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箱庭の小人たち  作者: アッキー
第3章 退廃の箱庭
15/19

14話 人の居ない世界

 何かが違う。

 それがこの世界に来て、リリが感じた第1印象であった。


 灰色の天井に床。

 所々ひび割れている上、薄汚れている。

 降り立った地が前回とは違い、室内なのは分かった。


 しかし、そんなリリの考えを一抹の風が拭い去って行く。 

 室内なのに、風。

 前を注視すると、前方に広がる窓ガラスが割れているが目に入った。

 割れた窓ガラスの先にあるのは灰色の空である。


 灰色の天井と床、そして空。

 暗い世界……しかし、それだけではない。リリは背筋が薄ら寒くなるのを感じた。

 違和感の原因を確かめる為、リリは足を進める。

 最初は砂利を踏む感触だった。それがやがてガラスを踏むパキパキとした感触へと変わる。

 

 割れた窓ガラスの前に立ったとき、今までよりも強い風が吹き、リリの目を覆う。

 風がようやく止み、目を開けたとき入ってきた光景は、暗い世界などと呼べる代物ではなかった。


 眼下には、何十階もあるであろう建物が土地を埋め尽くすように乱立している。あるものは直立したまま、あるものは傾き隣の建物に寄りかかっている。そしてあるものは倒れ、真っ二つに割れている。


 合間を縫うように走る道路もまた、多くの部分がひび割れ所々水没している。


 そして、それらの多くが、植物や苔によって覆われていた。


 人の……気配がない世界。


 リリの体は、鳥肌で全身が覆われた。吐く息が白くないのに、真冬のように冷たく感じる。


 外の景色から、視界をそらし室内を見渡すと、ひび割れた天井や床が、まるで人混みの中から知人を見かけた時のように、目立って見えた。


「どうやらここは、人類が衰退してしまった世界のようだな」


 被っていた麦わら帽子が上がり、中の住人であるパルパが姿を表す。そして彼はそのまま外に出ると、リリの肩に止まった。


「ちょっとパルパ、早く出てくれても良かったじゃない」


 口をとがらすリリ。しかし、言葉とは裏腹に彼女の表情は緊張から、不安を懐柔したかのような柔らかな顔つきへとなっていた。


「別に、君が出てくるよう頼まなかったからさ」


 拗ねたように発言するパルパに、リリはここ最近の出来事を振り返る。

 最近渡った世界はどれも技術レベルが低くパルパの存在が異質となる世界であった。その為にここ最近は彼を麦わら帽子の中へ隠す事が多く、彼がお願いしても外に出してはいなかったのである。

 リリは、肩にいるパルパに視線を合わせられず、ひび割れたガラスが散乱している床へ目を落とした。


「悪かったよ、パルパ……代わりに今回はずっと外に出てもいいからさ」

「君が言わなくともそうするつもりさ」


 パルパの言葉に、リリは口端を微かに上げ意識して笑みをつくると、割れた窓ガラスからこの世界を再度眺める。

 

 今いる場所が、俗に言う高層ビルの一室であると、リリは周囲の状況から理解した。

 前の世界と比べ随分と低いが、寧ろ前の世界が高すぎたと言えるだろう。

 100mもないであろう高さだが、それでも、この世界の様相を見通す分には問題は無かった。


 針葉樹のように直立なものだけでなく、熱帯雨林下の木々ように折れ曲がっているビルもまた乱立している。また、整備されていない小道にある小石のように、放置された車と思われる物体が、道路を塞ぐように点々と存在している。

 そして、灰色や白色が希少色と思うほどに、視界内は蔦や苔と思われる緑色が世界を支配していた。

 眼下の世界……それは、人工に整備された世界ではなく、自然に飲まれた世界であった。


「……人は居ないのかな」


 独り言のように、眼下に広がる世界に放たれたリリの言葉は灰色の曇り空のもと霧散する。

 それをかき集めたのは、一人、彼女の肩にいる彼だけであった。


「多分な……俺のセンサーにも人を感知できていないし、それに……この世界は()()()()、人が絶滅した世界に似ている」


 珍しく、辿々しく紡がれたパルパの言葉に、リリはまるで水の中にいるようにゆっくりと頷いた。


「……確かに似ているね」


 リリは眼下の、退廃した世界に目を向けている。それはパルパも同様である。

 だが、恐らく彼と私の想いは違うだろうと、リリは思えた。

 重たい荷物を背負っているかのように、口を噤み背中を丸めながら、リリはしばしの間、退廃した世界を見つめ続けるのであった。


***

 

