桎梏(二)──イルタ
タイミの村の適合者は六歳の女の子だった。
氷魔に襲われ村を潰されるという恐ろしい体験をしたせいか、母親にしがみついて離れず、口もきけなかった。
王女は、可哀想に、とその子の頭を優しく撫で、その子が母親の元に留まることを許した。
「でも、落ち着いたら必ず都に来るのよ」
と、つけたして。
そのあと、顔を地面に伏せて感謝する母子に背を向けたヴィータは、後ろに控えていたイルタにウィンクして歌うように囁いた。──私のような立場の者には、寛大さも必要なの。それに、適合者のひとりやふたり、いてもいなくても問題ないわ。火竜の契約者が手に入ったのだもの。
イルタはそのまま王女の馬車の横に馬で従うことを許された。ヴィータは上機嫌で馬車の窓からイルタに話しかける。
「将軍に聞いたわ、あなたは特別な兵士だったのね。よい働きをしたわ。褒美は何がいいかしら。ああ、私の護衛兵に取り立ててあげてもよくてよ?」
そんなことはどうでもよかった。本当は話しかけないでほしかった。考えがまとめられない。だけど、どうしても王女に確かめたいことがある。
「畏れながら、姫さま」
イルタはヴィータのおしゃべりのわずかな隙間に口をはさんだ。
「火竜の契約者は、どうなるのでしょうか」
「もちろん、私のものになるのよ」
ヴィータの答えは明快だった。女王の口から出たのが『処刑』という言葉でなくて、イルタはほっとする。
けれど。
「契約者の軍を編成するの。あなたも入れてあげる。そして、世界中のすべての土地と人民をサルミアが支配するの。逆らう者は火竜の炎で焼き尽くして」
……それは──。
『できるわけないだろう?』
ほとんど泣きそうになって、トーリが叫んだことだ。
『俺は家族も村も全部焼かれているんだぞ?』
イルタは手綱を握り締める。
「姫さまは戦争をお望みなのでしょうか」
ヴィータはきょとんとしたあと、イルタに哀れむような目を向けた。
「教えてあげるわ、イルタ。国が幾つもあるから争いが起こるの。ひとつにまとまれば、平和になるでしょう? サルミアが──私がそれを成し遂げるの。犠牲は出るでしょうけれど、火竜の契約者の力を使えば、サルミアの犠牲者はとても少なくて済んでよ」
ノスティ兵の顔がイルタの胸に浮かんだ。──火竜の炎に焼かれる側の人間の。
彼らは? 彼らが氷魔から守ろうとした、村に残した家族や友達は? 氷魔と戦った彼らの気持ちは、自分がエイレンを守りたいと思う気持ちときっと同じだ。
「犠牲を恐れていては、大義は成し遂げられなくてよ、イルタ」
ヴィータはイルタにいっそ優しく微笑む。
「特別な兵士たるイルタには、当然その覚悟があるでしょうけど。私も王女としての覚悟はあってよ」
犠牲を払う覚悟はあった。六年の間、それを教えられてきたのだ。──でも、私が払うのは私の命で、女王の覚悟は国民を犠牲にする覚悟では?
