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氷魔──トーリ

 森が終わる場所でトーリは足を止めた。イルタも。

 前方に連なる丘をひとつ越えれば、タイミだ。

 トーリはイルタを見下ろし、イルタもトーリを見上げる。

 何もしない、なんて言うんじゃなかった。トーリはイルタを見つめる。今なら、もう二度と会えないから、なんて理由でキスしても、イルタは無理してじっとしているんじゃなくて、もしかしたら、キスを返してくれるかもしれない。

 でも、そんなことよりも、もっとイルタといたかった。真正直に自分を見る薄青の瞳を見つめ返して、話したり、一緒にスープをつくったり、ちょっとからかってあわてさせたり、したかった。もう一度、無邪気に笑う顔が見たかった。

 へえ。……俺、こういう女の子が好きだったのか。

 やっぱり一緒にセルヴィへ来ないか、と言いそうになって、止めた。イルタはトーリの誘いを、二度、断っている。

 三度は、しつこいだろう。

 それに、イルタは姉さんを守りたいんだ。そのためにどうしたらいいか、今いる場所で考えたいのだ。イルタをさらうことはできる。だけど、イルタの大切なものを丸ごと守ってやれるんじゃなかったら、無責任なだけだろう。

 イルタも黙ってトーリを見ていたけれど。不意にその口を開いた。

「もし、契約を結ぶ前にトーリが来てくれていたら、私、一緒にセルヴィに行ってた」

 そんなことを言われるとは思ってなくて、トーリは驚く。そうして、すぐに、切なさと嬉しさがこみあげた。自分の気持ちだけでも伝えたくなった。だけど、思い止まった。イルタは軍に戻るのだから、『反逆者』に好きだなんて言われても困るだけだろう。

 視線をイルタから逸らして空を見た。じゃあ、イルタに何が言えるだろう。……そう考えて、トーリは不意に悔しくなった。

 なんでここでイルタと別れなきゃいけないんだろう。俺はイルタが好きで、イルタも俺が好きなのに。サルミアに暮らす人たちに幸せに暮らしてほしいと、願っていることも同じなのに。軍に戻ったって、イルタには辛い仕事が待っているだけなのに。

 やっぱりさらってしまおうか。悔し紛れにそう思い、何か本当にイルタを守る方法はないんだろうか、初めてそう考えようとしたときだった。

 ──突然、空気が質を変えた。重く、冷たく。

 何かがトーリの神経をちりっと焼いた。トーリの──いや、トーリの中の火竜の。

 火竜の本能に示されるままに、タイミへ続く丘へ視線を向けた。それから、丘の上の空を見る。一見、何の変哲もない青空だが。

 ひやり、と冷たい。

 何かが、いる。丘の向こうに。火竜の神経をざわつかせる何かが。

 イルタの肩で、風の妖精も怯えていた。風の妖精の様子に気づいて、イルタが不安な表情を浮かべてトーリを見た。

「……様子を見てくる」

 トーリは言った。

 ここからでは、丘の向こうで何が起きているのか、火竜の感覚でも察知できない。本来なら風の精を偵察に出すのがいいんだろうが、普通じゃない怖がり方をしている。

 自分が近くまで行って確かめるしかない。

「イルタはここに……」

 ここにいて、と言いかけると、腕がつかまれた。トーリをまっすぐに見て、イルタは首を左右に振る。一緒に行く──と。

 ためらったけど、残していくのだって、心配なのに変わりはなかった。むしろ、自分のそばにいてくれた方が守りやすいかもしれない。

 トーリはイルタに頷いた。イルタの手を取り、進もうとしたが。

 丘の上にきらりと光るものが見えて、踏み出したばかりの足を止める。

 あれは──日差しを反射して光るのは──槍の穂先だ。

 丘の上に兵士がいる。

 トーリはイルタの手を離し、身構えた。

 兵士が次々と丘を走って下ってくる。十人、いや、二十人……それ以上いる。

 最初は、もう自分が見つかったのか、と思った。サルミアの兵士たちが数に任せて火竜の契約者を捕えに来たのか、と。

 だが、そうではなかった。

 兵士たちはトーリたちを見ていなかった。それどころか、目に入っていないようだ。槍は持っていても構えてはいない。夢中で走り、ぶつかり、つんのめり、転ぶ者もいる。

 そのうえ、走ってくるのはサルミア兵だけではなかった。ノスティ兵が混ざっていた。兵士の中に、森でイルタを襲った者たちの顔がある。敵も味方も入り乱れ、どちらの兵士も敵に構わず、ただ先を争うように丘を下ってくる。