 ビルを出て早々、リリを襲ったのは都会では感じられない程の湿った濃い植物の匂いであった。

 まるで湿地帯に踏み込んでしまったかに思える匂いに、リリは鼻に手を当てながら、退廃した世界に足を踏み入れた。


 一歩目はこれまた、都会では感じられない柔らかな感触だった。コンクリートではなく土の感触である。

 道路と思われる場所も、今や運転がままならないほどの、腰ほどにもある高さの長い雑草に覆われている。

 その為、植物が堆積し腐葉土となっていた道路の上を、植物をかけ分けながら足を進めていく。

 

 道路に面した高層ビルは、その多くは入口が瓦礫によって塞がれているか、倒壊し入口そのものが潰れてしまっていた。

 ガラスと呼べるものはほとんどが割れている他、割れていなかったとしても蔦のような植物によって覆われてしまっている。

 

 商店などのお店も無論その例にもれていない。

 割れた窓から雨風が吹き込んでいたのか、中の様相は荒れており、床に散乱している商品などは日焼けもしくは苔が生い茂っており、かつての姿を思い起こすのに困難を覚える程の変化である。


 道を照らす外灯は根本からぽっきり折れているか、これまた植物に覆われており、機能を失って長い時間が経っている事が見受けられる。

 それは、信号もそうだし、標識もそう、掲示板もそう。街全体が、かつての姿を思い起こすのが難しく思えるほど退廃しており、街としての機能を失っていた。


「ねぇ、どうしてこの世界は滅んだのかな」


 所々、湿地のように水没し、植物を生い茂る道路の真ん中を歩きながらリリは呟く。

 辺りに生えている植物に、音の大半は吸収されたが、それでも肩に彼にとっては十分な声量であった。


「どうしてってそんなことわからないよ」


 リリから顔を逸らすパルパ。それにリリは気づかなかった。


「パルパでも分からないの」

「分からないさ。何せ個々の世界が個々の歴史を辿る以上、発展する流れは異なるし、それこそ滅びの原因も違うものだ」

「まぁ、そうだけどさ」

  

 道端にある、フレームが剥き出しとなった車にリリは足をかける。

 ギシッと、無機質な冷たい音を立てて、車体が少し沈んだ。


「車の上に乗ったくらいじゃ、世界は見渡せないよ」

「そうだけどさ、けど少し先の景色は見れるじゃない」

「それで、何か分かった」

「いや。崩れた建物に、自然に侵食された人工物。変わらなぬ光景がずっと先まで続いてる」

「管理されてなければそんなもんさ」


 車から、草原となっている道路へリリは飛び降りる。

 柔らかな感触は膝に優しいけど、それがひどく残酷であるように感じずにはいられない。


 その後、しばし膝に優しくなっている道を歩いていたリリであったが、そんな中とある看板が目についた。

 デフォルメされた犬が驚いた表情をしている絵がデカデカと大きく、そして大げさに描かれている看板。それは他の看板とは異なり、異物のように退廃した世界の中では目立っていた。 


 看板は建物の一階と二階の合間に設置されており、看板下の一階にはガラスが割れているショーウィンドウがあった。

 ショーウインドウの中には、横一列に10枚以上のポスターが貼られている。多くのポスターが日焼けしていたり、雨風でカビが生えていたりして識別できる状態ではなかったものの、読めるものもまたあった

 スポーツしている絵に、恐怖を煽るような絵。ジャングルの絵に、変な格好をした人の絵……バラエティ豊かなそれらは、温度差で風邪をひいてしまう程に、外の世界と異なっていた。

 

「この建物は映画館か何かだったのかな」


 ショーウインドウ内に飾られたポスターに、手を近づけるリリ。

 ただ、その劣化具合に、触れたら壊れてしまうんじゃないかと思い直し、途中で手を止めた。


「かもな、創作物を楽しむ点に関しては、どこの世界も同じらしい」


 冷静に分析するパルパ。彼の言葉に、リリは小さく首肯しつつ口を開いた。

 

「じゃあ、映画を見ればこの世界の暮らしや、何が起こったか分かるんじゃない」

「見れるとは限らないよ」

「見れないとも限らないじゃない」


 いつもの押し問答。楽観的なリリの言葉に、たった一言、任せるとパルパは言い残す。

 いつもよりあっさりした幕引きに、リリは肩にいるパルパに顔を向けた。


 ロボットである彼の体は、半光沢の黒い丸っこい形であり、人間のように顔のパーツは存在しない。彼にあるのは目の代わりとなる単眼レンズのみである。

 その為、感情を読み取リは主に、彼が行うボディランゲージからなのだが、この時の彼はあまりに無行動であった。

 体を揺らさす、足もぴくりとも動かしていない。

 

 不動のパルパに一抹の不安を抱きつつも、リリは映画館の扉に手をかけた。

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