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クレタさんは右翼のアイドル

作者: 鈴木美脳

 クレタ・トゥーンヘリという少女がいた。ファシストだった。

 右翼のアイドルであり、単にクレタさんと呼ばれる。


 彼女は、強硬な排外主義的民族主義者であり、動画配信者であり、鮮烈な美貌もあいまって貧困層に支持を広げていった。

 改正虐待防止法の成立に成功すると、その特権を用いて苛烈な制裁を繰り返して多くの児童を救い、虐待育ちの児童らに支持を固めていった。

 同様に、与えられた立場の強さによって非道を行う者達を独自に制裁する特務機関、通称「クレタ機関」を設立し、ブラック企業などについての内情を集めるとともに、法の網をくぐって暴行や殺人を繰り返した。

 民族主義のもとにブラック企業を是正するクレタの義賊的活動は支持を集め、貧困層は民族主義のもとに連帯した。

 クレタ機関は、国会で第一党になるとともに独裁色を強め、ただちに劇的な経済成長を実現した。

 また、瀬戸際外交とも称される手腕によって、経済力を維持しながら核武装に成功した。

 これによって国は、近隣諸国の奴隷の地位を脱した。しかしそのために、あまりにも多くの血が流されてきた。


 周辺諸国はもちろん本国の左派から中道左派、中道右派にいたるまで、クレタへの批判は姦しい。

 曰くファシスト、極右政権、さらにはナチズムとも呼ばれ、独裁的な恐怖支配を行う精神病者である半面、私腹を肥やしており、性犯罪も行ってきたという。

 クレタを中心とした人達から子供時代に性的ないじめを受けたと名乗り出る人も複数いて、記者会見を行っては嗚咽しながら陰湿な被害を語り、トラウマの苦しみを語って連日報道された。それは、まったくのでっち上げだ。

 クレタは悪魔なのだと言われる。しかし、子供時代をともにした私が見たのは、優しい心を持った一人の人間だった。

 だから私は、彼女が私利私欲のない人だと知っているし、彼女が山ほど人を殺してきたとしても、それは私利私欲にもとづいていないのだろうと思う。

 クレタは、独裁者であり人殺しだが、愛の心によって人殺しなのだ。しかし、愛の動機によって人を殺すことなど、できるのだろうか?


 クレタ自身が虐待を受けて育っており、貧しい家庭で飢えながら育ち、進学もせず教育も受けていない。

 富裕層や高学歴層に対する彼女の容赦のない殺戮は、それが理由の一つかもしれない。

 しかしそんな人が、国を一変させ、世界を一変させつつある。なぜそれが可能なのだろうか?

 環境よりも個人的な資質に原因があったと考えるしかない。

 それが正しいものであるかはどうあれ、彼女は最高の知性と最高の良心の結晶だ。

 彼女の中には、私心を捨てて義に殉じるという明確な意志がある。


 ほとんどの人が権威に寄り添い、物質的な私利私欲だけを価値観として生きている時代に、なぜあなたは、あらゆる損や痛みを恐れず、天下のためだけを思って生きることができるのですか?

 そう尋ねるとクレタは、私には神が見える、と言った。

 私欲に生きることが肯定されていき、生まれた環境に恵まれた人々のために歪んだ認知が批判されずに拡大しつづければ、人類の末路はどうなる? 不正義への嫌悪とは、種の保存の本能にほかならない。博愛の神は、私達生命の遺伝子の内に埋め込まれているんだよ。

 私は何より、内なる神の目のもとに愛されたい。人々を愛した者ほど人々から愛されるわけではないが、私は偽りなく人々を愛したいのだ。もちろんそれによって、いかに短命な悲惨な最期に至るとも構わない。


 彼女の愛と連帯への愛好は、すなわち、資本主義への挑戦であり、近代史への挑戦だった。

 だから、彼女の瀬戸際外交は次第に包囲され追い詰められ、国連からはありとあらゆる制裁を課されていった。

 そうしてついに、彼女は核戦争を勃発させ、超大国の首都をはじめとする数十の主要都市を核で焼いた。

 飛来する無数の核兵器は新兵器によって迎撃するも、彼女の祖国も焼け野原になった。

 人類の優に九割が死滅した。


 しかし、生き残った彼女には反省がなかった。

 近代資本主義を終わらせ、愛と連帯の思想へと人類を改革することが人類幸福が唯一生き残れる活路であり、そのための手段として九割死滅は十分に割に合うと言うのだ。

 したがって、彼女は弾劾され、投獄され、執拗に拷問された挙句、火刑に処されて人生を終えた。

 ファシズムの独裁者は、最後には自分自身が殺された。


 クレタの思想は、クレタ主義と呼ばれ、危険思想として検閲されるようになった。

 クレタ・トゥーンヘリ、その名前を検索してももう何も表示されないし、その名前を検索した事実によって、進学や就職などあらゆる機会に妨害を受ける。

 だから今では、クレタが本当ににクレタ・トゥーンヘリという名前だったかもわからない。


 そんな右翼のアイドルの少女が実在したのかしなかったのか、それすら今はわからない。

 核戦争があったことも何もかも、情報はすべて書き換えられ真実は隠された。

 彼女の実像に触れた私も、今は病院で薬漬けにされ何も言えない。


 腹の中から美しい不思議な女、クレタさん。

 その名を寝言で呟くたび、ブザーが響き、私は看護師に殴られる。

 ささやかな、それが、私の推し活。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんというか、 ウイットに富んだ緻密な社会風刺ですね。 ジャンヌダルクも少し連想させられましたし。 作品としてはよくまとまって読みやすいです。
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