ハミングが聞こえる
良く晴れた秋空、夏が終わり、湿度が下がる。
でも、気温は高く過ごしやすい。
僕は、服装にあまり気を使わなくていい、(僕だけかもしれないけど)この時期がとても好きだ。
夕暮れ時に、近くの公園の黄色い遊歩道を当てもなく歩く。
西の空が赤く、東の空は群青色、まるで何処か違う処、ちょっとだけずれた世界に紛れ込んでしまった様な、そんな感覚に囚われる。
ただ過ぎ行く時間の流れから逸れて、僕にも何か、普段と異なる事柄が起きるのではないか、と少しばかり感傷的になってしまう。
そんな木下優、大学3年生、二十歳。
でも、ないんだあ~これが。
取り敢えず合格しそうな大学を受けて、無難に合格。
1年時は収得単位が少なく焦ったが、2年と今年の前半で無事挽回。
学費と住む所のお金は、親が出してくれている。
しかし、食費は別だ、アルバイトをしないと餓えて死ぬ。
従ってカップ麺と袋のラーメンは常備。
冷蔵庫には、栄養価が高く、お手頃価格のSサイズの卵が2パック、キャベツ、根切りもやしが必ず入っている。
それだけでは口寂しい、安くて、美味しくて、手軽に糖質を摂取できる、飴は常時持ち歩いている。
「はあ~ぁ、たまには牛肉、食べたいなあー」
今日、特売してないかな、帰りにスーパー行って、安かったら牛の細切れ買うか。
「あっ、レトルトカレーで、カレーうどんもいいな」
「・・・ハミングが聞こえる」
聞いた事のあるメロディーだ。
有名な映画で歌われていたものだよな。
ふと前方を見ると、女の子がいた、ハミングの主はその子の様だった。
亜麻色の髪をお下げにして、長さは肩を10cmぐらい越えている。
半袖のブラウスに水色のワンピース、長めの白い靴下、3cmぐらいの踵の黒い靴。
辺りには他に人影は無く、赤く大きく低い位置から来る日差しが、その子を中心に、とても綺麗な一コマを創りだしていた。
僕が見入っていると、その子がよろけてこけた。
僕は女の子に免疫がない、本来、直ぐに駆け寄るべきなのだろが、痴漢扱いされるのは嫌なので様子を窺う。
「・・・」「・・・」数舜待ったが、起き上がる気配がない。
そろりそろりと近付いてみる。
「だっ、大丈夫」「・・・」呼吸はしている様だ、肩が動いている。
「お~ぃ」「・・・」触ってみようかなぁ~、かっ、肩を揺するだけだ。
女の子の傍に腰を下ろし、肩に触れてみた。
特に反応は無い、うーん、揺すってみよう。「お~いっ、どうしたの」
すると反応があった、腕に載せていた顔をこちらに向けて見上げてきた。
かっ、・・・可愛い、目をうるうるさせている、外人さんだ。
僕は慌てて、肩から手を退ける。「何処か痛いの、気分が悪い、言葉解る」
すると、何か言いっている、声が小さすぎて聞こえない。
僕は道の上に座り込み、耳を彼女の口元に寄せる。
「何、何って」「・・・me」「御免、声が小さくて聞こえない」
「Eat me(私を食べて)」えっ、いいの、これは、お持ち帰り。
「OH、Mistaken(おっ、間違った)」だよねーぇー。
「Please give me food( 私に食べ物をください)」
なんとぉ、飢え死に、あっ、いやまだ死んでない。
ひもじぃ~のは辛い、僕も、病気でバイトに行けなかった翌月。
お金がない、カップ麺も無い、飴も、砂糖も(部屋中食べ物を探して、最後は砂糖の容器に水を入れて隅っこのを溶かして飲んだ)ない、母さんがタッパーに食べ物を詰めて持って来てくれなかったら、ミイラになっていた、ほんと共感するよ。
あめ、飴食べるかな。
がさがさ「これ、飴、食べる」がさぁー。