「下々が上に立つ者の考えを理解するのは難しいかもしれないけれど。私のそば近く仕えて大きなものの見方を学ぶとよろしいわ」
最後ににっこりして、言いたいことを言い終わったのか、ヴィータは馬車の座席に身を沈めた。もうイルタの方を見ない。
大きなものの見方。サルミアのための。
それは、六年間、教わった。イルタはそれができるつもりでいた。そうして、一般の国民はそれができないから、火竜の契約者の起こす事件を表面だけ見て面白がったりするのだろう、と考えていた。
いろいろなことが見えていなかったのは、自分の方だったかもしれない。『反逆者』は、会ったばかりの女の子に平気でキスする最低な、けれど親切でキズつきやすい少年で、『ノスティ兵』は家族を守るために氷魔に立ち向かう勇気ある人たちだった。そして自分は──サルミアとノスティがともに火竜の力を自国の兵力に取り込もうと企む構図の中で動く、サルミアの駒だった。
考えなければ。
トーリは逃がす。トーリにノスティ兵を焼き払うなんて、させない。
そうして、考えよう。サルミアもノスティも守る方法を。
トーリは血をきれいに拭われ、王女の馬車に乗せられていた。王女は火竜の契約者の美しい容姿がいたくお気に召して、好きなときにそれを眺めたいのだそうだ。
イルタには馬車の中を見ることは許されなかった。けれど、ご機嫌な王女からトーリの様子を聞きだすことはできた。
──火竜の契約者? 私の前で眠っているわ。彼、髪の色が変わっていたのよ。魔法術師は契約の影響ではないかと言っているわ。契約前は私と同じ金髪だったの。それも素敵だったけど、今の色も悪くはないわ。
──傷の具合? 竜族には自己治癒する力があるそうだけど、あまり治ってないようね。たぶん鎖のせいね。……え? まあ、イルタ、彼を縛っているのがただの鎖だと思っているの? 反逆者を縛るには細すぎるし、縛り方も甘すぎると思わない? あれは、都の魔法術師たちが封印の魔法を込めた鎖なの。軽く体に一周させただけだけれど、身動きひとつも大変なはずよ。私に忠誠を誓うまでは縛っておくわ。
──そうよ、彼は私に忠誠を誓うことになっているの。都に入る前にエテラの城に寄るわ。そこで都の魔法術師が薬を用意して待っているの。このときのために練りあげさせた魔法の薬よ。私に服従させるための、お薬。
──ええ、エテラには明日中には着くわね。火竜の契約者が薬を飲んで、素直ないい子になったら、鎖を解いてあげるわ。鎖を解けば傷はすぐに癒えるでしょうから、そうしたら、彼を着飾らせ、この馬車の御者台に立たせて街道を行き、都に入るの。ああ、ドラマティックな演出でしょう? 物見高い民衆の熱狂が目に浮かぶわ。ふふ……。
女王から情報を引き出し、トーリを逃がす計画をたてよう──と考えたものの、イルタはすぐに行き詰った。
トーリが鎖に縛られて動けなかったら、自分がトーリを担いで逃げる? そんなことをやれる自信はない。では、鎖を解くには?
鍵で開けるのに決まっているじゃない、とヴィータの口は軽い。鍵? 鍵は、ラークソン将軍が持っているわ。
イルタは前を行く将軍の背中を見た。町の雑踏で将軍の巾着に手を伸ばした男が手首を切り落とされた──なんてウワサの真偽はわからないけど、ラークソン将軍が軍でも指折りの手練なのは間違いない。
ヴィータ女王からだったら鍵を盗めたかもしれない。将軍が相手では……無理だ。
何もできずに日が暮れた。
夜営の準備が整った。イルタは馬車で待つ女王にそれを告げに行く。
「姫さまにふさわしくないのは承知いたしておりますが、行軍用のテントしかご用意できず……」
イルタの言葉にヴィータは馬車を降りながら笑った。
「私、近い将来、軍を率いるのだから、自分を甘やかすつもりはなくてよ。この程度のことには慣れておくべきだわ。寝所に案内しなさい、イルタ」
トーリは馬車に残された。だが、すぐに周りを兵士たちが囲む。
全員が都から来た兵士たちだった。トーリやノスティ兵たちとともに氷魔と戦った兵士たちは、ここまで来る途中の村で、待機していた都の兵士と交替して、自分の村へ帰っていったのだ。トーリを助けようとした彼らなら、慎重に誘えば協力してくれる者もいるかも……というイルタの目論見はそこで潰れる。
ヴィータをテントまで送り、イルタはかがり火の光がぎりぎり届く木の陰に腰を下ろした。
考える。時間はない。明日にはエテラの城に着く。それまでに策を立てなければ。
まず浮かんだのは、
──ヴィータ様の護衛兵に取り立ててもらい、トーリが鎖を外される場面に立ち合い、その瞬間に不意を衝く。鎖さえ外されれば、たとえ傷が治っていなくてもトーリは逃げようとするだろう。ヴィータ様を人質にしてでもトーリの逃亡を援護する……。
……そこまで考えて、イルタは小さく首を左右に振った。だめだ、どう考えても、鎖を外す前にトーリに服従の薬を飲ませるはず。トーリが薬を飲まされてしまったら、終わりだ。
ふと思いついた。
──薬が効かない可能性はあるのでは? 私の痺れ薬は効かなかった。
けれど、トーリが飲まされるのは、都の魔法術師のつくった薬だった。一兵卒の自分が持つような薬とはわけが違うだろう。
現にトーリを縛める鎖は、十分に効力を発揮している。女王の話によれば、トーリはときどき目覚めるようになったらしい。だが、トーリが逃亡を試みる気配はない。動けないのだ。馬車の中で女王は何事もなくトーリを眺めている。
薬が効かないかもしれない、なんて不確実な幸運を当てにして計画は立てられない……。
不安と焦りがイルタの胸を押しつぶしそうになる。トーリを助けるなんてできるのかしら。たったひとりで。エイリも、いなくて。
風が括った髪を揺らしていた。……揺らす、不自然に、強く。
イルタの心臓が、どきん、と跳ねた。──エイリ?
