かいふくふゆかいふふくかい?
かいふくふゆかいふふくかい?
鬱蒼と木々が生い茂る薄暗い森。その中の一本の樹木に、全身傷だらけの男が背を預け座っていた。
「っつ……。我輩としたことがこっぴどくやられたものだ」
彼はとある王国の騎士。七つ集めれば絶対の力を手に入れると言われているクリスタルを捜索せよという王の命を受け、ひとり旅に出た。
「もし、どうかされまして?」
そこに頭巾を被った娘が通りかかり、心配そうに覗き込んだ。
「ああいや、これはお恥ずかしいところを。実は魔物討伐に少々手こずりましてな」
「まあ。確かにこの森に生息している魔物は村娘の私でもやや苦戦するくらい手強いですものね。レベルの低い初心者の方なら瀕死の重傷を負っても仕方ありませんわ」
騎士は心にも傷を負った。
「……して、ここからそなたの村までは遠いのですかな?」
「あと2500歩程度ですけれども、その間に確実に魔物に出くわすでしょうし、その傷では逃げきれないでしょうし、ましてやここは迷いの森と呼ばれる初見なら必ず迷って出られない複雑に入り組んだ魔の森。もはや詰んでいると思って頂いてもよろしいのではないかと存じますわ」
騎士は精神にも傷を負った。
「ですがご安心なさって。私、丁度もて余してましたの。よろしければお使いになって」
そう言うと娘は微笑んで騎士にある物を差し出した。
「……えっ。なんですかな、それは」
「見ての通り“薬草”ですけれども」
「やくそう? は? 草? 我輩に草を食えと?」
「お食べになってもよろしいですし、直接傷口にお当てになってもよろしいですわよ」
「はっ! 冗談ではない! 誇り高き騎士の我輩がそんな原始的なアイテム使えるか!」
「……げんし、てき? あ、あの、普通に現代でも流通されている回復道具ですけれども」
「それはそなたの住む村だけの話であろう。そもそも薬草なら煎じて粉末にするとか加工するであろう。そなたのそれは、まんま葉っぱではないか。そんなもの回復アイテムとは認めぬ」
「では騎士様の認める回復道具はなんですの?」
「世間一般に回復アイテムと言ったら普通、“ポーション”であろう! ポーションは持ってないのですかな?」
今度は村娘がポカンとした。
「なんですその、ぽぉしょんって」
「なに? ポーションを知らぬとな? やれやれ。これはとんだ世間知らずの田舎娘であるな」
騎士は傷だらけなのも忘れ立ち上がると、ここぞとばかりに解説を始めた。
「よいか、ポーションとは回復アイテムとして最もポピュラーな飲み薬である。ビンに入っている故、携帯や持ち運びに楽。もちろん長期保存も可能。味もそこそこ美味い。何より見た目がハイセンス。更には回復量に合わせハイ、エクス、メガとバリエーションも豊富。まさにポーションこそ科学の髄を極めた人類の叡知の結晶! 魔物が蔓延るこの世界になくてはならない必需品である!」
「へえ、そんな素晴らしいものがあるなんて16年間生きてきましたのに全く知りませんでした。勉強になりましたわ」
騎士は満足げに頷き、再び木に背をもたれた。
「でも変ね。そんな便利なもの、ひとつも持ってらっしゃらないのはなぜ? 後先考えずすぐに使いきるほど計画性の無い方? あ、ひょっとして高価で買えないとか? 見たところ貧弱そうな武器と防具を装備していますものね」
騎士は気まずそうに口を開いた。
「……ゎった」
「はい?」
「魔物との戦闘中に全て割ってしまったのだ! 不慮のアクシデントだ! 激しい戦いの中ではよくあることなのである!」
「あらあら、それはお気の毒様。まあ割れやすいビンに入っていたのならしょうがありませんわ。薬草なら例え落としても壊れたりしませんのに。ほら、この通り」
そう言って村娘は薬草を騎士の前に落とした。
「……え、何の真似だ? まさか我輩に、地面に落ちた薬草を拾って食えと?」