 さらにトーリを驚かせたのは、兵士たちに混じって、村人たち──たぶん、タイミの──も丘を駆け下ってきたことだ。男も女も、年寄りも子どももいる。兵士たちと同じくらいにあわてふためいている。

 森の手前の低地は、丘を下りてきた人々であっというまに混乱した。そのまま森に走り込む者もいたが、兵士も村人も、ほとんどはそこで足を止めたから。──力尽きたように座り込む者。泣き出す子ども。追ってくるものでもいるように、槍を握り締めて丘をふり返る兵士。

 とっさにトーリはマントを脱いでイルタに被せた。トーリはまだ兵士たちに顔を知られていない。だが、イルタは見つかれば軍に戻される。何が起きているのかはっきりするまでは、イルタを自分のそばに置きたかった。

 ──イルタが見つかれば、一緒にいる自分が火竜の契約者だとばれてしまうことに気が回ったのは、そのあとだった。

 幸い、トーリたちに注意を払う余裕のある者はいない。

 と、馬車が丘を降りてくるのが見えた。

 小振りで瀟洒な馬車だが、まだ丘の途中を走っている兵士たちを轢き殺しかねない勢いだ。馬車の後ろには、馬車を守るように騎馬隊が続く。

 そして、最後にもう一台、特に目立つところのない馬車が丘を降りてくる。

 騎馬隊の中から、マントを翻した体格の良い軍人がひとり、脱け出した。馬車も兵士も追い抜いてトーリたちのすぐそばで馬の向きを変え、兵士たちに、とまれ、と叫んだ。

「とまれ、全員、とまれえ」

 よくとおる、腹に響く声だった。マントに隠れたイルタが息を飲むのがわかった。そして、

「……ラークソン将軍」

 と、呟く。

 ラークソン将軍。──その名前はトーリも知っていた。腕が立ち、頭も切れて、王の信任は厚いという話だった。ハンサムな男で、王女様のお気に入りだというウワサも聞いたことがある。

 あれがそうか。ああ、確かにハンサムなおじさまだ。

 ラークソンは剣を抜いて、兵士たちに号令する。

「立て。隊列を組め」

 ゆったりとして落ち着いたその声に、サルミアの兵士たちがのろのろとだが反応し、陣形をつくり始める。

 ノスティ兵もラークソンを見上げていた。もちろん、隊列を組んだりはしなかったが。

 ラークソンは馬首を返し、丘を下りた馬車を止めた。

 小さい方の馬車だ。こんな場所には不釣り合いな、たとえば、お姫さまが乗るような綺麗な馬車。

 トーリはイルタの手を引き、兵士と村人の背後をすり抜け、ラークソンに近づいた。

 とにかく、何が起きているのか、知らなければ。

「なぜ止めるの!」

 馬車の扉が開き、若い女の高い声が将軍にくってかかった。白いドレスと波打つ金色の髪が見えて、トーリは軽い目眩のような既視感を覚える。

 と、イルタが驚いた声で彼女の名を口にした。

「ヴィータ様?」

 それでトーリは思い出す──ヴィータ王女だ。

 火竜との契約の儀式の前日だったか前々日だったか、トーリを見に来た少女がいた。

 年齢は当時のトーリよりいくつか上。純白のドレスの肩に金髪を波打たせていて、身分が高いことは本人の立ち居振る舞いとラッシの態度でわかった。彼女は椅子に座り、トーリはラッシとともに彼女の前に跪いていた。顔を上げなさい、と言われて従うと、彼女は、素敵だわ、と声に出して笑った。

