総務部人事担当のトラブル記録
私はいわゆる中小企業の総務部で人事を担当している。この会社は製造業で従業員は200人以下である。
会社はN県のほぼ中心にあり、業界の中では、日本のスイスと謳われ、精密業が盛んな場所でもある。
たった200人にも満たない会社。人事なんてそんなに大した事は無いだろう…と思う所だが、なかなかどうして、日々トラブルは発生する。
会社の相談窓口を担当している私は「えー!そんな事ってあるの?」の毎日を過ごしているのである。
File.1 お弁当が無いんですけど?
当社は製造業なので、いろいろな雇用形態の人が混在している。正社員もいれば、いわゆる非正規社員と呼ばれる人がいる。どちらかと言うと非正規社員の方が多い。
一口に非正規社員と言っても多様で、派遣社員だったり、契約社員だったりで、用は会社の都合で呼称を変えているのでは無いかと思う。今回はその派遣社員同士のお話し。
ある日のお昼時間。私の所に、外国籍の派遣社員が2人やって来た。
「あの~、お弁当が無いです!」
たどたどしい日本語で話出した。
「どう言う事ですか?」
「お昼に頼んでいるお弁当が誰かに盗まれています。!」
と、会社でも通訳として採用している派遣社員が応えた。
「えっ、お弁当?詳しく教えてくれる?」
彼らは、一緒懸命に事情を説明をしてくれた。
要約するとこうだ。
どうやらとある国の人が数人集まってお国料理の弁当の仕出しをしている。お昼までに会社の食堂に届けてもらっているらしい。そのお弁当がここの所毎日2つ無くなっていると言うのだ。お弁当は毎日相談に来た派遣社員が必要な個数を連絡して、届けてもらっている。
「毎日2個無いと言うのは、変ですね。…分かりました。ちょっとこちらでも調べて見ましょう。」
会社にはパンや、カップヌードルの自動販売機がある。私はご利益があると噂されているあの「エノケンさん」の柄をした、愛用の小さいがま口から小銭を数枚渡し、
「今日の所はこれで何か食べておいて下さい。」そう言って職場に戻ってもらった。
お昼ご飯が無い!...ある意味一大事である。当社の勤務時間は朝8:30~17:30。実働時間8時間で、休憩時間は1時間。小さい会社なので、社員食堂はあっても食事の提供が出来ていない。なので、昼食は仕出し弁当を頼むか、持参。もしくは外へ食事に行くかの3択である。
外国籍の派遣社員にとっては、無くなったお弁当のお金に加え昼食代を出さねばならないと言う事は、かなりの怒りだろう。私の知る限りでは、外国人労働者はお金の支払いにシビアだ。割り勘とかだと、きっちり1円単位でやっている。残業代だって、1分単位で請求してくる人が多い。
それなのにお昼にご飯が食べられないなんて・・・彼らは仕事があればある程、ほとんどの人が喜んでやってくれる。手当がつく残業がしたいのだ。だからお昼にきちんと食べていなければ、残業まで体がもたない。それなのにお昼ご飯がないなんて・・・お腹がすいて、残業が出来なくなるじゃないか!仲間同士の嫌がらせだろうか?
仕出し弁当の中身を聞いた所、やはりお国の料理で、「しょっぱく煮込んだ豆」や「塩コショウでしょっぱく味付けされたステーキ」とか「とにかく甘いデザート」等で、日本人の口には合わない・・・とは言っていた(本人談)が・・・
とにかく私は相談に来た派遣社員の派遣元会社の当社の担当さんに連絡を入れてみた。
「そちらから派遣されている〇〇さん達が毎日届けてもらっているお弁当が無いと連絡がきているのですが・・・」
派遣元会社の担当さんは事情を聞いていなかったので、もろもろご報告。そして私は社内の防犯カメラを確認してみた。
確実にこの人が・・・という証拠がなかったため、2~3日ようすを見ようとした、その翌日の朝の事である。
「助けて下さい!、リンチに会います!」と2人の日本人の男性派遣社員が私の所に駆け込んできた。
その2人は1か月程前に採用した派遣社員で、N県からはかなり遠いO県の出身。年は若く、仲が良いそうで、「派遣元会社から2人一緒に働かせて下さい」と依頼があった社員だ。確か採用前の会社見学の時は、「若くて、こんなに遠くの県まで働きに来るなんて、お家の人と仲違いでもしてるのかな?」と思った程だ。仕事が始まる時間ではあったが、「本当にリンチに会ってしまった後では、余計面倒だぞ・・・」と思った私は、
「何か大変な事でもありましたか?お話を聞かせて下さい・・・」そう言って、その2人を会議室に招き入れた。
まず私は、彼らが所属している職場のリーダーに連絡をした。
「面談をしたいので、A君、B君の時間を少し頂きます。」そう2人の前で電話をすると、2人は少し落ち着いたようだ。
「どうしたの?リンチって穏やかじゃないけど・・・?」
話かけると不安そうにしていた2人がポツリポツリと話出した。
「俺たち、金がぜんぜん無くて・・・」
