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箱庭の小人たち  作者: アッキー
第3章 退廃の箱庭
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16話 これからの話

『今から二十年前、2つの勢力キリリアント帝国と、ブリテン同盟連合が、戦争状態に入りました』


 砲弾が飛び交う中を、兵士たちが駆け抜ける。

 ある者は反撃し、ある者は治療し、ある者は動かない。


『きっかけは些細なものでした。ブリテン同盟連合所属の記者が、キリリアント帝国所属の記者に煽られ殴ってしまった。最初は二人の取っ組み合い、しかし、それだけに収まりませんでした。やがてそれは周囲を巻き込んだ乱闘騒ぎとなり、死者を出してしまいました』


 大勢の人たちが取っ組み合い、そして鉄パイプのような金属棒をもちリンチする様が映される。


『同じ勢力なら、行政が介入し終わったことでしょう。しかし、それが敵同士の勢力による事件だとしたら? ただの記者同士のもつれが国の問題となり、やがてそれは報復という名の戦争となりました』


 指導者だろうか。老齢の域にいた人々が次々と現れ、討論を述べていく。

 内容はどれも、相手国を非難中傷し、自国民を煽動するものであった。


『単を発した記者同士から始まった乱闘。それはやがて死傷者1千万人にも及ぶ大戦争となったのです』


 落りそそぐ爆弾。

 沈んでいく戦艦。

 倒壊していく建物。

 築き上げられていく死者の山。

 

 それでもなお人は争いを止めない。

 

 映像に映し出されていくのは、人が人を殺していく戦争の映像。

 兵士が兵士を殺し、兵士が民間人を殺し、民間人が兵士を殺す。

 殺戮のロンド。白黒ではない、カラーの鮮明な、それこそ目の前に起こっているかのように思える映像美。

 故郷ではなく、かつ過去の出来事。自分とは程遠い。

 なのにどうしてだろう。


 他人事のようには、リリには思えなかった。


『〜こうして、この二十年に及ぶ戦争は各主導者による調停によって幕を閉じたのです』

『この2つの国はまだ存在しております。ですが、きっともう戦争は起こらないでしょう。私達はあの戦争で流れた、()()()を知っております。2つの争っていた国が手を繋いだように、私たちも手を繋いでいきましょうではありませんか』


 子供たちが手を繋いで輪になる。

 そして、大人たちも手を繋いで輪を形成していく。

 音楽が流れる。穏やかなで、安らぐ気持ちにさせる音。

 

 次第にスクリーンが暗くなっていく。そして、映像が途切れた。


***


 シアターの照明がついた。


「終わった……の?」

「多分な」


 隣に座るパルパに目線を合わせず、リリは言葉を吐く。パルパも同じくリリに視線を合わせず、乳白色に戻っていたスクリーンを眺め続けていた。


「……ドキュメンタリーだったね」

「そうだね、フィクションじゃなかった」


 二人だけのシアター。

 言葉が虚しく、宙に溶けていく。


「……結局、この世界が滅びた理由は何だったのかな」

「分からない。ただ可能性として高いのは」

「高いのは?」

「また戦争が起こった……という事さ」


 パルパの言葉に、リリは手を軽く握ったまま目を伏した……。

 

 外は、映画を見るよりも暗くなっていた。夜へと近づいたということもあるだろうが、理由はそれだけではない。

 外は雨が降り続いていた。

 植物を育てさせ、そして人の気配を流していく雨。

 雨を受け止める世界をじっと、リリは眺めていた。

 

