第14話
リーヴィエル達とクレイセリアの戦闘が終わった頃、レギアスとベールは谷を越える道を見付けバイクを全速力で走らせていた。
「レギアス! 右から来るわ!」
「ええい!」
ベールはレギアスに左腕でしがみ付きながら、右手の銃で後ろから追いかけてくる獣型のデーマンの群れを撃つ。他の地域でよく見かける狼型のデーマン、ウォルフの頭を弾丸が貫き絶命させる。だがウォルフは群れを成してレギアス達を追いかけている。一体殺したところで危機的状況に変わりはない。
事の始まりは谷を越える道を見付けた時に戻る。谷にかかる橋のように伸びている大地を見付けたレギアスはその道を渡ることにした。だが近くに数体のウォルフがいたようで、バイク音が鳴り響いたことにより気付かれてしまった。
レギアスとベールは戦闘にかける時間を惜しみ、無視して振り切ろうとした。そこまでは良かったが、どうやらその辺りはウォルフの住処だったようで、一体のウォルフが遠吠えをして仲間を集結させてしまったのだ。
「ベール! 十秒後に右に曲がる! 後はそのまま直線で谷を渡る!」
「分かったわ!」
ベールの射撃の腕は神懸かっていた。片腕でレギアスにしがみ付き、もう片方の腕を後ろに伸ばして撃っているのにも関わらず、しかもバイクで激しく揺れているのに弾を外さないのだ。
流石に一撃で急所に命中させる事は少ないが、それでも必ず身体の何処かに命中させてウォルフを近付かせない。
弾丸のリロードは空間魔法で直接シリンダー内を交換しているから、リロードに割く手間は無い。一番近いウォルフから次々に撃ち殺していく。
「今!」
レギアスの掛け声と共に右へ急カーブし、谷を越える道を直進する。
ウォルフの群れもレギアス達を逃しまいと追いかける。
「このままじゃ塔に辿り着いても追いかけてくるぞ!」
「でも流石に全部撃ち抜けないわ!」
ベールウォルフを撃ちながら打開策は無いかと考えを巡らす。
そして一つの解を得るが、それを実行するにはレギアスの意見を聞かなければならなかった。
「一つだけ! 一つだけあるわ! でも!」
「良い! やれ!」
レギアスはベールが考えついた策を聞くこともなく、GOサインを出した。
「内容を聞かないの!?」
「お前を疑った事あるか!?」
「……!」
それはベールにとって嬉しい言葉だった。危機的状況であるはずなのに、胸がときめいてしまった。緩んでしまう口を必死に抑え、ベールは銃を異空間に収納した。
代わりに出したのは長方形の黒いナニかだった。それも一つではなく、二つ三つと出して前方へと投げる。
後ろから投げられたソレが視界に入ったレギアスはギョッとする。そしてフルスロットルでバイクを走らせた。
バイクが前方に落ちたソレを越え、ベールは再び銃を出してソレに狙いを定めた。
「――BANG」
その決め台詞と共に放たれた弾丸は、的確にソレに命中した。ソレは大きな爆発を起こし、連鎖して他の二つも誘爆する。それにより谷を繋げていた地面が崩壊を起こし、ウォルフと一緒に谷底へと落ちていく。崩壊はその場だけではなく、どんどん範囲を広げていく。
「……あー……」
「何だ!? どうした!?」
後ろから間延びしたベールの声が聞こえ、レギアスは前を見たまま尋ねる。
ベールは銃を消し、両腕でレギアスにしがみ付く。
「ちょっと威力が強すぎたみたい」
レギアスはチラリとバイクに取り付けられているバックミラーを見る。
ミラーには崩壊していく地面がレギアス達に追い付こうとしていた。
レギアスはサーッと青ざめ、アクセルを限界まで捻る。
最早ブレーキの事も考えない速度で道を走り抜け、崩壊に巻き込まれるギリギリで谷を越える事ができた。
だがバイクは岩に乗り上げ、そのままの勢いで空中に飛び上がる。
「チィィ!」
「きゃあああ!?」
二人はバイクから放り投げられるが、レギアスはベールの腕を確りと掴み、抱き締めるようにして前へとベールを持ってくる。
「うおおおお!」
レギアスは魔力を両脚に集中させ、地面に滑るようにして落ちる。地面を抉りながら勢いを殺していき、ベールを庇いながら地面に転がる。岩壁に背中から突っ込み、何とか止まる事ができた。
「っつー……! ベール、大丈夫か……?」
「え、ええ……レギアスは……?」
「大丈夫だ」
二人は立ち上がり、辺りを警戒する。もしかしたらウォルフのようにデーマンが隠れているかもしれない。少しの間警戒をするが、デーマンの姿も気配が無い事にホッと胸を撫で下ろす。
「取り敢えず、何とか塔に近付けたな」
黙示の塔はレギアス達が谷沿いを走っている間も移動を続けていたのか、最初に見た場所よりも近くなっている。走って行けばすぐに塔の真下に辿り着けそうだ。
「塔が動いてるなんて……未だに信じられないわ」
「俺もだ。だが動いてるんだからしょうがない」
レギアスは地面に叩き落とされたバイクを起こし、動かせるかどうか確認する。外装フレームが砕けただけで内部の機構は壊れていないようだった。地面が比較的柔らかい事もあり、まだ一っ走りできるようだ。
バイクに跨がり、二人は塔へと向けて走らせる。
その後は塔の麓に着くまでデーマンに見つかることは無かった。
目の前に聳え立つ巨大な黙示の塔を見上げながら、レギアスは自分を呼ぶ声に耳を傾ける。
