第7話
翌日、レギアスは王都の鉄道ターミナルでアナト達と待機していた。
今回は騎士団の任務という扱いであり、学校の制服ではなく騎士団の制服を身に纏っている。
黒を基調としたインナーとジャケットで身を固め、その姿はさながら「アサシン」のようだ。軽装として籠手と具足を身に付け、騎士団で支給されている剣を腰に差しているが、可能な限り壊さないようにしなければと、レギアスは注意を払う。
ベール達も学校の制服ではなく、各自で用意した騎士団の制服を身に纏っている。
ベールは紫、アナトは白、オルガは灰色のジャケットと軽装姿で、中々に新鮮な姿だ。
「……」
「……なに姉さんをジロジロと見てる?」
レギアスは昨晩の事もあり、ベールをジッと見つめてしまっていた。それに気が付いたアナトがズイッと視線に割り込み、レギアスを睨み付ける。
アナトに昨晩の事を知られると面倒だと瞬時に悟り、「何でもない」と言って視線を正面に戻す。
その視線の先では、竜騎士こと白金のリーヴィエルが召集した部隊に指示を出して出動準備を進めている。召集された騎士達はレギアスの正体を知らず、任務内容も王族に関する極秘事項として、護衛にあたるという事しか伝えられていない。
オルガは学生でありながら騎士という特殊な身分である事は周知であるが、レギアスについての情報は騎士達には詳しく知らされていない。国王の命令でリーヴィエルの指揮下に入っているという事になっている。
当然、懐疑的な視線を集めることになるが、此処で不自然な動揺を見せてしまうと余計に怪しまれてしまう。なのでレギアスは敢えて堂々と、この場にいるのがさも当然かのように立ち振る舞う。
尤も、この場にいることが当然なのだが。
暫くすると、荷物を貨物車に運び終えた、部隊が列を成してリーヴィエルの前に並ぶ。
その時、その列の中にレギアスは見知った顔を見付ける。甘栗毛で赤目のその美少女を見間違えるわけがない。
「クレイセリア先輩……?」
「え?」
何故かベールが反応した。
レギアスと目が合ったクレイセリアは小さく手を振って笑顔を見せる。
どうして彼女が騎士団の部隊メンバーとして並んでいるのか、王女であるベールでさえも分からずにいた。
レギアスは学生騎士であるオルガに尋ねる。
「おい、オルガ。なんで先輩が彼処にいるんだよ?」
「いや俺も知らねぇよ。ただ俺以外にも学生騎士はいるっちゃいるが、彼女もそうだったか……?」
「そもそも学生騎士って特別なんだろ? 多いのか?」
「多くはねぇな。陛下に特別なコネがあって且つ一兵卒よりも高い能力値を証明しなけりゃ、そうそう任命されねぇよ。だがそんな奴らなら顔と名前を共有してるからなぁ……」
「ごく最近任命されたとか?」
「ありえなくはねぇが、そこのお姫様達も知らねぇみてぇだし」
レギアスがベールとアナトに視線をやると、二人も首を横に振った。
いったいクレイセリアは何者なのだろうか。
四人がクレイセリアについて疑問視している間、リーヴィエルは部隊に任務の再確認と行動予定を説く。
「各車両に一班づつ配備、走行中は魔法障壁外に出るため、デーマンの襲撃に警戒せよ。目的地に到着次第、所定の位置に着き警戒に当たりなさい」
『了解』
騎士達はレギアスとは違い、黒銀の騎士甲冑を纏っている。クレイセリアだけはレギアス達とジャケット姿であり、色も紅い色に染められている。
騎士達はガシャガシャと甲冑を揺らしながら鉄道車両に乗り込んでいく。
リーヴィエルがレギアス達に歩み寄り、出発することを伝える。
「それでは両殿下、騎士オルガ……ファルディア殿も。彼方の車両にお乗りください」
リーヴィエルに指定された真ん中の車両にベール達は乗り込む。
レギアスも乗り込もうと前へ進むが、リーヴィエルがそこへ待ったをかける。
「ファルディア殿」
「は、何でしょう?」
リーヴィエルの瞳は閉じられたままである。しかしレギアスは彼女が自分を睨み付けていると分かった。それに込められているのは敵意に近い、警戒の色だ。
「竜騎士として、陛下から主命を承っております。万が一、竜剣を手にした際にドラゴンとして我らに敵意を見せた場合、私が即刻その首を落とさせていただきます。くれぐれも、道中でもご注意を……」
ゴクリッ、とレギアスは喉を鳴らした。リーヴィエルから放たれる殺気は本物であった。
レギアス自身も、竜剣を見付けて手に入れたとしても、内に眠るドラゴンのレギアスが何をしてくるのか分かっていない。ドラゴンの力に抗えるのかも分からないが、この先は常に背後を警戒していかなければならないようだ。
「……肝に銘じておきます」
「よろしい……では参りましょう」
リーヴィエルは修道女風な衣装を優雅に翻し、中央の車両に乗り込んだ。
レギアスもその後を追う。車両の座席は向かい合うように設計されており、ベールとアナトは隣同士で座り、その前にオルガが座っていた。
オルガの隣に座ろうと思ったが、昨晩の事でベールの顔を面と向かって見られない事を思い出して、一人出入り口に近い場所に座った。
その事に気が付いたベールは少しだけ表情を曇らせ、その様子を見たアナトとオルガは首を傾げる。
