きてくれたら、それはわたしの救いになるもの。」
七の姫はきっと姫であることはそんなに嬉しくなかったのだろう。私と違って。十数年そうやって生きたのだから実感がある。凍える思いも飢える思いもひょっとしたら将来自分は何に成ればいいのだろう、と言うような自己実現の悩みも、しなくてよかっただろう。将来は決まっているものだから。多くの民が悩むことを悩まなくていい特権階級であるのはきっとわかっている。それでも、きっと一人は寂しかったのだろう。
私は、七の姫に幸せであってほしかった。優しくて可愛くて、大好きなこの子が自分の幸せを追い求められないのが悲しくて、私に居場所をくれたこの子に恩返しがしたかったのだ。
「わたしの、代わりになるなんて」
時間は少し遡る。
食後の甘いお茶を頂いて口の中がさらに甘くなった後、その報せは突然来た。
「明日、ご当主様がお呼びです」
そう言われた時の七の姫は、顔を青褪めさせるわけでもなく、ただそれをさだめとして受け入れた、ちっとも嬉しくなさそうな笑顔だった。
きっと行けば妃選びの話をされる。お名前をもらう代わりに一人前の姫としての義務を果たさなければならなくなる。それはただ好きな人を好きと言う自由も失うことを、意味していた。それでも、義務だからと、諦めた顔だった。
きっと七の姫はそのまま、ええ、とでも言うつもりだったのだろう。開いた口が言葉を発する前に、私が、それを遮った。
「ええ、わかったわ」
その時ばかりは教育の行き届いた侍女の方もぎくりと言うように身体をこわばらせた。そして、私と七の姫両方の顔を交互に見た。今までただの客人だと思っていた方から返事が返って来たのだ。そりゃあ驚く。
でも。否定できない。貴女は姫ではない、と言えないのだ。
なぜなら、顔も着ている服も髪の癖に至るまで、コピペしたように似ているで済まされないほど一緒なのだから。
見分けがつかないうちは、はっきりと指摘することはできないどころか、問うことすらできないだろう。どっちがどっちですか、と問うた時点で、私は仕えている姫を区別できない愚か者です、と言うようなことになる。あと不敬だ。教育が行き届ているからこそ、不用意な行動は取れない。
見た目がそっくりな者を見分けるなら雰囲気とか、言葉遣いとかで見分けるだろう。もしかしたら姫である方しか知り得ない思い出とかを聞いても見分けられるかもしれない。
でも私はそれができないと知っている。なぜなら、この人たちは、七の姫に寂しい思いをさせてた人達だから。身分を慮って、或いは上の人からそう言われてその通りにした、それが悪いとは言わない。言わないが皮肉だなと思う。それによって姫と他人を区別することができないのだから。
「失礼しました」
そう言って少しの間黙って顔を交互に見比べていた侍女の方は私の方に身体を向ける。背を向けられた形になる七の姫はポカンとした後、私が何をしているかに気づいて焦ったような顔をなる。それに私はウインクで返す。大丈夫だよ、と言うように。
「明日の朝、支度のためお時間を頂戴いたします。その後迎えの者が参ります、」
「ええ」
にっこりと笑う。可愛い七の姫そっくりに笑えているだろうか少し不安になりながらそれでも笑う。
「それでは、失礼致します」
そう言って侍女の方々は部屋から出ていった。ついに私と七の姫を見分けることができないまま。
「私はそれで良いんだよ」
七の姫の手をぎゅっと握る。その手は冷えていて、とても不安だったんだろうなというのがわかる。不安というよりは罪悪感か。自分の義務を他人に背負わせてしまう。でもね、と私は言う。
「私はお姫様になりたかったから。だからこれは私のためなの。私のために貴女の地位を奪うのよ?悪い魔女みたいに」
小さい頃からの憧れだった。布たっぷりのふわふわしたドレス、細かい刺繍のレース、きらきら光る宝石がついたアクセサリー、そんなものに囲まれたお姫様に私はとてもなりたかった。
「いいものじゃないかもしれないわよ?」
そういう風に取り返しがつかなくなる前に言ってくれるのは優しさなのだろう。私はここに来て、ずっとあなたの優しさに救われている。
「そうじゃなくても良いの。それにね、向き不向きがあると思うの。きっとね、私お姫様に向いてると思う」
その言葉にやっと七の姫は笑ってくれる。
「ほんとだよ、だって豪華なものとか大好きだもの、可愛いものも綺麗なものも大好きなの、ずっと前から」
「本当?うふふそれだけで選ぶものでもないでしょうに、」
それから私たちはたくさん話をした。であう前の話もこれからの話も。
「私のいたところはね、交通手段がたくさんあってね。行きたいところに行きやすかった!食べるものも着るものもたくさんあってね、」
「わたしね、一度この白水の夜を散歩してみたいの。薄くてとても外に出られない、豪華な衣服を脱いで。誰もが来ているようなあったかくて分厚い服を着て、」
「自分の将来を選ぶことができるところだったけれど、私は少し苦手だったな、自分が選んだものだと自分にしか責任がないから、かな、」
「わたしは、自分で何かを選んだことなどきっとひとつもないの、だからそれはとても羨ましくて少し怖いわ、」
そうして、眠る前に明日の作戦を立てた。私たちが二人とも幸せを選べるような。