ふり向く。エイリが、一生懸命にイルタの髪を引っ張っている。
思わず手のひらに包もうと伸ばした指先を掠めて、エイリは飛び立った。イルタを見て、森の暗がりへと飛んでいく。
ついて……こい?
素早く辺りを窺った。イルタに注意を向けている兵士はいない。寝ているか、起きていても火を囲んで雑談している。
イルタは木の陰でそっと立ち上がった。兵士たちが気づかないのを確認し、エイリを追った。
街道沿いの森の中へ。
月の光が淡く差してはいる。けれど、エイリの先導がなければ、夜の森になんてとても踏み込めない。
エイリは夜営からどんどん遠ざかる。やっと戻ってきたエイリは、自分をどこに案内しようとしているのだろう。
繁みの向こうに、ちら、と炎の色が見えて、イルタは足を止めた。
火があるということは、人がいるということ。──こんな夜の森に、誰が?
エイリはその火に向かってまっすぐに飛んでいく。イルタは右手を短剣の柄にかけた。エイリを追って、枝葉を潜った。
閑地に、十人以上の男たちが火を囲んでいた。
イルタは反射的に短剣を顔の前で構えた。彼らは何者? 敵? 味方? いや、敵ではないはずだ。エイリが私を窮地に誘い込むはずはない。──魔法術で操られたりするのでなければ。
そう考えたとき、男たちの中央でひとりの老人が立ち上がった。見覚えのある顔。着ているものは丈の短い農民の服だが、頭に布を巻いている。──ノスティの魔法術師だ。氷魔を帰還させた術師。精霊を使役する魔法術を使う者。
イルタの心がすっと冷える。まさか、エイリを。
ノスティの魔法術師がイルタに向かって、すっ、と人差し指を上げた。
静かに、と。
イルタは、ごくり、と唾を飲む。
エイリが小鳥のようにイルタの肩にとまった。村で一緒に暮らした頃のエイレンの顔で真剣にイルタを見つめる。──私のエイリだ。操られてなんかいない。
魔法術師が、イルタに頷いてから、口を開いた。
「手を貸してほしいのだが、お嬢さん。火竜の契約者を助けたい」
心臓が大きく打った。助ける? なぜ、ノスティの魔法術師がトーリを? ……トーリをサルミアから奪ってノスティのものにする、という意味?
イルタはいつでも戦えるように足場を固めた。男たちはみな農民の格好をしているが、魔法術師に従っていたノスティ兵たちに違いない。帰還魔法の準備ができたことを知らせに来た若い兵士の顔がある。
だが──イルタは男たちを油断なく見回した視線をハッと戻した。トーリの見張りを都の兵士と交代して自分の村に帰ったはずのサルミア兵たちがいる。
少し、混乱した。なぜ、サルミア兵が、ノスティの魔法術師や兵士たちと一緒にいるの?
