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箱庭の小人たち  作者: アッキー
第2章 塔の箱庭
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12話 宴の最中

「ガハハまじかよ、リリ!」

  

 耳をつんざくほどのボリュームを伴い、口に白い泡を付け、大声を上げる男性。

 そんな彼の前に座る、子供のような面影がどことなく残っている男性はジョッキを片手に口を開いた。


「ホントですよ親方。リリさん凄かったんですから。こう殴りかかった相手の体勢を崩して、倒したんですから」


 腕を振って、あの時見た光景を再現しようとするロイ。彼の熱弁を受け、親方を含めた周囲の人間はリリに目線を向けた。


「いや、それ程でもないですよ」


 頬を紅くし、親方の隣りに座っているリリは手を振ると、謙遜する。

 

 昼間の1件を親方に見られたリリ達。

 その後、彼の呼びかけに仕事場の仲間たちが集まり宴会が始まったのである。

 肉をメインとした食事に、アルコールが入った飲み物がテーブル上に立ち並ぶ。酒が入った席。話のタネは無論、昼間の1件であった。


「ただ、その場に居たから、何とかしなきゃって、思っただけです」


 照れながら、言葉を紡ぐリリ。そんな彼女に、周囲の人間から質問攻めがなされ始めた。


「でも、相手を1人倒したんだろ?」

「倒したといっても、転ばしただけですよ」

「でも、相手はリリより体格の大きな相手だったんだろ? 普通できるかね」

「……少し前に護身術を学ぶ機会があったというだけですよ」

「誰に習ったんだ?」

「私の師匠的な人です」

「会ってみたいな、何階に住んでいるんだ?」

「師匠は人嫌いですから……多分会えないと思いますよ」


 答えながら、手に持っているジョッキにリリは口をつける。

 苦いジュース。これまでいくつかの世界で飲む機会はあったが、味は好きにはなれそうにない。

 しかし、酔う事自体は嫌いではない。今こうして飲むのだって、酔うために飲んでいるようなものであった。


「護身術か〜。どうしてそんなものを習おうと思ったんだ」

「安全を確保する為ですよ。それに……こうして役に立つこともありますし」

「だな、ありがとなリリ。コイツを守ってくれて」


 親方は、前に座るロイを指し示す。

 ロイと言えば、先程見たときよりも酒により頬がより紅くなっていた。口からは酒臭さが溢れており、目の焦点が定まっていない。

 酒に酔った人は、大きく分けて2つのタイプに分類される。大胆になるか、大人しくなるか。ロイは、後者であった。


「いや、ホントにリリさんには合わせる顔が無いっすよ。ホントに……」


 しおらくなるロイ。

 彼の顔には、生き生きとした生気が抜けており、仕事場での飄々とした面影はそこにはない。

 そんなに落ち込むことは無いのに、そう思いつつリリは再度ジョッキをあおいだ後、口を開いた。


「でも、男らしかったですよ。3人相手に怯まず言い返して、立派でした」

「いや、立派じゃないよ……実際リリさんが介入してこなければ、タコ殴りにされてたよ」


 弱々しく言葉を紡ぐロイ。彼のブラウンの瞳には涙が滲んでおり、湿ったい空気が辺りに流れ出す。

 多くのものがかける言葉を言いあぐねている中、言葉を放ったのは、彼の前にいる人物であった。


「いいや立派だったぞロイ」


 親方は、しみったれていた空気を吹き飛ばすように上ずった声を上げると、ロイに酒宴により赤くなっていた目を合わせた。


「俺はな、嬉しいんだ」

「何がですか……」

「お前が仕事を誇りに思っていたことがさ」

「えっ」


 ロイは呆けた表情となった。彼は、ぱちくりし、瞬きしながら、親方に顔を合わせた。


「いや、仕事って、俺は……」 


 合わせた顔を、直ぐにロイは外す。それでもなお親方は顔を動かさず、彼を視界の中心として収め続けた。

 

「俺たちの仕事は確かに泥臭く、汗臭い、給料も少ない、辛い仕事だ。でもな、それでも人類……いや世界を造る偉大で立派な仕事だ。それをお前は行動で、示してくれた」

「行動って……親方聞いてたんですか」


 恥ずかしいのか、ロイは頬を指でかじりつつ、外していた顔を、再度親方に合わせる。

 ロイと親方、駆け出しの若者と完結しつつある中年の視線が、交わった。


「まぁな、それにお前が他人のことで怒れる事も知っているさ」

「親方……」


「恥じるな、お前は誇れる俺たちの仲間だ」


 親方の言葉を受け、ロイの目には涙が流れていた。

 男泣き……とでも言うのだろうか、10代中頃の少女であるリリには良く分からなかった。

 だが、親方含め仲間に励まされながら、泣き続けているロイを、羨ましいと感じるのは確かであった。


***


 太陽は地平線へと沈み、星々や月が世界を照らし始めた頃、リリは塔の屋上にいた。

 吐く息は熱く、頬は紅い。足はもつれ、辿々しい。そのような形で彼女は歩き続け、やがて作りかけの壁にぶつかると、そのまま壁を背に座り込んだ。

 

「全く、飲みすぎなんだから」


 パルパは、リリの被っている麦わら帽子から出ると石造りの床へと降り立った。


「おい、リリ。聞こえるか」

「むにゃむにゃ……パルパ?」

「泥酔してるじゃないか。おーい、ここにいたら風邪をひくぞ。部屋に戻ろう」

「いいじゃないですか〜ここにいたって〜」

「良くない。全く、なんでそんなに飲んだんだ」

「だって、羨ましかったんですもん」

「羨ましい?」


 リリは壁に背を預けていた姿勢から、一転床に仰向けに寝転がる。

 彼女の瞳にはあらゆるものを飲み込む黒に、小さな光が点在している景色が映っていた。


「居場所があって、羨ましいなって、思ったんですもん」

「ロイの事か? でも、彼の事が気になったからこそリリは、ここで働いていたんだろ。なら彼が幸せになってよかったじゃないか」

「そうですけど、そうなんですけど、やっぱり思っちゃうんですよ! なんで私はないんだろうって、なんで神様は私をこんな目に合わせるんだろうって。そう考えたらもう……」


 ……酒を飲んだらどうなるのか、ロボットであるパルパには分からない。だが、自身の思いの丈を吐き出すリリを見ていると、飲んでみたいとも思った。


「……休もうリリ。風邪を引いたら看病してやるから。だから、ひとまず今は、寝よう」

「うん……分かった」


 リリは目を閉じる。

 故郷でない世界。冷たく、そして澄みすぎた不慣れな風に包まれながら、彼女は深い眠りの中に落ちていった。

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