「……誰もいないね」


 リリは腕を擦る。体を小さくする彼女の肩に乗っていたパルパは、彼女の白い横顔をレンズに収めた。


「居ないな……さっきの映像が応えたか」

「いや、別に。なんだかんだいって、ここは私の世界じゃないし」


 意地のようなリリの声音は、雨音によって、霧散せずかき消されていく。


「じゃあどうしてそんな顔してる」

「……希望ってないのかな」


 雨がフレーム向き出しの車に当たり、反発したような音を出す。

 雨風が、窓ガラスや壁が崩れた店内へと入り、陳列された商品を汚していく。

 陥没した道路に池を形成していく。

 人のいない世界に雨が降る。


「人は分かりあえてた筈じゃないの」


 腕を擦るリリ。

 体を小さくし、口を小さくして、体を小刻みに震えても、寒さは防ぎようになかった。


「……言ったろ、あくまで可能性だって。別の要因、例えば何か病気が流行って滅びたかもしれない」

「うん、そうだったね」

「店内に戻ろう。雨の中を歩くこともない。ゆっくり今後の事を考えればいいさ」

「……そうだね」


 リリは改めて、雨に濡れた世界を一通り、そしてゆっくりと眺めた後、踵を返した。


 リリたちは雨音が聞こえない映画館の中へと戻った。

 散乱したホール。そこに居続けることをよしとせず、向かったのは先程の映画をみたシアターである。

 シアターに入ったリリはパルパのライトによって、壁のスイッチを探し当て照明をつけた。


 中は映画を見たときと同様、ゴミひとつ落ちていない清掃された状態である。

 座席も同様であり、汚れ一つなく、そのうちの一つにリリは腰掛けると、背もたれに体重をかける。

 視線は上に、スクリーンではなく、天井に無数に掲げられた照明へと向けられる。

 目を閉じると先程の映像が思い浮かんだ。殺し合う光景、死体の山。そして、戦争が終わり涙を出しよろこびあう人々……その人たちはもういない。


「……パルパの世界もさ、戦争で滅んだんだよね」


 目を開けたリリは天井を見上げながら腕を上げる。力をいれず、でも肘を真っ直ぐに伸ばして、天井にある照明から放たれる光を掴むように手を閉じた。


「そうだけど、何か」


 平静な揺らぎない声音をパルパは出す。だが彼と出会ってから半年近く一緒にいたリリにしてみれば、その声音は取り繕っているように思えた。


「世界を作っておきながら、神様は何もしなかったのかな。そこに住まう人たちのことはどうでもいいのかな」


 伸ばしていた手を閉じたり開いたりするリリ。でも、それで何かを掴めることはなく、あるのはなんの反発もしない空気だけであった。

 

「……俺は神を信じてないよ」


 リリは肩にいたパルパをチラリと見る。

 彼の体は、自然界では見られないほど、精巧に作られている。神ではなく、人の手によって作られた真っ黒の体。

 それを彼がどう思っているかは分からないが、少なくとも私は嫌いではなかった。


「私は……どうかな。ただ、いるとして会ったら文句を言うかな」

「何ていうの」

「くたばれクソ野郎」


 これまで、冷静な声音を出し続けていたパルパが、笑い声を上げる。人間のように、まるで腹を抱えているかのように彼は笑い続けた。


「さいっこうだね。やっぱりリリといると退屈しないよ」

「そういうパルパはどうなのよ」

「俺?」

「そうよ、もしカベで分断された世界らを作った神様に出会ったら、パルパは何て言うの」

「俺は……そうだな」


「何もしないで、て答えるかな」


 静寂が、辺りを包み込む。

 リリは、直ぐには答えなかった。背もたれにくっついていた背中を剥がすと、そのまま丸める格好を取る。

 自らの手を眺めるリリ。かつての記憶より、随分と大きく見えた。


「……強いね、パルパは」

「君ほどじゃないさ。君に誘われなければ、戦争で誰も居なくなったあの世界から出ようとは思わなかった」

「私はただ故郷に帰りたいだけだよ。パルパのように自らの生きる理由を探すため……なんて、大層な理念は掲げてない」


 パルパと旅立つ決意をした瞬間を、薄っすらと思い起すリリ。俯いている顔を起こさず、ポツリと出た言葉に対し、彼女の肩にいるパルパは見動きした。

 

「忘れてないリリ。俺が旅に出た理由の一つを」

「……かつてのご主人を探すため?」


 俯いていた顔をリリは上げ、肩にいるパルパを見やる。

 そこには汚れのない、黒い丸っこいボディのパルパが針のように細い四足を駆使し、体を沈ませ頷きの仕草をしているところであった。


「俺を残し、トビラをくぐって別の世界へと渡ったご主人に会う。それもまた後ろ向きとは言わない?」

「そうかもね。て事は私達は似た者同士だ」

「そういうこと」


 足を上げるパルパは、そのまま前面についているレンズ付近を叩く。

 人間でいう所の、ドンと胸を叩く仕草だろうか。きっと彼が人間だったのなら、キメ顔をしていたに違いない。


 そう、想像した時にはリリは笑っていた。

 最初は小さく、けどその笑い声は次第に大きくなっていく。

 やがて声はシアター中に響き渡った。そして、そこには彼女だけではなく、彼の笑い声もまたが混じっていた。


「励ましてくれてありがとね」

「どういたしまして」


 リリは再度、背もたれに体重をかける。

 けど、今度は不安な気持ちに襲われる事は無かった。

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