2話 出会い
王城に戻った俺は、国王から授かった『ステータスプレート』というものを弄っていた。ステータスプレートとは、テンプレの通り自分のステータスを数値で表したものを確認するための器具のようだ。しかしかなり貴重らしく、戦いに携わらない貴族や王族は滅多に使わないらしい。
「かなり高いステータスでいらっしゃいます。駆け出しの冒険者はこの10分の1にも及ばないでしょう」
この世界には当然のように『レベル』という要素も存在している。生物を倒すことで、その魂の欠片を吸収し、己が力とすることができるようだ。そこから得た強さの指標がレベル、という訳だ。とはいえレベルが上がらなくてもステータスも技量も上がり、強くなりえる。
そして国王が高ステータスと評した俺のステータスは――
名前:金堂勇
性別:男
年齢:16歳
職業:未登録
種族:人間
Lv.1
筋力:1000
耐久:1000
速度:1000
知能:1000
魔力:1000
スキル:なし
称号:勇者
平均的、というか。強いのは間違いないのだろうが、スキルがないし全ステータスが均されている。だが勇者はどうやらレベルが上がり易いようなので、すぐに、より強くなりえるだろう。
何だろう、テンプレ盛り込みすぎるのやめてもらっていいすか、と言われても仕方ない程度にはテンプレが盛り込まれているステータス表記である。例えば職業欄とか。この世界に職業という概念があることが分かる6文字だ。ちなみに登録は『冒険者ギルド』でできるようだ。
現在時刻は朝の4時半である。昨日はあの後、この世界に来てすぐに案内された個室で寝た。混乱が完全に解けたわけではないのか、すやすや眠ることができた。その影響でこんな朝早くに起きている訳だが。
暇だから、と王城内を探索して、3つの通路に挟まれた、三角のガラス張りの庭を見つけ、そこで外の空気を吸おうと、同じくガラスでできた扉を開いて庭に行ったのだが――そこにはどうやら先客がいたようだ。
先客は真剣を持って素振りをしていた。ところどころ乱れていながらも、小・中の9年間剣道をして、そこそこ剣道に慣れているはずの俺を軽く凌ぐ綺麗な剣筋だ。もし俺もこの剣筋を作り出すことができれば、高校でも剣道を続けたかもしれない。今となってはもう完全に実現不可能な話ではあるのだけれど。
「勇者様でしょうか? 何かご用がおありですか?」
「いや、そんなわけじゃない。早く起きてしまって暇だから散歩していただけだ」
保護欲を刺激され、一国の王女に対しついタメ口で話しかけてしまう。
剣筋だけに見とれていたが、先客の彼女自身もかなり美しい容貌をしている。彼女は俺と同年代程度の少女だ。
国王よりも色鮮やかな金髪を肩まで伸ばし、同じく国王よりも光を帯びた碧色の眼がほんの少し翳りを帯びて輝いている。何か心配事でもあったのだろうか。服の上からギリギリ存在が認識できる果実の主張は小さい。
服装は詳しくないのでうまく説明できないが白く動きやすそうな、上下が一体化している服である。
「では私はそろそろ……」
「いや、続けてくれないか?」
あの美しい剣筋をもっと眺めていたい。美しい風景でこの混乱を和らげたい。
「はい、わかりました」
「俺も、やろうかな……」
剣道自体は中学で引退してから、下手の自分が嫌になって1度もやっていないが、素振りくらいはやりたくなることもある。
俺が素振りを始めると、彼女が素振りをしながら口を開いた。
「いいと、思いますよ」
「そうか。まあお前よりは下手だけどな。ところで、名前は?」
「アリア・ステイシア=アラナンドと申します」
「俺は金堂勇。これからよろしく、アリア」
「よろしくお願いします、勇者様」
これからアリアと会うことがあるのかもわからないが。ほんの少しだけ、気が楽になったような気がした。
だからこそ、アリアには、俺の名前を呼んでほしいと思った。
「アリア。俺のことは『勇』って呼んでくれないか?」
「わかりました。これからよろしくお願いします、勇様」
様とついていることに不満がないとは言わないが、より立場が上である国王すらも俺に様という敬称をつけるのだからそこは割り切るしかないか。というか国王は立場もあるので俺を名前で呼ぶことはないだろう。
それから沈黙が2人の間を包み込む。俺はその沈黙を特に気にすることもなく素振りを続けている。アリアも同じ心境のようだ。それから俺たちはしばらく素振りをし続けた。
俺たちが素振りをやめたのは6時になった時だった。実に1時間半近く素振りをし続けていたことになるが、何故かあまり辛くなかった。これが勇者補正という奴だろうか。
俺たちは食堂が6時に開くのでこの時間にやめて、アリアを誘い、一緒に食事をしに行くことにした。
「なんかおすすめのメニューとかある?」
「私はよくオーク肉を食べます。10年程度やっているベテラン冒険者ならば毎日狩れる程度の強さであり、入手難度もそこまで高くないのに、味はとてもおいしいんです!」
オークと言っても人型ではないだろうか。それならば抵抗感などあってもおかしくないと思う、というか俺は抵抗感があるのだが、大丈夫なのだろうか。
というか、ゲームやラノベの設定に於いてオークは雑魚であることが多いと思うのだが、ベテランに到達できてない者たちは結構苦労して狩るものなのだろうか。
メニューに関してのその他のバリエーションは、全体的にヨーロッパの食事だった。ステーキとかハンバーグとか肉類は多いが、魚類が全く以ってない。ここはユーラシア大陸に例えるとロシアの中央部と東部の間を東に行った場所なので、海がないから魚も獲れないのは当たり前なのかもしれない。
「じゃあ俺はこのオーク焼きってやつで」
「私もそうさせていただきます」
料理が運ばれてくるのを待つまでにずっと沈黙しているのも面白くないので、何とか話題を探してアリアに話しかける。
「アリアは、王族の中ではどのくらいの立ち位置なんだ?」
「かなり低い方ですね。王位継承権は第13位です。上から全員言いましょうか?」
「あ、ああ」
「一番上が第1王子、ミカエル。次が第2王子、ラファエル、第3王子ベリアル、王弟ザフキエル、ミカエルの長男ガブリエル、次男ヨエル、三男サキエル、第1王女ハミエル、第2王女ウリエル、第3王女レミエル、第4王女レリエル、そして私、第5王女アリアです」
多い。とにかく多い。しかし――アリア以外の全員が天使名なのが少し引っかかる。アリアはなぜ仲間外れなのだろうか。
「アリアだけ天使名じゃないのは何か意味が?」
「私は、いらない子として名づけられました。アリアって名前は、空気という意味です」
日本語でアリアは空気という意味ではない。ここは日本語圏ではなかったのだろうか、なぜ名前だけヨーロッパ風なのだろうか。
ちなみに俺の知識の限りではアリアは音楽に関係する名前だった記憶がある。
「予想以上に重い理由だな……」
「なので、私はいずれ神都から出て行こうと思っています」
その発言に、俺は何も言えず、話を流すしかなかった。そして、そのタイミングで運ばれてきた食事を2人で食べ始めた。