塔の中にある【ナニか】がずっと耳元で囁くように呼んでいる。
「駄目ね。もうバイクは使えないわ」
バイクの様子を見ていたベールが肩をすくめながらそう言ってレギアスの隣に立つ。
二人の前には塔の入り口らしき巨大な扉がある。塔は二人が到着した途端に動くのを止め、地鳴りも止んだ。まるでレギアス達を迎えに来たと言わんばかりに扉と、そこへ繋がる道が現れたのだ。
「……明らかに待ち構えてるわよね?」
「ああ……たぶん、俺を呼んでる【ナニか】が塔を動かしたんだろう」
「……ねぇレギアス。これだけは聞かせて」
ベールは真剣な眼差しでレギアスの目を見つめる。
その顔は己を信じさせてほしいと言っていた。
「貴方が無茶をしてまでも此処に来たのは、自分の意志なのよね? 決して、ドラゴンの意志に操られてるわけじゃないのよね?」
レギアスは即答できなかった。自分でも一度、己の心に問うた。
己を呼んでいる【ナニか】に惹かれて此処へ来たのは事実だ。
だがそれが無くても此処へ来ていたのも事実だ。
自分で始めた物事を最後まで投げ出さすにやり遂げる。
それが結果的に命を落とす事になるとしても、犠牲者を出してしまったからにはもう立ち止まることはできない。
それにレギアスは確信めいたモノを感じていた。
黙示の塔へ足を踏み入れる事は、己を知る事に繋がると。
だからこそ、レギアスは断言できる。
ベールの手を握り、レギアスは答える。
「行こう」
たったそれだけ。たった三文字の言葉だけで、ベールには充分だった。
これから先は何が起こってもおかしくはない。扉を開いた瞬間死ぬかもしれない。
それでも二人は覚悟を決めた。剣と銃、己の得物を手に前へと進む。
巨大な扉をレギアスは持ち前の怪力で押し開く。重く、鈍い音を鳴らしながら通れる程度に扉を開き、黙示の塔の中に二人は足を踏み入れた。
扉を潜った先でレギアス達を迎えたのは巨大なホールだった。かなり古い意匠の造りをしており、ボロボロではあるが朽ちてはいない。光の魔法でも作用しているのか、光源が見当たらないのにホール全体が白く輝いて明るい。
警戒しながら進んでいくと入り口の扉が独りでに閉じた。
閉じた時の音で、ベールの肩がビクンッと揺れたのを、レギアスは見なかった事にした。
「確か黙示の塔って、ニーズヘッグの亡骸が変貌したもんだったよな? なら俺達は今ドラゴンの腹ん中にいるって事なのか?」
「お腹かどうかは分からないけど、まぁそう言う事になるのかしら?」
「……どう見ても亡骸って感じじゃねぇな」
レギアスが言いたい事はベールも分かった。
ドラゴンの亡骸が塔に変貌する事も突拍子も無いものだが、レギアスが言わんとしている事は、塔の内部がまるで人間が生活できそうな造りになっている事だ。階段もあれば扉もあり、朽ちているがテーブルや絵画まである。
絵画は何が描かれているのかまではよく分からないが、これらが全て一体のドラゴンの亡骸だったものだとは到底考えられない。
これは後になって置かれた物であると、二人は考えた。
ホールの一番奥に大きな扉があり、そこから先に進めるようだ。
レギアスとベールは先を急いだ。
だがホールの中央に辿り着いたその時、二人の前に巨大な何かが落ちてきた。
それは大きな二本の角を生やし、まるで巨人のような化け物だった。
その化け物は目を赤く光らせ、レギアスとベールを見下ろして口を開く。
『立ち去れ人間! 此処は貴様ら下等種族が立ち入って良い場所ではない!』
「……」
「……」
レギアスとベールは口をギュッと閉じて驚いた顔をする。
――今、喋った?
――うん、喋った。
二人は再び顔を化け物に向ける。
『我が主であるニーズヘッグ様がもうすぐ復活なされる! 貴様らでは供物にもならんわ!』
「何ですって? ニーズヘッグが復活するの!?」
化け物から聞き捨てならない言葉が聞こえ、ベールは反応してしまう。
化け物はその赤い目をキッと鋭くさせてベールを睨み付ける。
『下等種族が! 我が主の名を軽々しく口にするな! ヴォォォォオ!』
化け物が口を大きく開けて咆哮を上げる。それと同時に口から青い炎が噴射され、ベールを焼き殺そうとする。
だがレギアスがそれを許すはずもなく、魔力を纏わせた剣を振り払い、魔力を飛ばして炎を掻き消す。
『ほう? やるな人間。門番として此処に召喚されてから二千年余り。脆弱になったかと思えば、まだ骨のある奴がいたか』
「テメェ……いきなり何しやがる?」
化け物は面白そうに高笑いし、両腕を大きく開く。するとホールの壁に沿って青い炎が走り抜け、出入り口を塞いだ。
『良かろう人間! 我に力を示せば主への供物として先へ進ませてやろう!』
「へぇ……言ってる事はアレだが、単純で実に助かる」
「言ってる場合? 来るわよ!」
化け物は青い炎を両手に集束させていき、それは大きな斧へと変わる。外見からダブルビットアックスだと分かるが、刃の大きさが異常だ。
化け物の大きさはレギアスの三~四倍はある。その身体半分を隠してしまうほど大きなアックスを、化け物は軽々と持ち上げて両手に握り締める。
『我はミノタウロス族が戦士、オンスロート! 人間! 己が力を示せ!』
化け物の咆哮が空気を震撼させた。




