コピペ令嬢、異世界を知る
[#改丁]
「ここが白水、ここが茶赤、ここが金藍で、ここが黒緑、真ん中にあるのが都、紫黄、そしてその近くにあるのが灰紅というの」
豪華な彫刻があしらわれた机の上で開かれた地図は、どうにも地球の地図とは違う。この地図は一つの大陸しか示していないし、その形も随分違うように思える。もちろん、すごく昔にはこんな大陸があったのだ、と言われれば信じてしまうくらいの知識しか私にはないのだが。
そう、知識が随分私には足りない。異世界の知識だけではない、元いた地球の知識もだ。異世界に転生したのだから元いたところの知識があったところで何だ、と思ったりもしたし、現実問題、常識も下手したら物理法則も異なるかもしれない異世界で元の地球の知識など何にもならないかもしれない。
だが、役にたつかどうかは関係ないのだ。現在私が欲しいと言うことが全てだ。だって。お姫様や私が今着ているドレスが地球でいえばどの年代のドレスに似ているか、材質は何かなどの推定すらできないのだから。それが何になるかなど、どうでも良い。私が今この時思った知的好奇心すら解消できないのがストレスなのだ!
専門書をこの手にとは言わない。せめてスマホが欲しい。ググらせて欲しい。あー勉強しておくんだった。興味があることは調べたり知識として頭に入れておくんだった。そんなことを私が心の中で嘆きに嘆いていると、地図を指差した美少女、いやお姫様がわざとらしい膨れっ面を見せる。
「もう、教えてって言ったから教えているのに!あなたったら上の空なんだもの。わたしの話は退屈なのかしら」
少し言葉が崩れているのは親しくなったからだろうか。愛嬌にしかならない膨れっ面が可愛らしい。
「いいえ、とっても面白い。ごめんなさいね、七の姫。教えてもらったことから考え事をしていたの」
そう言ってご機嫌を直してもらう。ご機嫌と言っても元々臍を曲げてもいなくて、怒ったふりで甘えるようにしているだけなのだが。
七の姫、わたしが異世界転生してきた最初に出会った美少女、は自分で言っていた通り名前がまだない。というのも、白水の国で生まれた姫は、この地を治めるご当主様直々にお名前を頂いて、一人前だと認められるらしい。だからまだご当主様にお名前をもらっておらず子供の扱いの彼女は、七番目に生まれた姫ということで七の姫と呼ばれているのだ。
もっとも彼女は姫だという事実からするとおかしいほど周りに人がいない。地球の常識からしたら、という話だが。何か事情でもあるのか、それともこちらでは姫の扱いなどこういうものなのか、そこらへんをまだ、私は図り損ねている。本人に聞いてもおそらく良い返事は返ってこないだろうな、という推測もたてられる。しかし彼女の、姫という身分であるのに、突然現れた見知らぬ人にこんな風に懐いてしまうのも、彼女の半生を見た気がしてそれが、少し悲しい。
「もう、またぼうっとしてる」
「ごめんごめん、で何の話だっけ。紫黄の都がそこにあって、」
「そう、紫黄の都の、王様の話よ!」
そう言うと七の姫は夢を見るように両頬を手で包み込む。
「今の紫黄の陛下はね、とってもお美しくてお優しくて、まるで建国神話の御方のような方なんですって」
「建国神話?」
「知らない?じゃあ教えてあげるわ!この紫黄ができた時のお話よ」
そう言ってか七の姫は語り出す。彼女の遠い先祖のお話を。歌うようないつもの美しい声で。
「昔々、この土地は今のように五つの都市と都に別れていませんでした。わたしたちの先祖はこの果てしない大地の限られた豊かな土地や資源を求めて、争いばかりしていました。ある土地に住むものは食糧に恵まれず、またある土地に住むものは水源に、またある土地の者は自らの豊かな土地を奪われないように、様々な理由を持って争ってばかりいました。
争ってばかりいたので、人々は平和を知らず、そればかりか争いごとに追われて食べるものにも困るような生活を送っていました。そんな時、どこからあらわれたのか、見たことのない出立ちの者があらわれ、数々の戦を収めました。その者は人々に争うばかりではなく、分け合うことで平和を実現させよう、と言ったのです。
やがてその者の思想に賛同し、各土地の長たちは団結して、その者を唯一の王とする国を作り上げたのです。そして、その国は今も平和に続いているのでした」
おしまい、と七の姫がそう締めくくる。なるほど、建国神話だ。外部の人間が来て戦を収めて王になるところなんかものすごくどこかで聞いたことがあるような気がする。世界史とかで。まあ、よくある話なのだろう。
しかし、なるほど。つまり、この紫黄の国というのは治める王が一人。そしてその下、あるいは同列で各土地を治める者が五人いる。というようなことなのだろう。おそらく!
「ねえ、白水の土地で一番偉いのはご当主様なの?この土地のいろんなことを決めたりする?」
「ええ、この土地で一番偉いのがご当主様よ。わたしにはよくわからないけれど食物の管理をしたり、お祭りの準備をしたり、ええと都に行って陛下や他の土地の一番偉い人と会議をしたりしてこの国のことを決めるんですって」
やはり、そういうことだろう。おそらくアメリカとか江戸時代の日本とかに似ているのだろう。国という形で一つに成立しているけれど、各土地の運営は所謂その土地のお殿様がやっているのだ。どこら辺まで権利があるのかはまだわからないけれど。
「それでね、陛下のね、妃選びがあるんですって、」
七の姫はそんな風なことを少し照れたように言う。ああ、陛下の話をしていたのはそういう話が出ていたのかもしれない。立場を考えるとおかしくは無い。七の姫がお妃様選びの対象になるかもしれない、というような話は。
夢を見るような七の姫のそんな顔が少し陰る。あれ?と疑問に思う。てっきり七の姫は陛下の妃になりたいのだと思っていた。王子様に憧れる少女のように。しかし現実は違うらしい。七の姫は陛下の妃に選ばれたくなさそうなのだ。
「あのね、これは内緒なのだけれど」
しっと口元に指を立てる仕草も可愛らしい。しかし現状いきなり現れた本当に双子かもわからない、自分と容姿がそっくりなだけの他人に、内緒話なんてして良いのだろうかと思う。まあ、その可愛い顔でお願いされたら誰もが秘密を守るような気はするのだけれど。
きょろきょろ、と辺りを見回して耳元で小さな声で七の姫が言う。
「わたし、好きな方がいるの」