そうして、イルタは気づく。男たちが誰も武器を手にしていないことに。火の周りに腰を下ろしたままで、戦う体勢をとらないことに。
サルミア兵のひとりが立ち上がって一歩前に出た。
「俺たち、火竜の契約者を逃がしてやりたいんだ。都の兵士と交代したあと、森に隠れてこっそり後をつけてきたんだが、ノスティの者たちが風の妖精を追ってきたのに出くわして合流した。俺には見えないんだけど、そこに風の妖精がいて、あんたは火竜の契約者の恋人なんだろう?」
恋人? 思わずイルタは一歩下がる。いえ、そんなことより、逃がしてやりたいって、どういうこと?
魔法術師がサルミア兵の言葉の後をひきとる。
「火竜の契約者が、氷魔と戦う前に、お嬢さんの風の妖精に別れのキスをしていった。とても心のこもった美しいキスだったよ。反逆者と王国の特別な兵士の間にどんな事情があったのかは知らんが、あんたたちは出会い、恋をしたのだろう? だから、私たちと同様に彼を助けたいのではないかと思ったのだが」
イルタの気持ちが掻き回される。落ち着いて、と自分に言う。判断を誤ったら状況はもっと悪くなる。そもそも、この魔法術師は、トーリを──火竜の契約者を捕えるために氷魔を呼び出したのだ。
「……火竜の契約者をサルミア軍から逃がして、その上でノスティが捕えるつもり? 火竜の力を利用するために?」
「もうそんなことをするつもりはない。あの炎でノスティを焼かれるのはごめんだ、とは思うがね。──座っていいかな? まだ帰還魔法の疲れが残っていてね」
返事を待たずに、魔法術師は近くの木を背もたれにして地面に座る。さきほど立ち上がったサルミア兵も腰を下ろした。膝を抱く。
火を囲む男たちの誰からも、敵意はまったく感じられない。でも、こちらが女の子ひとりだから余裕を持っているだけかもしれない。
魔法術師は手を懐に入れた。イルタは反射的にびくっとする。短剣を構えなおす。魔術師は握った手を懐から出し、イルタに向けてゆっくりと開いた。
小さな鍵がのっていた。
「火竜の契約者は封印の鎖に縛られているのだろう? これで手枷を外せる」
鎖の鍵。喉から手が出るほどほしいもの。
イルタは短剣を構えたまま動けない。
だが、最初の驚きが過ぎると、すぐに疑念が湧きあがる。
「なぜあなたがその鍵を持っているの?」
鍵はラークソン将軍が持っている、とヴィータ女王は言った。ニセモノ? 何かの罠?
魔法術師はイルタの問いに穏やかに答える。
「そちらと同じことを考えていたからだよ。火竜の契約者を捕えたら、封印の鎖で繋ごう、と。この鍵は私のつくった鎖の鍵だが、そちらの魔法術師がラッシの魔法術を継承しているなら、同じ術式を用いているはずだ。この鍵でそちらの鎖も外せる。……私とラッシはねえ、若い頃、一緒に魔法術の研究をしていたのだよ」
また驚かされてしまった。──ラッシというのは、トーリを育てた魔法術師の名前だ。その人が、ノスティの魔法術師と一緒に研究を?
「お嬢さんのような若い人は知らないだろうが、私が魔法術を学び始めた頃は、ノスティとサルミアは仲が良かったのだよ。官も民も交流が盛んでね。私が学ぶ研究所に留学してきたのが、サルミアの天才少年、ラッシだった」
イルタは必死に驚きを押さえ、魔法術師の話を咀嚼しようとする。──サルミアとノスティが友好国だった……?