『こんなきれいな器に炎の力を宿らせて、それが私のものになるなんて』

 あのときの少女だった。

 同時に、適合者をさらうようになってから女の子たちが教えてくれたことも、トーリは思い出していた。ヴィータ王女こそが、王国の特別な兵士をつくることにとても熱心なのだ、と。

 女の子たちは言っていた。──適合者に選ばれるには、容姿も良くなくちゃいけないらしいわ。美しい特別な兵士にご自分を守らせて軍を率いるのが、王女様の夢なんですって。

 夢──胸を踏みつけられたような苦しさを感じて、トーリは思わず自分の胸をつかむ。

 金髪の王女は馬車を止めた将軍をにらみつけている。にらみつけられた将軍は、馬を降り、混乱するこの場から浮いた柔らかな口調で答えを返した。

「畏れながら、姫さま、この森に馬車で進める道はありません」

「では、どうするの」

「ご覚悟を」

 微笑んで、将軍は丘の方角へと視線を動かす。

「あれを食い止めなければ」

 つられるように、トーリも丘の上を見た。

 さっきまで青かった丘の上の空が、わずかに翳んでいた。さっき感じたひやりと冷たい気配が滲むように広がっていて、空を沈んだ灰色に変えていく。

 トーリの体の芯が、ぞくり、とした。空の色に凄まじい凍気を感じて。畏怖と、もうひとつの衝動が同時に沸き上がって。

 身の内の火竜が嬉しそうに首をもたげていた。凍気の中心に何がいるのかを覚って。戦う相手を見つけた、と。──あれは、氷魔だ。氷の精霊たちの無慈悲な女王。

「そんなことっ」

 拳を握って王女が叫んでいる。

「なぜっ、私がっ。そんなこと、呼び出した者にやらせなさい」

 氷魔。呼び出した者。──逃げてきた者の中にはノスティの兵士もいる。トーリの頭に、森の中でノスティ兵に指示を与えていた魔法術師の姿が浮かんだ。緑のローブを着て、頭に灰色の布を巻いていた老人だ。

 あの魔法術師が氷魔を呼び出したのか……?

「もちろん、呼び出した者の力が必要です」

 将軍の視線が、王女のあとから丘を下りたもう一台の馬車へと向いた。

 馬車の扉が慌ただしく開き、緑のローブを着た老人が文字通り転がり出た。頭には灰色の布。、森で見た魔法術師だ。地面に手をつき、這うようにして森へ向かう。

 ラークソン将軍が大股で魔法術師に近づいていく。

 兵士であふれたこの場で、お尋ね者が目立つ真似をすべきじゃないのはわかっていた。

 だけど、丘の向こうにいるのは氷魔だ。すべてを凍てつかせる氷精の女王。

「ここにいて」

 囁いて、トーリは握っていたイルタの手を離した。

 ──黙って見ているなんてできない。

「ト……」

 トーリの名前を呼びそうになって、イルタはあわてて両手で口を塞ぐ。トーリはイルタに目で頷き、兵士も村人もかきわけて魔法術師へと走った。将軍より一足早く魔法術師に追いついて、ローブの背中をつかんで引きずり起し、こっちを向かせた。

「あんたか。氷魔を呼び出したのは」

 捕まえる前から魔法術師は震えていた。口をぱくぱくさせ、何度目かにやっと声になる。

「ち、違う。氷の精霊を呼んだんだ。呼んだ、つもりだったんだ……まさか、氷魔が……」

「氷魔は間違いなく氷の精霊だよ。めちゃくちゃ力が強くて狂暴だから、魔の名で呼ばれているだけで」

 背後で将軍が立ち止まるのがわかったが、トーリはふり向かなかった。

「帰還魔法は使えるんだろうな」

「……え?」

 え? ──って、何だよ。

「呼び出したなら帰せるだろ、って聞いてるんだよっ」

 魔法術師は、びくっ、と喉仏をせり上がらせた。

「使える、使える。……けど、無理だ。あんな、強大な力の精霊……」

「無理って何だよ? 帰せないもの、なんで呼び出したりしたんだよ?」 

「火竜の……契約者を捕えるつもりで……氷精の力で、氷に閉じ込めて捕まえようと……」

 ……火竜の、契約者を……?

