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箱庭の小人たち  作者: アッキー
第3章 退廃の箱庭
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15話 幕が上がる

 扉は鍵がかかって無かった。

 いや正確に言うなら鍵が壊れていた、というのが正しいかもしれない。


 映画館内部に入ったリリの目に映ったのは、外の世界と変わらぬ退廃具合であった。

 床に無惨にガラスを撒き散らしている落ちたシャンデリア。どうなったらこうなるんだと思えるほど引きちぎられたカーペット。強盗にあったよりも散乱したカウンター。

 そして……機能停止し床に転がる()()()()


「動きそう?」


 ロビーに倒れていた、人間の半身ほどの大きさの丸みを帯びた2本腕のロボットに、リリは近づくと膝をつく。

 パルパはリリの肩から、倒れているロボットの上に乗り移る。彼はしばらくロボットの体上を歩き回っていたが、やがて動きを止めた。


「……いや、バッテリーがないし、それに回路もいかれてる。安物なんだろう。直した所で定型文しか喋らないタイプさ」

「そっか……」


 目を落とすリリに、パルパは大げさに手ならぬ足を振って見せた。

 

「リリ、悲しむ必要はないよ。これは思考しないタイプのロボット。言うなればハサミやドライバーのようなただの道具のようなものさ」

「パルパとは違う?」


 目を細め、彼の黒い小さな体に向けるリリ。だが、彼は目の代わりとなるレンズを、リリの紅色の瞳に合わせる事なくそっぽを向いた。


「……違うよ」


 静かで荒んだ室内に、彼の声が響き渡る。その声は機械とは思えないほど、なだらかで……湿っていた。


「……分かった」


 唇を軽く噛みつつリリは、ロボットから離れる。合わせてパルパも倒れているロボットから離れ、彼女の固くなった肩へと乗り移った。


「映画……何処で見れるんだろう」


 立ち上がり肩を動かすと、リリは改まって室内を見渡す。暗く、湿った、音のない寂れた空間。

 放置されて何年が経っているのだろうか。想像することすら困難に覚えるほど室内は荒んでいた。


「あの先じゃないか」


 彼女の肩にいるパルパがとある一点を指差す。

 そこは割れた窓からの光が届かない、建物奥へと続く通路であった。

 

「パルパ、ライトお願い」

「任せておけ」


 パルパの前面につけられているレンズから、ライトが点く。

 お陰で、光が届かない空間内での詳細が明らかになった。


「……ものが散乱しているね」

「それは知らないよ。どかしながら進んでくれ」


 奥の通路は、瓶やカゴが床に散乱しており、ロビーと同じように荒んだ様相であった。

 リリは、パルパが出すライトを頼りに、物が散乱した荒んだ通路を足を使い進めていく。

 一歩進むたび、薄汚れた床や壁面が目の前に現れる様は、否が応でも時代の流れを感じさせた。


 人は本当に居なくなってしまったのだろうか。

 そんなことを思いつつ、リリはやがて通路に面した扉へとたどり着いた。

 一人用ではない、大人数が一度に出入りが出来る大きさであり、シアターの入口であるように思えた。

 扉は、力をかけると映画館の入口と同じく軋んだ音を伴いながらも、さしたる抵抗もなく開いた。

 

 パルパのライトに照らされ、目に入ってきたのは、曲面を帯びつつも視界全てを飲み込むほどの大きなスクリーンである。

 乳白色のスクリーンは、穴一つ無いどころか汚れすらなく。映像を投影すれば、十分見る事が可能な状態であった。


「大きい」


 麦わら帽子のつばに指をかけ、見上げるリリ。表情筋は弛緩し、呆けたような表情へと変わっていた。


「だな。だが、スクリーンが同じでも見れるかどうかは分からないぞ。そもそも電気が生きているかすら怪しい」


 首ならぬ、体を振るパルパ。その動きにあわせ、ライトが左右に、落ち着きなく揺れ動いた。


「それもそうね、制御室にでも行けば何か分かるかも……」


 麦わら帽子のつばに指をかけたまま、辺りを見渡すリリ。だが、彼女の視線とパルパが照らすライトの先が合わない事もあり、彼女が見る先は、真っ暗な詳細が見えぬ闇である事が多かった。

 だからこそ、突如として光が辺りを包んだとき、リリは目が眩んだ。

 

 突然の明かりに怯んでしまうリリ。だが、暗闇に適応できるように光にも適応できるというもの。

 時間をそこまでかけず、リリは目を十分に開ける事ができるようになった。


「照明……がついたの」

「そのようだ……リリあそこを見てみろ」


 照明がついたシアター。

 何が起こっているのか分からないまま、リリはパルパの指示する通り、スクリーンの前へと視線を向ける。

 そこにいたのはロビーにいたのとカラー違いの、足のない二本腕のロボットであった。


「当店にお越しいただき、ありがとうございます。もうすぐ上映時間であります。端末の電源はお切になりましたか。今一度確認してくだい」


 人間に近いものの、機械と分かるほどに若干硬い声音である。

 ロボットは楕円体のボディから出た2本のアーム上の腕を駆使し、説明を続ける。

 話の内容はマナーや避難経路と言ったものであった。


「電気がつくなんてね」

「驚きだなシステムがまだ動いていたとは」


 突然の出来事に、どこか他人事のように言葉を吐くリリたち。

 リリは目をつぶり頭を振ると、肩にいるパルパを見て、そしてスクリーンの前にいるロボットに目を向けた。


「そうだね……おーいロボットく〜ん、これから何の映画が上映されるの〜」

「先にこの世界で何が起きたか聞くのが先じゃないのか?」

「あ、そうだった。忘れてた」

「君というやつは……」


 頭を抱えるパルパ。律儀に4本足の内、1本でボディレンズのある前面部を抑えている。

 一方、聞かれたロボットはリリに対応することなく、そのままマナー関連を喋り続けていた。


「聞こえなかったのかな」

「いや、客の質問に答えられるほど、高度ではないのだろう。だからこそ、頑丈とも言えるが……」


 含みがある言い方のパルパ。

 リリは目をゆっくり閉じた後、長い息を吐く。しばしの沈黙を経た後、開かれた彼女の瞳は陽炎のように揺れていた。


「……客がいない中、ずっと説明していたのかな」

「多分な……」


 肩にいるパルパの言葉に、リリは麦わら麦わら帽子を下げ、目元を隠した。


「悲しいね……」

「悲しいという事も理解できないさ」

「でも……それでもやっぱり悲しいよ」

「……」


 外とは違う意味の、シミった雰囲気が辺りに流れる。

 雰囲気に合わせるように、照明が暗くなっていく。何も見えない真っ暗闇ではなく、肉眼で座席の判別が出来る程の、暗さへとシアター内は変わった。


「映画が始まるみたい」

「そのようだな。見ていくのか」

「勿論、見たかったこともあるしそれに……彼が用意してくれたんだもの。見なくちゃ」


 薄い暗闇の中、リリはスクリーンの前から去りつつあったロボットに目を向ける。わちゃわちゃと二本のアームを動かし、慌ただしく去っていくロボットに笑みを思わず漏らすと、キレイに清掃された座席の中から、シアター中央、スクリーンを一望できる位置に座る。

 パルパは彼女の肩には乗らず、隣の席へと座った。


「それでは皆様、これから映画が上映されます。くれぐれも上映中は喋らないようにお願いしますね〜」


 スクリーンから降りた後、元気よく手を振る案内役のロボット。

 彼に答えるようリリも手を振り返す。


 こうして退廃した世界の中の一劇場にて、何年ぶりか分からぬ観客を前に、映画が始まるのであった。

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