コピペ令嬢、恋バナをする
北に位置する白水の長い冬が明けた時のことだった。春の祭りのための髪飾りをつくると言って、その人は滅多に人の来ないわたしの部屋に入ってきた。わたしは何不自由ない生活をしてきたけれど、他人と最小限の交流しかすることを許されなかった。
幼い時はそんなことはなかった。世話をしてくれる女の人がいっぱいいて、わたしのお姉様だという人や妹だという子とも交流があった。しかし穏やかで楽しい時間は、成長するにつれてなくなった。
姉妹間での交流は減っていき、終にはなくなり、世話をしてくれる者の会話も最小限になった。
一度尋ねたことがある。どうして、わたしには皆がしているようにおしゃべりしてくれないのか?と。そしたらその者は困った顔で、貴女様は姫でいらっしゃるので立場を弁えなければならない、とそう言ったので困らせたくはなくて、もう二度と尋ねる事はなかった。
寂しさが常にあった。豪華な部屋でいようとも、可愛い衣を纏おうとも、飢える心配がなくとも、それはずっとわたしに付きまとった。
その人は、お家のお抱えの飾り職人だった。いつもは完成した物が届けられるだけなのに、なぜだかその日は人が来たのでびっくりしてしまった。
失礼はないかしら、と不安になりながらわたしはその人に対応をした。あまりお喋りな人ではなかった。でも、ぽつりぽつりと、膨らみ始めた花の蕾のこと、お祭りで食べられるお菓子のことをお喋りしてくれることが酷く嬉しかった。
そうして並べたもう完成している飾りの中から似合う物を選んでつけてくださった。その時のわたしの髪を扱う少し荒れた手が、壊れ物を扱うような繊細な手つきであったことがやけに心に残った。
そうしてその人は飾りをつけた私を眩しいものを見る目で見て。
「とてもお似合いです姫さま」
と、はにかんで言った後に、
「しかし、姫さまの美しさに飾りが負けていますね。美貌を引き立てられる飾りを必ずやつくって参ります」
と言った。
その言葉が、次の約束がどれだけ嬉しかったか。きっとその人は知らない。
そしてその人は次に言葉通りに春の花を模した薄桃の細工のついた髪飾りと、芽吹いたばかりの花を持って来てくださった。
わたしはそれからずっとその人のことを想っている。寂しい一人の日々を、枯れずに美しいままの、暖かい色の花の飾りを眺めて。
すごく恋をしていた。すごい予想の数倍くらい恋をしていたし、エピソードがすごい。もう、繊細な恋の話に私の語彙がついていっていない。すごいしか言えてない。かあー、職人とお姫様の身分違いの恋。すごく、恋愛小説にありそう。そうして絞り出した、
「素敵な方だね」
という私の言葉に七の姫はとても嬉しそうな顔をする。垂れがちになった目をさらに垂れさせ、頬を朱に染めてこくこく、と何度も頷いているのが可愛らしい。それにしても、その職人普通に七の姫に好意あるんじゃ。そりゃあお姫様への対応なんてそんなもんだよと言われたらあまり反論できないけど夢は見たい。
でもな、こういうお客への対応から純粋な好意とかを読み取るの難しいんだよな。普通は相手がお客様である以上それなりに丁寧な対応はするし。言わんや住んでる国のお姫様おや。うーーん、でも花まで持って来るかなぁ、いやでも営業努力だったら持って来るのかなぁ。わからん。頭を捻っていると七の姫が照れくさそうな、しかし影のある笑顔で改めて口を開く。
「もしね、わたしがお妃さまに選ばれたら、この土地を去ることになってしまうでしょう?きっとあの人の姿を探すことも待つこともできなくなるの、それは少し寂しいの」
それにね、と七の姫は付け足す。
「想っている方がいるのにお嫁に行ってしまったら陛下にも失礼だわ」
「もう決まってしまったの?」
そう聞くと、七の姫は首を横に振るう。
「いいえ、まだ可能性の話なの。でもねきっとお妃様選びの顔見せの対象ではあると思うの」
そう言う七の姫の憂いたような顔も美しい彼女の、見た目は十六かそこらに見える。ただこの世界ではおそらくそれくらいの年齢で皆嫁ぐのだろう。お姫様なら尚更若いうちになるのかもしれない。はっきりとはしないが、この世界は部屋の様子や服から見て、大まかに近世くらいに見える。価値観も似通ってくるか、と言われると疑問が残るところだけれど。そもそも大人の基準が二十歳あたりというのも最近できた価値観だろうし。
しかし、この世界のこの国がどうであろうと、私は七の姫の恋が良い形で決着がついてほしいと思う。そんなことを考えている私の顔が暗かったのか、七の姫は場違いなほど明るい声で、
「でも、そうよね。きっと選ばれるのはいつもの通り四か五のお姉様だわ。選ばれたらどうしよう、なんて驕りよね」
と笑う。気を使わせてしまったとしょげながら私も笑顔でその話にのっかる。
「そうよね、まだ決まってないものね。ところでいつもの通りってどう言うこと?いつも四番目か五番目のお姫様がお妃候補になるの?」
「あら、それも知らなかった?そう、大体は四か五のお姉様が選ばれるの。きっと白水から何人か選ばれるお妃候補の本命の方なのね」
出来レースみたいなものなんだろうか。ああでも確かに。王家との婚姻なんて確実に政治だ。ならご当主様とやらの何らかの意思は入って来るだろう。しかし。
「白水からのって他のところからのお妃様候補もいるの?」
「そうよ、あらもしかしてお妃様が一人だと思ってる?」
「違うの?」
「違うわ。あのね、お妃様は各地域から一人選ばれるの。だから合計で五人のお妃様が選ばれるの!」
後宮システムみたいなものだろうか?いやあれは確かもっと人数がいて、妃にも位があったはずだ。この国の在り方からしたら多分妃で位が分けられることはないだろう。全員平等じゃなければいけない。選出されたお妃はその地域そのものみたいなものだから。権力がどこかの地域に偏らぬよう、考慮されているはずだ。私がそんなことを考えていると、不意に七の姫の部屋の外から女の人の声がかけられる。
「姫さま、お夕飯をお持ちしました」
と。
まずい。私《姫と瓜二つの他人》がいることがバレたら騒ぎになる。何とか誤魔化さなきゃ、いや隠れた方がいいか?考えていたことも忘れて軽くパニックになる私の横目で七の姫が一歩前に足を踏み出した。