二人の様子がおかしいまま、列車は動き出して王都から出発した。
王都の四つのターミナルの内の一つから飛び出した列車は、そのまま魔法障壁を超えていき、先ずは定期的に安全が確保されているエリアを走る。ある程度進んだ地点で車線変更を行い、デーマンが蔓延る領域へと進入する予定である。
思えば初めて乗る列車の旅がまさか竜剣を探しに行くものについて、、レギアスは不思議なもんだと鼻で笑った。
列車の揺れに身体を預けてると、窓の外を眺めていた視界に紅い瞳が映り込んだ。
「ばぁっ!」
「……先輩、子供じゃないんだから」
クレイセリアが目の前に移動してきていた。クレイセリアが最初に乗った車両は別車両の筈だが、移動してきたのだろうか。
レギアスの前の席に座り、ニコニコと話しかける。
「驚いたぁ。初めての任務がまさかレギアスと一緒だなんて」
「それはこっちの台詞だ。先輩、学生じゃなかったのか?」
「ふふん! 実は昨日付で学生騎士に就任しました~! 今日はその初任務なの!」
クレイセリアが言ってる事は本当なのかと、近くの騎士に尋ねる。するとぶっきら棒にだが「ああ、そうだよ」と答えてくれた。その後に「何でぇ、もう唾付けられてんのか」とも聞こえたが、それはこの際無視する。
ベール達がクレイセリアの事を知らなかったのも、昨日今日の事で情報共有が間に合っていなかったからだろう、と結論付ける。
「ねねっ、もしかしてだけどさ、この任務って本当は……」
クレイセリアは唇の動きだけで「竜剣?」と尋ねてきた。クレイセリアには竜剣探しを手伝ってもらっていた経緯もあり、ある程度推測できたのだろう。極秘扱いにされてはいるが、事情を少しは知っている彼女に余計な不信感を抱かすのもどうかと思い、静かに頷く。
すると途端にクレイセリアは目を爛々と輝かせ、まるで恋する乙女のように華やかに笑う。
「~~~っ! やった! 伝説の真相ふがっ!?」
クレイセリアが口を滑らす前に、レギアスは手でクレイセリアの口を塞ぐ。その時、ベールやリーヴィエルから視線を感じたが、敢えて知らぬフリをする。
「先輩、初任務早々クビにはなりたくないだろう?」
「むがっ!? そ、そうだね。今回は王女様お二人の警護だもの」
クレイセリアは俺の肩越しにベールへと視線を向けた。
途端、顔を青くしてバッ! と逸らした。
何事かと思いレギアスもベールの方へとチラリと視線を向ける。
「――」
「ッ!?」
昨晩、国王が放った殺気よりも末恐ろしいナニかを吐き出していた。レギアスは冷や汗をダラダラと流し、膝がガクガクと激しく揺れる。
見なかった、俺は何も見なかった――と、己を誤魔化してなんとか落ち着こうと試みる。
「じ、じゃあわた、私もど、も、戻るね!」
クレイセリアはガタガタと全身を震わせながら前の車両へと逃げていった。
レギアスは背後から来るプレッシャーに負けないよう、必死に膝を押さえて耐え忍ぶ。
「……」
クレイセリアが去り、一人になったレギアスを、ベールはムスッとした表情で見つめていた。彼女から醸し出される不機嫌なオーラを間近で浴びているアナトとオルガ、そしてすぐ後の座席に座っているリーヴィエルは、気不味い空気を味わっていた。
「ね、姉さん? どうかしたのか……?」
「……何でもないわ」
その顔で何でもないは通らないだろうと、アナトは心の中で呆れる。昨日の夕食の後から今朝までの間にレギアスと何かあったに違いないと、そこまで読めるのだが、肝心な部分が分からない。
レギアスの事だ、きっとデリカシーのない事を仕出かしたに違いない、とアナトは結論付ける。
しかしそれにしても此処まで不機嫌な姉を見たことがない。
アナトは怖い物見たさの感じで己の姉を見つめる。
「な、なぁアナト殿下。ベール殿下はいったいどうしちまったんでしょうか?」
竜騎士がすぐ側に控えている手前、オルガはアナトを敬称を付けて呼ぶ。
訊かれたアナトも分からない、と首を振る。しかし二人はレギアスとベールの間で何かあったのは間違いないと確信しており、当事者ではない自分達にはどうにもできないと半ば諦めていた。
「……両殿下、もう間もなく『領域』へと進入します。各班、警戒度を高めなさい」
ベールの後の席で、アナトやオルガのように気不味そうな顔をしていたリーヴィエルが表情を引き締めてそう言う。
そのすぐ後、明るかった空は暗くなり、ピリピリと肌を焼くような刺激が列車に乗っている者達全員に走る。
ドラゴンの魔力によって大気に漂っている魔力が汚染され、生命にとって危険な地帯となった領域。
直後――。
ドゴォォォォンッ!
「っ!? 何事です!?」
前車両側からけたたましい爆発音が鳴り響いた。大きく車両が揺さぶられ、攻撃を受けたのだと理解するのに時間は掛からなかった。
「各班状況報告! 騎士オルガ、両殿下を御守りなさい!」
リーヴィエルの指示が飛ぶまでもなく、オルガはベールとアナトを庇うように大きな身体を活かして被う。
「デーマンだぁ!」
騎士の誰かがそう叫んだ。
列車にデーマンが侵入したのである。




