コピペ令嬢、居場所を得る
メンテナンスで毎日投稿が三日坊主で終わるところだった。
「入っていいわ、お客様がいらっしゃるから食事は二人分持って来てくれる?」
いつもの明るく歌うような声に少し威圧感が出る。それだけでああ、従わなければ、と相手に感じさせる。この子は紛れもなく、姫なのだと。私はこの時初めて心の底から理解した。
「かしこまりました、姫さま。しかし、お出しするのに少々お時間をいただきます。申し訳ありませんが、お待ちください」
おそらく客がいるだなんて聞いていないだろうことに、疑問のひとつ態度に出さず、下がっていくおそらく七の姫付きの侍女の方もすごい。これがこの家の普通なのだとすると少し怖い。何より、あんなに人と話すのを楽しそうにしていた七の姫がこの環境にずっといたのが他人事ながら悲しい。
「客人で良かったの?」
七の姫は無邪気で振る舞いが幼いだけで、馬鹿じゃない。だから部屋にノックもせず突然現れた自分そっくりの、この世界の常識を何も知らない奴が姉妹でないことくらい、たぶん気づいている。
「そうね、お友達って言うべきだったわ」
にっこりと満面の笑みで七の姫はそう言って、びっくりしている私の両手を両手で包み込む。
「わたしとお喋りしてくださったんだもの。わたしと同じで名前のないあなた。わたし、あなたのこと大好きよ。あなたがどこかいきたい場所ができるまで一緒にいましょう?」
私はその言葉と笑顔に泣きそうになった。たった一人で訳のわからない内に異世界に来た。美少女になれたことに喜んだって不安にならないように考えないようにしたって、私の居場所がどこにもないのは変わらなかった。でも、たった少しお喋りしただけの貴女が手を差し伸べて居場所をくれたのが、涙が出るほど、嬉しかった。
「ありがとう……」
七の姫の部屋は大きな机のあるリビングに相当する部屋の奥にベッドルームとバスルーム、トイレがある。今食事が用意されているのは大きな机のある廊下と一枚ドアを挟んだリビングだ。一人で暮らしているには広いくらいであるが広すぎないのは恐らく広すぎると暖めるのに苦労するからだろう。白水は北に位置すると言っていた。寒いところなのだろう。
さて、異世界に来て初の食事だ。どのようなものが出るのだろう。家具や衣服は見た感じ昔のものなだけでそこまで特異ではなかったが、果たして。取れる作物はどうなのだろう。そんな風にワクワクしながら食事が運ばれてくるのを待つ。
「失礼します」
少しの音も立てず、白鳥が泳ぐように歩く女の人が恭しく食器を机に載せる。コース形式なのだろうか。現代地球でもよく見られるけれど、料理が冷めないように一品ずつ持って来るのは寒冷地であることを感じさせた。
この人もまた、私の姿を見ても何も言わない。ほんの少し目を開いた程度だ。教育が行き届いていると考えればいいのだろうがほんの少しだけ、やはり怖い。毒見がされないのはこの家にそんな者はいない、という自信からだろうか。それとも七番目の姫の扱いがそんな感じなのだろうか。食器は銀製でなくただの陶器に見える。
しかし料理だ。一つの汚れもない皿の中央にちょこんと小盛りで盛られている。たぶん前菜であろう。葉野菜というよりは根菜に近いものに見えるそれは生ではないようでくたっとしている。茶色に近い緑、オレンジ、申し訳程度に置かれている赤が取れる野菜の中でできる限り見栄えが良いようにしたのを感じさせる。
「自然の実りと民の働きに感謝いたします」
七の姫はそう自然に言って食べ始める。フォークとナイフは料理店なんかでよく見るように皿の両脇に配置されている。地球では確か外側から使うものだった気がするけどこちらではどうなのだろう。恐る恐る、七の姫の方を横目で見るとそのようにしていたので倣う。
すると七の姫がニコリと笑ってこちらを見る。口を軽くパクパクさせている。あ。
「自然の実りと民の働きに感謝いたします」
声が震えないようにそういうとよくできました、というように七の姫が目配せをする。親切な上にひとつひとつの仕草がずっと可愛らしい。
さてお味は、と前菜らしきものをパクリと口にする。こ、これは。めちゃくちゃ酢の物みたいな味がする。ピクルスとかに似ている。酢漬けだから保存食なのだろうか。日常的に保存食が出るくらいの寒冷地だったとはだいぶ寒いんじゃないか?と末端冷え性の私は恐ろしく思う。
前世の私ならそんなに箸が進まないところだが、なぜだか今の私は特に気にせず食べられる。もしや舌も七の姫のコピペなのだろうか。それなら安心ではあるけど私である部分が精神だけになってる気がしてちょっと怖い。
七の姫は難なくフォークとナイフを使いこなしている。お話するのはお行儀が悪いとされているのか、こちらを見てニコニコと笑っている。
お次に運ばれて来たのはスープだ。湯気が立つそれは、それだけで美味しそうに感じる。置かれると見えてくるのは金色のキラキラした汁と、キャ、キャベツ!キャベツらしき草が浮いている!何てこった。こんなところでキャベツと再会を果たすとは。さっきの前菜は少し馴染みがなかったのでピクルスっぽいなぁで終わったが見覚えのあるものが来るとすごく安心する。まあこれ本当にキャベツか分かんないんだけど。キャベツでこれなら私は多分米を見たら泣くんじゃないかと思う。