「で、ノスティの天才少年が私でね。今使われている魔法術の体系は、私たちふたりがノスティの研究所でつくりあげたものだ。たが、ノスティとサルミアの関係は次第に悪くなった」
魔法術師は、ふと遠くを見るように、視線を浮かせる。
「両国の結びつきを強めるためにサルミアに輿入れしたノスティの姫が、一年もたたずに亡くなったことが始まりだった。病死と発表されたが、輿入れに反対だった人々が不穏な憶測を語り、それが尾ひれのついた噂となって広まった。そのあと小さいが不愉快な事件がいくつか続き、私たちは互いの国を疑念の目で見るようになった」
イルタは魔法術師から目を逸らさない。
それに気づいたように、魔法術師はイルタに視線を戻した。
「……ちょうどその頃から、私とラッシの考えも離れていってね。ラッシは契約によって精霊の力を人間のために役立てようとした。ラッシは契約を『公平に対価を払うもの』と言ったが、私には、それは人に犠牲を強いるものだ、と思えた。それで、私は使役という方法を編み出した。人が一方的に精霊に命令できる。しかし、それはそれで人の慢心だったようだ。今回それがわかった。──いや、思い出した、かな」
老いた魔法術師は立てた片膝に頬杖して微笑む。
「もう少し昔話を続けていいかね? ──思い出したのは、小さな子どもだったときのことだ。私はかまどで火を焚いていてね、火の精を見たのだよ。オレンジの炎の中をばら色のものがひらひらと舞っていて、それはそれはきれいだった。捕まえようなどとは思いもしなかったよ。ただいつまでも見つめていたかった。そのときの気持ちを思い出した。──地の底の火精と氷魔のエナジーがぶつかり合い、ばらと銀色に染まった空を見て」
イルタの心にもその景色が浮かんだ。燃えるばら色と、舞い散る銀色。何かに祈りたくなるような美しさ。
魔法術師が、もう一度、イルタに鍵を差し出す。
「あんなに美しい火の精を縛ってはいけない」
イルタは鍵と魔法術師を見比べた。心は揺さぶられている。けれど、手を伸ばす決心がつかない。疑いが拭えない。
──罠だったら?
ノスティの若い兵士が魔法術師の手から鍵を取った。武器を隠し持っていないことを示すために腕を大きく広げてイルタに向かって歩き、イルタの短剣すれすれに鍵を近づける。
「あんたを襲っておいて、頼めた義理じゃないかもしれないが」
そう言われ、彼らに襲撃を受けたときのことを思い出す。自分も反撃した。イルタの投げた短剣は、もしトーリがそれをつかまなかったら、ここにいる誰かの顔に突き刺さっていたかもしれない。
イルタの気持ちが怯んだ。
あのとき、自分と彼らは敵だった。互いのことを何も知らない。
だけど、今は、違ってしまった。
ノスティ兵は熱心に言葉をつなぐ。
「受けた恩は返すのが、ノスティの心意気だ。あの少年は俺の村を氷魔から守ってくれた。あいつが何者かは関係ない。助けてやってくれ。あんたならあいつのそばに行けるんだろう?」
「実は、俺、火竜の契約者が好きなんだ」
そう言う声がして、イルタはほんの少し目を動かす。
地面に座ったサルミア兵が、照れたように頭をかいた。
「反逆者、ってのは、城の連中が言っていることで、俺は別に迷惑してねえ。むしろ、小さい子どもが否応なく親から離されて連れてかれるのは気の毒だったから、やつがその子どもをさらうのは小気味いいくらいの気持ちでいたな。……大きな声じゃ言えないけどね」
「あんたみたいな女の子ひとりに危険なことをさせるのは、済まないと思ってるよ。だけど、俺たちじゃ火竜の契約者に近づけねえ」
口々に上がる声にイルタは、ひとりじゃない、と思ってしまった。エイリがイルタの気持ちを後押しするように耳元に身を寄せている。でも……。
「信用できないかね?」
尋ねる魔法術師の声は、無理もない、と優しい。
「たが、お嬢さんは私たちを信用するふりをしてその鍵を手に入れ、指揮官に私たちが森に潜んでいることを報告することもできる。違うかね?」
……その通りだ。彼らにとってもこれは大きな危険をともなう賭けということ?
「私はお嬢さんを信じるよ。火の竜と風の妖精のキスを」
イルタの頬に、エイリの伝えてくれたトーリの唇の感触が甦った。この魔法術師はなんて儚いものを信じようとしているのだろう。
短剣を下げた。ノスティ兵の手から鍵をつかみ取った。
おお。男たちの口から声とも吐息ともつかない音が一斉に零れる。
信じよう、思った。魔法術師の思い出を。ノスティの心意気を。家族を守りたい──自分が契約者になったのと、同じ気持ちを。




