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夜想──トーリ

 イルタがテントに入ってからしばらく時間をおき、トーリは焚火を消した。獣に見つかるより人間に見つかる方が怖い。イルタにも言ったように、どうせ獣は竜の気配には近づかないし。

 テントのそばの葉陰に座って、トーリは夜の森を眺める。

 よかった、と思っていた。イルタの姉さんが生きていて。たとえ、イルタを忘れていても。

 姉や村の人たちに忘れられたのが悲しくて、イルタは森の中で泣いてしまったけれど。

 トーリには泣いているイルタが少し羨ましかった。セルヴィに連れていった適合者のちびたちが家族を恋しがって泣くのを見るときと同じように。

 だって、彼らが泣く相手は生きている。

 トーリを育ててくれた魔法術師のラッシは死んでしまった。村を焼かれてひとりぼっちになったトーリを精霊と契約させるために大切に育ててくれたあの人。契約の対価にトーリの片目を火竜に与えようとしたあの人。そうして、結局は自分の心臓を火竜に喰われて死んでしまったあの人のことを、どう考えていいかわからなくて、トーリは今も泣くことができないでいる。

 ラッシが生きていれば、せめて憎んで泣けたと思うのに。

 そのあと、イルタを怒鳴ってしまったことも、思い出す。本当に悪いことをしてしまった。火竜の力でサルミアを守ればいい、なんて言われて、かっとなってしまったんだ。

 イルタが姉さんたちを守りたいという気持ちはわかる。その気持ちが純粋なこともわかっている。トーリだって、サルミアの人たちに幸せに暮らしてほしい、と思う。

 だけど、火竜の力で人を殺すなんて、嫌だ。

 ……イルタは謝ってくれた。トーリも怒鳴ったことを謝って、気持ちを言葉にできた。それで心が少しは軽くなった気がしたけれど。

 自分自身も子どもだった頃は、適合者の子どもをセルヴィに連れて行ってその子を助けたつもりになれた。だが、そんなことをしても、連れ去った子どもの代わりに別の子どもが選ばれるだけで、状況は何も変わらないのは、もうこの年になれば理解している。けれど、適合者を逃がす以外、自分に何ができるのか、見つけられない。

 今まで誰にも言えなかった気持ちだ。

 自分を、お兄ちゃん、と呼んでまとわりつく適合者のちびたちに弱音は吐けない。平気な顔をしていなければ、セルヴィで一緒に暮らす湖水の民にも心配をかける。まして、自分どんなに夢中な素振りを示してくれたって、通りすがりの女の子たちにそんな話はできないし……。

 あれ? と思った。イルタだってそうじゃないのか? 任務のために火竜の契約者に接触した王国の特別な兵士──任務が終われば去っていく、通りすがりの女の子。イルタの事情に立ち入ったのは、それが契約に関わることで放っておけなかったからで。

 だけど。

 セルヴィへ行かないか、という誘いを断ったときのイルタは、トーリの目にとても潔く映った。契約の真実を知ることでイルタが傷ついてしまったら、トーリはイルタを助けるつもりでいたけれど、傷ついたイルタは当たり前のようにひとりで立ち上がろうとした。

 そのとき自分がイルタに対して抱いた気持ちは、あこがれや尊敬に近かった気がする。何もない地平にイルタがひとりですっと背筋を伸ばして立っているような、そんな情景が胸に浮かんでいた。

 そして、トーリは逃げていいんだと思うわ、とイルタが言ったときトーリは後悔していた。イルタに、もう何もしない、なんて言うんじゃなかった。

 セルヴィに行かないか──というトーリの誘いは断られた。けれど、イルタはもうトーリを警戒しても嫌ってもいない。イルタの目に浮かぶ表情でそのくらいはわかる。風の妖精の様子からだって。

 風の妖精は銀色の髪の女の子の姿をしている。最初はイルタに似ている、と思っていた。けれど、アームに行って、イルタの姉さんに似ているんだとわかった。

 イルタを愛した人たちのイルタに関する思い出を契約の対価にした妖精は、もともと人間に興味を持っているタイプだったんだろう──と、トーリは考える。人に近い姿を持つ妖精族にはよくあることだ。そうして、手に入れた思い出に染まるように、風の妖精はその透ける体にイルタの姉さんの姿を写しとったんだろう。

 妖精に悪気はない。契約の対価を、と言われ、無邪気に、興味のままに、美しい思い出を受けとった。

 イルタにもそれは伝わったようだった。姉や村の人たちの思い出と一緒にイルタへの愛を受け継いだ妖精に、むしろ心を開いたみたいだった。そして……。

 風の妖精にトーリとのことを冷やかされて、イルタは困っていた。それをみたらトーリも照れてしまって、しばらくイルタに話しかけられなくなってしまった。

 一緒に夕食をつくって、食べようとして……急に顔を近づけてきたときはびっくりした。ただ瞳の色をよく見せたかっただけらしいけど。

 私も、と閃くように笑った顔が……すごく無邪気で可愛かった。

 こんなに可愛く笑うんだ、と思った。

 ──トーリは立てた膝に頬杖をつき、夜の暗がりからテントへと目を移す。

 ふたりで張ったテントをイルタに譲ったのは当然のことだ。土の上に横になるよりは、ほんのちょっとは眠りやすいだろう。

 でも、いろいろなことがあったから、ちゃんと眠れているか、ちょっと心配になった。

 トーリは立ち上がり、テントの隙間を覗いた。

 イルタは静かに寝息をたてている。ぐっすり眠れているようで、安心したのとがっかりしたのと半分ずつ。イルタが起きていたら、話し相手になれたのに。

 火竜の目は暗闇を苦にしない。イルタの寝顔を見て、疲れているんだろうな、と思った。ずっとハリネズミみたいに神経を尖らせていて。

 それを──俺に対する警戒を解いてくれたのはいいんだけど……無防備な子どもみたいに眠ってしまうなんて、イルタ、本当に俺が何もしないと思っているのかな。

 ……じゃあ、何もできない、けど。


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