「とんでもございませんわ。私はただ不要な道具を捨てただけでございます。薬草なら売るほどありますので。そもそも誇り高き騎士様が人が捨てた物を拾ってまで生き長らえるわけがないと私は信じておりますから」
騎士は葛藤した。それは先程の魔物との戦いよりも一進一退の激しい攻防だった。
血が滲むほどの歯軋りの末、騎士の心は音を立て砕けた。
「……止む終えまい。一度だけ。我が人生でたった、たった一度だけこの不味そうな草を使用することを許す。もはや誇り云々言っている場合ではない。我輩にはクリスタル集めという大いなる使命がある。こんなところで倒れるわけにはゆかぬのだ……!」
今は所有者がいない落ちている薬草に恐る恐る手を伸ばす騎士。その時、横からフレームインしてきた手に遮られた。
「む、娘?」
手を差し伸べたまま娘は満面の笑みで言った。
「おおまけにまけて50ゴールドでいいですわ」
「おい待て金を取るのか!? 今いらないからと捨てたのにも関わらずか!?」
「イヤですわ。もちろんその捨てた汚らわしい薬草ではなく新しい薬草を売って差し上げるのですわ。まあお金が惜しくて捨ててある薬草で妥協するほどケチなのでしたら止めませんけども」
騎士は無言で50ゴールド差し出し、受け取った薬草をさっさと口にした。
「ぺっ! にがっ! マズっ!」
「良薬は口に苦しですわ」
騎士は体力が30回復した。
「な、なんだ? ちっとも回復しないではないか。はっ、こんなものレベルの高い冒険者には不要な産物だ。宝箱に入っていたらがっかりするもの第一位で決まりであるな」
「おっしゃる通り薬草の回復量は微々たるものですわ。でも全ての人間が高いレベルを持っているわけではありませんのよ。むしろこの世界、騎士様のように低レベルの人間の方が圧倒的に多いのですから薬草は十分需要があると思いますわ」
「娘、そなたは一度毒消し草を食え。その毒舌治るやも知れぬ」
「いえ毒消し草にそのような効能はございません。毒消し草はあくまで体内の解毒作用のみ。冒険者なら知ってて当然の常識ですわ」
魔物に出くわし自害した方がマシだった。騎士は苦虫を噛み締めた表情を浮かべ思った。
「救援物質の譲渡、感謝する。これで城まで戻れよう」
「あら、私の村へ参りませんの?」
「そなたの村にはポーションを売ってないのであろう? 道具屋にポーションが無いなど、宿屋にベッドが無いようなもの。熾烈を極める過酷な旅においてポーションが無くては生き延びることなど到底不可能。ポーションこそ命の源である」
「中毒者かってくらいポーションを推してらっしゃいますけど、そもそもポーションの成分ってなんですの?」
騎士は急に口ごもった。
「それはまあ、身体に良い物質と物質を調合して合成した化合物とか。あと、水?」
「明記されてませんの? 主な成分とか生産者の名前とか」
「そ、そんな細かいこと知る必要無かろう。みな普通に購入し消費しているのであるから何も問題無い」
「誰も何も疑問に思いませんの? 城下町の人々は思考停止してまして? まともな人間なら例え回復作用があっても得体の知れないものなど口にしませんわ。少なくとも私はそう。副作用で後々身体に異常をきたさない保証は無いわけですし。やっぱりどこの誰か分からない人間が手を加えた人工薬品より古来より使われている自然物のが安心安全ですわ」
「自然物の方が危険であろう! 薬草だと思って口にしたら毒が入っていた場合も無いとは言い切れぬ! 森に生えている薬草も野生の魔物が小便をひっかけたかも知れぬしな!」
「でしたらお野菜も果物もキノコ類も一切口にしないことですわね! お魚や獣の肉にも病原菌が潜んでいるかもしれませんから神経質で軟弱な人間は食べない方がよろしくてよ!」
「そなたは我輩に餓死しろと申すか!」