 魔法術師をつかまえるトーリの手から力が抜けた。魔法術師はその場にどさりと尻をつく。

 トーリの肩が押された。強く、だが、乱暴ではなかった。

「場所を譲れ、少年」

 ラークソン将軍だった。トーリと交代するように魔法術師の前に立ち、尻餅をついた格好の魔法術師を冷やかに見下ろした。

「私が言いたいことは、そこの少年が概ね言ってくれたようだね。──つまり、そちらは我々を出し抜こうとしたのかな? 我々の今回の計画をどこかで嗅ぎつけて? 我々より先に火竜の契約者を捕えようと、使役できる程度の氷の精霊を召喚するはずが、誤って氷魔を呼び出してしまったのかな?」

 ……俺を捕えるために、誤って、氷魔を? トーリは心の中でぼう然と将軍の言葉を繰り返す。

 将軍は続けた。

「だが、氷魔をこのままにしておくことはできない。放っておいてはどこまでも広がる。……森を越えて、ノスティにもね」

 軽く発音されたノスティという言葉に、馬車周りにいたノスティ兵の何人かが我に返る表情を見せた。

「大丈夫、大丈夫だよ……ずっとずっと南に、暖かい場所に逃げれば……」

「それは本当なのか、サルミアの将軍」

 魔法術師のひきつった笑いを無視して、ノスティ兵がひとり、ラークソンの前に進み出た。まだ二十歳くらいの若い兵士だ。ラークソンは兵士に向って肩をすくめた。

「君は、精霊が人間の決めた国境を気にするとでも?」

 若い兵士は槍を握り直し、まっすぐにラークソンを見返した。

「では、ここで氷魔を喰い止めるしかないということになる」

 ラークソンはやや皮肉気に唇を笑みのかたちにする。

「これは驚いた。ノスティはただの一兵卒の方が理解が早い」

 若い兵士は魔法術師の正面に進み、ためらいなく槍を魔法術師に向けた。

「魔法術師様、氷魔を帰還させてください。呼び出したあなたにしかそれはできない。お願いします。もし氷魔が国境の森を越えたら、すぐそこに俺たちの村はあります」

 近くにいた兵士がひとり、またひとりと魔法術師に近づいた。

 自国の兵士から幾本もの槍を向けられながら、魔法術師はほとんど泣き出しそうな顔で奇妙に笑った。

「だから、無理、無理なんだ。あんな力の強い精霊に帰還を命ずるなんて……」

「力を削げばやれるのかな?」

 ラークソンの問いに、魔法術師の笑みがさらに歪む。

「力を削ぐ? どうやって」

「サルミアにも魔法術師はいる。今回の作戦にも、同行している」

 今度は、魔法術師の顔にはっきりと嘲りが浮かんだ。

「ラッシが死んだあと、サルミアにどれほどの魔法術師が? 小妖精しか呼び出せまいに」

 魔法術師の発した、ラッシ、という名前が、トーリの肩を震わせた。そうだ、あの人が死んだあと、サルミアで行われた精霊との契約は小さな妖精を相手にしたものばかりだ。イルタのように。氷魔の力を削ぐほどの力がある魔法術師がここにいるとは思えない。

 ──いや、そもそも氷魔と対抗できる魔法術師なんて、いるのか?

「残念ながら、その通りだ。が、兵士の数は少なくもない」

「俺たちも戦う」

 ラークソンの言葉に、間髪入れずノスティ兵たちが続き、魔法術師の空虚な笑いが響く。

「精霊相手に、剣や槍が何の役に立つ? まして、氷魔に……」

 魔法術師が口を閉ざすと、重い沈黙が広がった。

 将軍も考え込むように何も言わない。

 だが、考えたって無駄だ。魔法術師の言う通り、剣や槍では氷魔と戦えない。

 ──じゃあ、どうすればいい?