僕はカバンから飴の袋を取り出し、飴玉を一つ手に取った。
袋の方を持っていかれた。僕の大事な食糧。
がさがさ、チーィ、ぼりぼりガリガリ。
彼女は飴を小袋から取り出しては口に運び、舐めずに、次から次へと噛み砕く。
中身を出した小袋はポケットにせっせと詰め込む。
がさがさ、チーィ、ぼりぼりガリガリ。
凄い勢いで食べつくし、飴が残り2つぐらいになった時、やっと僕に気付いた。
「Thank you(有難う)」可愛いなあ~。
僕は、余り語学が得意ではない、だから聞いてみた。
「Can you speak the language of this country(あなたはこの国の言語を話せますか?)」
「あっ、話せます、久しく食べ物を口にしていなかったので、つい」
「良かった」「良くないです、ひもじかったです」
彼女は立ち上がり、飴の袋を落とさない様に、衣服の汚れを払い落す。
そして、僕の手を注視する。
僕の持っている飴、・・・分かったよ、あげるよ。
「これも食べる」「有難う~」帰りにスーパーに寄ろう。
チーィ、ぼりぼりガリガリ。
「少しは落ち着いた」「はい」「どうして、こんなところに、お家は」
「カンザスのエムおばさんのお家、らしいわ」「らしいって」
「私、空の向こう、丘の向こう、家の前の道の向こう、その先にいる素敵な人に会いたくて、家出をした、らしいのトトと、でも良く覚えてないの」
チーィ、ぼりぼりガリガリ。残り一個。
「・・・カンザスのエムおばさんのお家から、飛行機で」
「うぅん、違うは、家を出てから竜巻で、多分F5ぐらい、で納屋に隠れたら飛ばされたらしいの、そしたら北の良い魔女のいる所に落ちて、でね、靴を飛ばされちゃったから、この黒い靴を貰ったの」
「・・・えーと、カンザスのエムおばさんのお家から竜巻で来た」
「うぅん、違うの、ここには竜巻で着いたところから、この黄色い道をたどって来たの」
「うーんと、カンザスから竜巻で、えっと、魔女のいる所に落ちた、でぇー、そこから黄色い道を歩いて、ここまで来た」
「そう、そんな感じ」「で暫く食べ物を口にしてない、と」
「そう、黄色い道を教えてくれた、マン・チキンがくれたお菓子が最後」
「あー、あなたもマン・チキン」
マン・チキン、男のチキン、・・・そうだよ、あってるよ、ぢぎしょー。
「まあ、そんなところだ」「マン・チキンなわりにおっきな人ね」
「普通、普通だよ」「そうなの」「そうだ普通だ、きっと」
暗くなってきたし帰ろう。
「もう暗くなってきたし、エムおばさんの家に早く帰った方がいいよ、じゃあね」
僕の飴が無くなった、スーパーに行って二袋ぐらい買っとこう。
僕は踵を返す、お金がない特売のお肉があれば買いたい、バイトしないと。
コンビニのバイトは副業のはずなのに、今は本業の方が副業みたいになってるし。
ぱっし。誰かが腕をひしと掴んでくる。
止めてくれ、僕も今は餓えているんだ、・・・この子ほどではないけれど。
僕は振り返らずに尋ねた。「・・・何かな」
「泊まるところが無いの」「僕にどうしろと」
「泊めて、・・・あっ、あの、ちゃんとお礼するから」
お泊まりのお礼。「本当」
振り返ると、とっても愛らしい顔立ちのつぶらな瞳が、僕に救いを求めている。
こくこく。「じっ、じゃあ、仕方ないなー、僕が保護してあげる、うへへへっ」
「有難う」可愛い、こんな子が、お泊まりして、お礼をしてくれるのか。
「でも、僕、お金ないから、あんまり良いご飯とか無理だよ」
「えっ、ご飯も良いの、有難う~、・・・その、私、いっぱい頑張るね」
何、この展開、やっと、僕にもイベントが発生したぁー。