「お金が・・・?」
「派遣会社から前借で働いているんですけど・・・」
派遣社員が給料を前借して働いていると言うのは、良く聞く話だ。支度金と称して数万をもらった後、日払い、もしくは週払いで働いただけ給料をもらうシステムだ。
聞けばこの2人、遠くから来ているのは、住む所を用意してもらえるならどこでもよかったらしい。最近の派遣会社はそう言った人達のため、アパートだったり、生活家電をレンタルできるように用意してあるのだ。着の身着のまま、体一つでどこにでも行けるのだ。
「それで、何かあったの?借金取に追われているの?」
「・・・弁当を盗んでました!」
「えっ・・・!!(こいつらが犯人かよ・・・)」
事情を聞くと、前借していたお金は既に無く、ここの所、食べる事が出来なかったようだ。ある時、会社に届られている弁当を見て、外国人がやっている弁当なら、”日本人が食べる筈がない!”と思うだろうと思ったらしい。それで、彼らは盗んだお弁当を食べ、1日1食だけ、彼らは過ごしていたと言うのだ。
「どうやって盗っていたの?」
「お昼になる前に、トイレに行きたいって言って、職場から出て、休憩時間じゃないから、誰もお弁当の近くにいないんで・・・・。2つ盗って袋に入れて、ロッカーの中に隠していました。」
「お弁当はどこで食べていたの?」
「外です。会社の外で誰にも見つからないように食べてました・・・」
雨の日や、雪の日もあっただろうに、ご苦労な事だ・・・
「で、どうしてこの話をしに来たの?」
「昨日、弁当を配達している人が隠れて見ていて、それで見つかっちゃって・・・ボコボコにされそうになって・・・」
食い物の恨みと言うのは、たとえ金額が低くても怖いと言う事だ。気をつけよう。
どうやら盗られた派遣社員とその仲間に囲まれて、母国語で怒鳴られていた所を隙をみて逃げ出したようだ。
一連の事情を聞いて私は弁当を盗んでいた方の、派遣元会社の担当に連絡をした。
「A君と、B君の件で至急、相談したい事があります。会社まで来て頂けますか?」
ここまで来ると平の人事担当だけと言うわけには行かない。私の頼もしい上司(会社一筋50年。少しエロいが、腰が軽くて、すこ~し口が悪い取締役・・・田舎の会社なので)と一緒に話をした。
「Aさんと、Bさんが他の人の弁当を毎日勝手に食べていたそうなんですけど、出来れば相手の派遣会社と話し合って、解決してくくれませんか?」
私としても、会社としても面倒毎は嫌だ。暴力事件も、窃盗事件も公にしたくない。
加害側の派遣会社担当も同じ思いである。
①今まで食べていた分の弁当代+αを支払う。(派遣元会社が給料天引きで立替)
②本人達から相手に謝罪をさせる。(被害にあった派遣元会社にも謝罪する)
③最近入社したばかりなので、幸い仕事もあまり定着していなかったので、盗った方の派遣社員を職場異動させる。
と言う事で、落ち着いた。そしてこのこずるい派遣社員を「今日1日はこの職場で頑張りなさい!」と職場に戻した。職場にはちゃんと生産計画がある。無駄に2人もの人工を休ませる訳にはいかない。会社としても突然作業員が2名もいなくなるのは生産に支障が出る。当然ある程度の事情を職場のリーダに話した後だ。”今日1日無事でありますように・・・”
その次の日の朝。加害側の派遣会社から電話が来た。
「すみません。AとBなんですが、夜逃げされました!」
「何と!!!」
どうやら昨日のうちに逃げたらしい。派遣元会社が貸していたアパートはたった数日で、ごみだらけ。
汚れ切った部屋を派遣元の担当さんと確認して、私は思った。
「食い逃げの補償に、アパートのクリーニング、前貸しの給料・・・担当さんの首が飛びそうなんじゃないか・・・!?」隣で絶望している男性の顔を見て、ただひたすらにお気の毒としか思えない。
会社に戻り、まず私は被害にあった外国籍の派遣社員と面談する。
「迷惑をかけてすみませんでした。お弁当を盗った2人は、仕事を辞めてもらったので、今日から安心してご飯を食べて下さい。」
2人はそう聞くと、頭を下げて職場へ戻って行った。
そして、もうひと仕事。加害派遣社員が異動するはずだった職場のリーダーの所へ行って頭を下げる。
「すみません。今日配属予定の2人、逃げられちゃいました・・・」
「生産予定があるのに、空いた分どうしてくれるんだよ。残業しろってか!」
「本当にすみません。すぐ他あたります・・・」
・・・私が悪いわけじゃないんだけどなぁ~ でも職場も大変ですよね。
後日談。加害側の派遣会社が被害届を提出。逃げた2人は更に遠いA県にいた。2人とも本当にバック1つで過ごせるんだな~。どこに行っても腹ペコだったらしい。けれど警察に捕まれば、3食きちんと食べられるのかな・・・?
いずれにしても、きちんと更生して頂きたい。でももう当社では採用致しませんよ。