お味は、というとこれまた少し酸っぱい。たぶんキャベツの方が何か酢漬けか塩漬けにされている。しかしあったかいので数割増しで美味しく感じる。前世で酸っぱいスープはあまり食べたことがない。やはり異文化の料理だなぁと思う。しかし思ったより料理だとわかるものが出てくることにはとてもホッとしている。良かった、なんか大豆バーみたいなものとかなんかゼリーみたいなものとかだけとかじゃなくて。
お次に出て来たのはメイン料理らしきものだった。コースの順番だと魚料理なはずだが、今は魚があまり取れないのかもしれない。寒いところだと鮭みたいなのがいそうだなと思うしあれはあれで塩漬けにして持たせておくのがあるんじゃなかったかと思ったけどない時はないのだろう。或いはこの世界だとコース料理は魚か肉どっちかがメインで出てくるのかもしれない。
それにしてもこれは美味しそうだ。いい焦げ目がついた肉に赤みのあるソースがかかっている。見た目はおしゃれなレストランで出てくる肉料理と遜色ない。ワクワク、と期待しながら口に運ぶ。
うん、美味しい!何の肉だかはわからないけどちゃんとお肉だ。下味がちゃんと付いていてハーブなどで臭みを抑えてある。それでも少し獣感があるがそれはそれで美味しい。ジビエみたいなものに近いのだろうか。そこらへんの料理は食べたことがない。少しなれない味が続いていたから手放しで褒められる美味しさの肉は嬉しい。しかし何の肉なのだろう。鹿とかだろうか?美味しさについこくこく、と頷きながら食べていると七の姫がこちらを見て微笑ましそうに笑っていた。
メインの後にはパンが出て来た。まごうことなき私が知っているパンだ。しかし少し色が黒くて硬そうだ。保存の観点から言うと水がない方がいいのだろうなと思う。ハイジが柔らかくて美味しい白パンを持って帰ってあげようとしたエピソードがあったが、あれはそうするよなぁと納得のいく固さだった。味は良い。メインのソースを拭うために今運ばれたのだろうけど、私としては水っけ多めのシチューとかと一緒に出して欲しかった。ふやかしたい。まあ、一緒に出されたところでマナー的に浸せないのだけど気分としてとても欲しい。
たくさん食べてお腹が膨れたなと思ったところでデザートが登場する。一枚一枚スライスされて添えられている黄色とコロンと転がっている赤紫はドライフルーツだろうか。それの真ん中に穴の空いてないドーナツのようなものがある。パクリとまずは周りのものから食べてみる。うん、やっぱりドライフルーツだ。外側が少し固くて、中がネチっとしていて甘さが強い。
それじゃあ真ん中とフォークで切ってみると中から赤色の固体混じりの液体が流れてくる。何かと思ってフォークで固体を指して食べてみるとジャムだった。これも甘味が強い。じゃあドーナツみたいなのは、と食べてみるとこれも甘い。ひとつひとつは確かに美味しいのだが全部甘い。口の中が甘々になる。寒いところではカロリーを使うから甘いものをいっぱい食べると言うような話が頭をよぎる。食べる。甘い。食べる。甘い。誰かあの酸っぱい前菜とスープ今持って来てくれと思う甘さのパレードだった。食べ切った後も口に残る砂糖感。甘いもの好きではあるがそれでもギブアップするだろうという甘さにウプとなった。
そこに天の助けとばかりに食後のお茶が来る。何と言うタイミング。足音ひとつ立てない女の人が天使に見える。豪華な花の模様が綺麗なティーカップが揃えのティーポットから注がれる透き通った茶色の液体で満たされていく。ティーカップの持ち手の穴に指を入れないようにして持つ。香りに顔を綻ばせてこくりとお茶を飲む。
甘かった。
「ご当主様、ご報告が」
冬真っ只中の白水のもっとも積雪に囲われる山の近くにある。白水を統治する者の屋敷。その一番奥の部屋で女の声に、妖しく灯りが揺れる。
「七の姫に予定していない客人が来ているとのことです」
声をかけられた方の男は反応を示さない。それより大事なことがあると言うように。
「女人でしたので対処は未だしておりません。それと特異なことに七の姫そっくりな外見であったとか」
男はまだ反応しない。机の上の書類を見ながらその手はゆらゆらと一本の髪飾りを手慰みに揺らしている。
「ご当主様、如何いたしましょう」
「女人ならば放っておけ。どうせこの屋敷に身分の保証されない者など入って来れん」
その言葉で全ての言葉がやっと耳に入ったかのように男は口を開く。その言葉は尊大でその決定はこの世の最初から決まっていたと言わんばかりの響きを持っていた。
そしてようやく男は報告して来た女を見る。揺らしていた髪飾りが止まる。それは血のように赤い大きな花を模していた。
「だが、用がある。明日七の姫を呼べ」
「はい」
揺らめく灯りで、氷のような目が光っていた。それは刃物に似ていた。