火精──トーリ
遊ぼう、どころじゃなかったな──氷魔の体から次々と飛んでくる氷の礫を避けて、トーリは一気に上昇する。
と、今度は頭上に鋭利な氷の刃が幾本も現れた。一斉に降ってくる。
後方に宙返りし、避けきれない、と判断した刃に炎の帯をぶつけた。
蒸発させられなかった一本が顔面に向かってきた。それは片手でつかむ。氷の刃はじゅっと融けたが、手のひらはすっぱりと切られた。
氷魔の目はトーリを嘲笑っているようだ。遊ぶどころか、遊ばれている。女王の領域に踏み込んだ火竜の一匹なんざ、玩具みたいなものらしい。
ちくしょう。トーリは臍を嚙む。戦えなくなるほどの深手は負ってないが、再生が追いつかず体中傷だらけだ。楽しいからいいけど。いいけど、このままじゃジリ貧なだけだ。何とか女王様に一泡吹かせたいが。
風が吹きすさぶ耳元で、凛と鋭い声がした。
──トーリ!
ふり返る目の端を、イルタの風の妖精が吹雪に飲み込まれていった。
イルタ──思わず妖精に手を伸ばしかけて、トーリは夢から覚めたようにハッとした。自分がここで戦っている理由、それを忘れて戦いに没頭していた。火竜の本能のままに。
ぞっとする。
イルタが呼び戻してくれた理性をしっかりと心に据えて、トーリは丘に目をやった。火竜の方向感覚は吹雪の中でも狂っていない。目が、白い闇を透かして幻のような炎を捉える。
合図だ。
トーリは氷魔の攻撃を避け、距離をとった。
もっと楽しもう、という火竜の不満そうな囁き。トーリは、氷魔を吹っ飛ばしてやろうぜ、と誘う。興味を示した火竜の気持ちが変わらないうちに、宙に巨大な火球を出現させた。
叩きつける。氷魔にではない。大地に降り積もった雪に、だ。
膨大な水蒸気があたりに立ち込めた。
トーリは水蒸気の中をむき出しになった黒い土に向かって急降下する。目標を見失って戸惑ったように、吹雪が弱まる。こんな子どもだましの目くらまし、もって数十秒だろうけど。
地面に降り立つと同時に、トーリは土に手のひらを押し当て心を凝らした。──地の底の同胞。地中深く潜む熱。出て来い。火竜と契約を交わしたこの体を使って、地の表に姿を現せ。
肩に激痛が走った。何かが突き刺さった感触。
もう見つかったか。トーリは歯を喰いしばる。火竜と契約しようが、痛いものは痛い。さらに太股が抉られる。声を上げてのたうちまわりたいのをこらえる。
──来てくれ、地の底の火の精霊。
どくん。
何かが腕を伝わった。凄まじい熱と光が、トーリの体を貫いて迸った。




