1話 異世界召喚
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「――!」
俺は、トラックに衝突されそうになっている幼馴染に向けて、全力で疾走する。
暗い夜道を照らすトラックの強い光が俺の視界を覆い隠し、次の瞬間トラックが俺にぶつかる衝撃音が俺の耳を麻痺させる。
そして何よりも、凄まじく大きな衝撃が俺の脳を、全身を、純白に塗り替えていく。
俺が幼馴染を庇ってこんな状況に陥っている事実。それすらも俺の頭から引き剝がされる。俺の脳内が、全身が、痛みで上書きされていく。
最後、何もかもを失った俺に残ったのは、涙を流しているが――それでも無事な幼馴染の姿。何十年もの月日を共に過ごし、見慣れた笑顔。その笑顔が涙に覆われ、崩れていたから――俺は彼女を心配させないために、精一杯微笑んだ。
目を開くと、そこは広く、豪奢な広間のような場所だった。突然切り替わった視界、空気感、そして先ほど死んだはずだという事実が、俺から現実感を奪っている。心臓はまだ早鐘を打っている。
俺の正面には豪華な椅子、それこそ前にアニメか何かで見たような、所謂玉座が鎮座し、そこには豪勢な服を着、装飾をした壮年の男が座っている。男の周りには、彼ほどではないものの余程豪華な服や装飾の男たちが数人いる。
男は俺が目を覚ましたことに気づくと、俺に深く頭を下げる。同じくその周りの男たちも俺に向かって礼をする。
「勇者様、お目覚めになられましたか」
勇者様。「様」という敬称をつけ、尊敬語で喋っている時点で俺の方が格上。だからか咄嗟にタメ口で喋りかけてしまう。今度は注意しようと心に決める。
俺はまだ混乱しているので時間をもらおうと、男に話しかける。
「少し時間をくれないか。個室に籠りたい」
「わかりました。では今すぐにご案内します。1時間ほどしたら部下を迎えに送ります」
幸いなことに、話の通じる人間だったようだ。男は部下を呼び、部下はすぐに俺を個室へ案内してくれた。
個室の中、俺は部下が部屋から離れたことを確認すると、耐えきれずベッドに飛び込む。
「あああああああああああああああああ!」
何もかも忘れたい。
あの死の衝撃。
その瞬間の幼馴染の表情。
俺が死んだら、彼女に与える影響はどれほどのものになるのだろうか。
俺は死んだといえるのだろうか。
俺はまだ生きているのに、彼女だけが駄目になったら俺はどうすれば、どうやって責任をとればいいのだろうか。
そのうち俺は考えることをやめ、狂気的な笑顔を浮かべたまま眠りについた。
部屋の外からノックが聞こえる。
俺はハッと目を覚ます。
どうやら眠っていたようだ。口の中がカラカラに渇き、眠りから覚めた時の不快感が一気に俺を襲う。
だが俺はすぐに思い出した。あの男は確か、1時間ほどで部下に迎えに行かせるといっていた。という事は1時間が経ったのだろう。俺は大人しく扉を開け、部屋の外へ出る。
移動は無言だった。俺と男の部下の足音だけが廊下を響いていた。不気味な静寂はすぐに終わりを告げた。先ほど目覚めた広間に数十秒ほどでついたからである。
「勇者様、よくぞいらっしゃいました。どうかこの世界をお救いいただけませんか?」
「条件による。とりあえず状況を説明しろ」
数十秒のうちに目覚めの不快感と眠りにつく前の混乱を追い払い、平静を取り戻していた俺は、無表情で男に命令した。男はきょとんとした顔で口を開く。
「と仰いますと?」
「ここはどこなんだ? それでお前の立場は?」
この場所に来て目覚めてから考える暇がなかったが、現在俺は極めて非現実的な状況下に置かれている。死んだはずなのに自意識があるのもおかしいし、場所が切り替わるのもおかしい。俺が全く以って成長したような姿でもないのに事故の傷跡が全く残っていないのもおかしい。
「ここは……勇者様から見ますと異世界、その中で最も大きな大陸である中央大陸の北東から東にかけて位置する中央3大国の1つ、アラナンド神国です。私はアラナンド神国国王、ルシフェル・ステイシア=アラナンドと申します」
「つまりここは異世界の大国でお前は国王ということか」
勇者は国王が遜るような立場である、ということ。つまりここは戦士が重要視されているような世界なのか?
とはいえ勇者がいい立場に置かれているというのは俺にとって非常に都合がいい。元の世界に帰るためにも頑張ろうではないか・
「世界を救うというのは具体的に何をすればいい?」
「どうか魔王を討伐していただきたく思います。そのために、聖剣を手に入れる儀――聖剣の儀を行っていただきたいのです」
聖剣。その説明も国王に求めた方がいいのかもしれないが、自分で大体補完できるので訊かないでおく。圧倒的な力を秘めた剣とか、武具とか、そういったもののことだろう。
「聖剣を手に入れるというのは誰でもできる訳でもなく、全勇者と一部の一般人が持つ『聖剣への適性』というものが必要です。聖剣は幾種類もありますが、その中でも適性のある聖剣だけを扱うことができます」
「わかった。で、どうやってするんだ?」
聖剣の儀、と言われてもどのようにするのか全く浮かぶものがない。
「この王宮の裏庭に聖剣が数多く挿されています。それに近寄れば、直感でわかるはずです。自分がどの聖剣に適性を持っているのか」
驚くことに、王宮の裏庭には岩場があった。ごろごろと岩がある、その岩に、何十もの聖剣が挿されている。
国王の説明によれば、聖剣がこれほどまでに多いのは勇者が複数いるため。一般人も適性があれば聖剣を扱うことは出来るが、勇者ほど自由自在に扱えるわけではないらしい。また、1人の勇者は1つの聖剣の適性を持ち、1人につき1本分聖剣があるようだ。聖剣に選ばれた一般人は勇者の代替に過ぎないとのことだ。
また、聖剣は想像を絶するほどの力を持っており、当然勇者は聖剣を持たずとも強いのだが、聖剣を使うとさらに強化されるらしい。だから国王はわざわざ俺に聖剣の儀を、真っ先にやらせたのである。
俺が辺りの聖剣を見回すと、何十年もの月日を共に過ごし、見慣れたような聖剣を見つけた。それは、特に目立った剣だった。剝き出しの白銀の刀身が陽光を受けて輝き、その力を強く主張している。
俺はその剣に近寄り、精一杯の力をかけて抜き取る。思ったよりも固く、抜けた瞬間俺は思いきり後ろの岩に身体を打ち付けた。とはいえ聖剣は目的通り抜き取れた。