 空を仰ぐと、すでに頭上の空も鈍色に染まりつつある。トーリは目を閉じ、魔法術師を離したあと力なく開いていた手を静かに握った。

 誰かが氷魔と戦わなければならないなら──。

「俺がやる」

 深く呼吸して、沈黙を破った。

 ここにいる者の中では自分にしかできないだろう。が、それよりも──俺がやらなきゃならないからだ。

 魔法術師が氷魔を召喚したのは火竜の契約者を捕まえるため。──自分がセルヴィを出なければ、適合者を連れ去って騒ぎを起こしたりしなければ、誰も火竜の契約者を捕えようなんて考えなかっただろうから、だ。

 まず魔法術師が、ラークソンが、そして、兵士たちがトーリを見た。この少年は何を言い出すのか、と。ラークソンだけが何かに気づいたようにぴくりと眉を動かしたが、無視して、トーリは魔法術師に尋ねる。

「どの程度の精霊なら、帰せる?」

「……それは、並みの精霊なら、私だって……」

 並みの精霊、か。

「わかった。じゃ、俺が氷魔の力を抑えるから、あんた、帰還させてくれ」

 辺りが、再び、しん、と静まった。呼吸数回分の間。

「何を言っている、少年?」

 ノスティの若い兵士は戸惑いを隠せない。ラークソンが何か低く唸るのが聞こえる。

 マントはイルタに被せてしまった。周りを兵士に囲まれているのに顔を隠すものはない。

 だけど、言った。問題を本当に解決する答えなんか持ってないのに、中途半端な同情で行動した、これは俺の責任だ。

「俺は、火竜の契約者だ」

 ……それに、氷魔と戦ったあとのことは、何も心配しなくてもいいかもしれないし。

 兵士たちが一歩下がった。その後ろで成り行きを見ていた村人も。魔法術師が長い指を持ち上げて俺を指した。

 が、声が出る者はひとりもいない。

 パン、と手のひらを打ち合わせる音が固まりかけた静寂を破った。

 ラークソンだった。

「では、こちらの少年を中心に作戦を立てる」

 そう言ったラークソンに、全員の視線が向いた。さすが評判の将軍だ、とトーリは思った。火竜の契約者を捕まえるより、今この場で何がいちばん必要か、あっさりと決断した。

 ラークソンは集まった視線に微笑んでから、魔法術師に問いかける。

「ある程度近づかなければ帰還魔法は使えない、と聞いたことがあるのだが。どこまで近づけばよろしいかな?」

 将軍の滑らかな口調に、魔法術師は自然に丘をふり返った。少しは落ち着きを取り戻したようだ。ほんのわずかな時間、丘を眺めて、答える。

「……せめて、氷魔を見下ろせる、丘の上」

「準備するものはあるだろうか」

「必要な道具は馬車の中にある。が、魔法陣を大地に正確に描きたい。草は取り除かねばならないだろう」

 頷いて、ラークソンは視線を動かした。

 まずは、ノスティ兵たちに。

「魔法術師どのを馬車に乗せ、丘の上にお連れしろ。魔法術師どのの指示に従い帰還魔法の準備を」

 ついで、サルミアの兵士たちに命令する。

「さて、我がサルミアの兵士たちよ。第五隊は姫さまのお側に残れ。あとの者は森に入って乾いた枝を集めろ。盛大に炎を燃やし、氷精の力に対抗する。勇気を揮って私とともに丘を登ろう」

 将軍の声とそれに反応する兵士たちの動く音に、トーリは黙って背を向けた。

 丘に向かって歩き出しながら、薄灰色の空を見る。

 あの下に氷魔がいる。魔の名で呼ばれ、恐れられる氷精が。

 俺の責任だ。俺がやらなきゃ──そう思う心の裏で別のものが膨れ上がっていく。戦いを、破壊と混乱を好む火竜の本能が。

 抑えられずに、唇にうっすらと笑みが浮かぶ。

 ──だめだ、我慢できない。嬉しい。思うさま火竜の力で戦える。


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