「大好きなポーションを毎日ガブガブ飲んでたらよろしいんじゃなくて? ポーションは健康をサポートし肉体を活性化させ必要な栄養も補える魔法の薬品なんでしょう?」
「どんだけポーションを万能だと思っておる! ポーションはあくまで回復薬だ! 空腹を満たすものではない!」
「ふふん。その点薬草なら多少はお腹が満たせますわ。パンが無いときに重宝しますわ」
「何の話をしておる!?」
体力を回復したのにも関わらず、騎士はゼーゼーと肩で息をし始めた。
その時ふと、ちょんまげを結った少年が側を通ったのを見た。
「娘よ。これ以上の言い争いは不毛。ポーションか薬草か、回復薬としてどちらが優れているのか第三者に委ねようではないか」
「賛同者が一人増えたところで私の意志は変わりませんけど、望むところですわ」
騎士は少年を呼び止めた。
「あーもし、そこの少年よ」
足を止め振り向いた少年は、桃のマークが入った着物を着て黄色の袴を穿いていた。
「変わった出立ちをしておるが、刀を持っておるのを見るに貴君も冒険者のようであるな」
「はい」
「貴君も知っての通り、旅とは危険がつきもの。時には敵に襲われ傷を受けたりするだろう」
「はい」
「そんな時、貴君なら回復手段として何を使うかね?」
騎士の問い掛けに、少年は道具袋からある物を取り出した。
「これは……なにかね?」
「おにぎりです」
「おにぎり!?」
「あと、おまんじゅうとかきびだんごとかさつまいもとか竹の水筒とか」
「……それって、普通の食料ではないか」
「食べてもお腹が満たされるだけですわよね?」
「いえ、列記とした回復道具です。食べたら傷が治ります」
「どういう理屈で!?」
「さあ? おいしいから?」
「まさかの良薬は口に旨し!?」
「単にあなたの自己治癒力が強いだけじゃ……」
「では、MP回復はどうだ? 聞くまでもなくエーテル一択だとは思うが」
「あら、MP回復なら聖なる泉から汲んだ魔法の聖水ですわよね」
「えむぴぃというのがよくわかりませんが、術を回復するのなら仙人のかすみです」
「か、かすみって、あの山とかにあるモヤモヤしたやつ?」
「そんなの持ち運べるのであるか?」
「普通に道具袋に入りますよ」
「ところで、おじさんも悪い鬼を退治しにいく道中ですか?」
「おじ……いや、我輩は七つのクリスタルを集めに旅に出ている最中である」
「クリスタル? なんですのそれ」
「なっ、娘、冗談もほどほどにせい! この世界の人間が七つ集めれば絶対な力を手に入れるというクリスタルを知らぬわけがあるまい! この世を支配しようと企むバドリア帝国より先に集めねばならぬのだ!」
「そんなの初耳ですわ。それに世界を支配しようとしているのは魔王バラモヌじゃなくて?」
「……ばらもぬ? なんだそいつは」
「嘘!? 100年も前からこの世界を恐怖に陥れているバラモヌを知らない? 貴方もバラモヌを討伐しに行くのよね?」
「いえ、僕はえんま大王に愛と勇気を伝えるために鬼ヶ島に向かっている途中です」
「「誰!?」」
やがて、三人はひとつの結論に行き着いた。
「……どうやら我々、違う世界の住人のようであるな」
「……そのようですわね。おそらくこの森がそれぞれの世界から迷い込ませたようですわ」
「まあその、とにかく回復アイテムは自分に合った物を使用するのが一番ということであるな」
「ですわね。私も村に帰ったら薬草を誰でも接種しやすい飲み薬に改良してみますわ」
「でも回復道具なんてそんなに必要ないかな」
「「なぜ?」」
「宿屋に泊まれば一気に回復するんで」
「「そこは一緒である」すわ」
お題
『おくすり』
ただ単にRPGをやってる時の疑問を書いてみました。結果、『ヒンシでピンチ』の時同様、漫才の掛け合いみたいな感じになりました。薬草やポーションはまだ判りますがフード系で回復するのは納得いきません。マザーや桃太郎伝説がそうですね。彼らは普段の食事でも回復しているのでしょうか。