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箱庭の小人たち  作者: アッキー
第2章 塔の箱庭
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11話 憤激の行方

 ロイはリリたちから、横顔が辛うじて認識できる程、離れた場所にいた。

 しかし、遠目から見て彼の顔が、苦虫を噛んだかのように歪んでいるのを見て、リリはただならぬ事が起きているのだと理解した。

 実際、リリたちがいる場所まで、彼の怒声とも言える声が伝わってきたのである。


「何て言ったテメェ!」


 彼の怒声で、辺りの人達が動きを止める。誰も彼も、声がする方向へ目を向け始めた。

 怒声をあげていたロイ。そして彼の前には見知らぬ集団がいた。数にして3人。ラフな格好をしているロイと違い、刺繍入りの暖色の服と整髪料を使っているのか整った髪型をしており、比較的高位な身分である事はリリには直ぐに分かった。


「汚いって、言ったんだよ。聞こえなかったか? どうやら、彼は耳に砂でもつまっているらしい。可哀想に医者に行くといい」


 3人の内、最もロイと近かった者が言葉を吐く。冷静かつ静かな声であったが、周りが静かになっている他、攻撃的な内容も相まってリリの耳に残るのは容易であった。


「詰まってねぇよ! てか、俺の何処が汚えねぇんだよ、何処も汚れてねぇだろうが」

「おやおや、目までやられているのか。いや、自分の姿すら上手く認識出来ないのかな。なんたって能無しが唯一働ける職場だからね」

「俺の仕事を馬鹿にしてるのか!」

「そう言っているのが、分からない時点で程度が知れるね」


 明らかな挑発、いや侮蔑かつ蔑んだ内容に、これ以上、聞きに徹することが出来そうになかった。

 立ち上がるリリ。彼女の突如としての行動に、帽子の中から顔を覗かしてパルパは、ずり落ちそうになった。


「リリ、どうする気だ」

「止めに行く……まさかやめろ、何て、言うつもりじゃないよね」

「いや、まさか。ただ、乱暴事はやめてほしいな。帽子が捲れて俺の姿を見られたら面倒になる」

「努力するよ」


 息を吐きながらのリリの返答に一抹の不安を抱きながら、パルパは彼女の帽子の中へと退散した。

 そんなやり取りをしている間にも、ロイと他の3人との喧嘩紛いの口論は熱を上げていった。


「俺たちがいるおかげで、この塔が出来たんだろうが。俺たちがいなければテメェらの住処は無かったんだぞ」

「だからって、汗水垂らして働くかい普通。机に佇み、本を片手に頭脳を働かせていく僕たちに比べたら知的さの欠片もない職業だ」

「知的さの話はしてねぇだろ」

「人間性の話をしているんだよ。知性はその最たるものだ。反対に肉体労働は人間性からかけ離れた動物的なものと言わざるを得ないな。特に君を見ているとね」

「テメェ!」


 ロイは腕を振りかぶる。しかし、拳が相手に当たることはなく、宙で止まった。


「……くっ」

「殴らないのかい」

「……俺たちは人の為にこの手を動かすんだ。そこ手で人を傷つけたちゃいけねぇと思っただけだ」


 苦々しく、顔を歪めるトーマ。彼は、苦しげな表情を変えずに、ゆっくりと拳を下ろす。

 しかし、彼の相手は拳を納めようとはしなかった。


「意気地がないんだな。男気すらないとは。きっと君の仲間たちも君みたいな女々しい物腰で、女みたいな声上げて働いているんだろうな」

「……俺の事は良いけどよ、親方達の事を馬鹿にするなよ」

「親方? 物々しい肩書だ。女々しさの裏返しかな」

「!!」


 歪んだ形相を更に歪めると、引っ込めていた拳を再度ロイは振りかぶる。

 しかし、彼の行為は遂行される事は無かった。

 今度は彼自身の意志からでなく、彼の目から入った情報故である。

 つばの長い麦わら帽子、それが彼女に対しての第一印象であった。

 しかし、今や帽子の奥に潜む鮮やかな紅色の瞳に、目を奪われた。


「リリ!?」


 リリがロイと、口論していた3人の間に割り込む形で、立っていた。

 両手を広げ、紅色の瞳をロイのブラウンの瞳に合わせる形である。


「ロイさん。構わなくて大丈夫です。行きましょう」


 唐突に割って入った理由を口にせず、リリはロイの手を取ろうとする。だが、ものはそう簡単には運ばない。

 去りゆく彼女らを素直に通そうとしない者たちがいた。


「へぇ、女に守ってもらうんだ。恥ずかしくないのかな」


 先程まで、ロイと口論していた相手がさらなる挑発を仕掛ける。

 ロイは再び怒りを現しそうになったが、リリは手と目で制す。そして、ロイが激発するより先に口論相手の方へ振り返った。


「そう言う貴方達は3人じゃないと戦えない臆病ものなんですね」

「臆病? 僕達が?」

「そうでしょう? 3人がかりで1人を攻撃する。女々しいと、()()私は思いますけどね」


 やれやれといった形で、露骨に息を吐きながら首を振るリリ。

 そして、リリは垂れ目の彼に向かって、睨み付けた。


「……何だその目は……人数は関係ないんだよ。筋が通っているか、だよ。問題は」

「筋が通ってる? 笑わせないでください。公共の場で、ひとりの人間を非難中傷する。そこの何処に()が通っているのですか。」

「本当の事を言っただけさ」 

「本当の事……ねぇ。そんな言葉に逃げて論理的に自身の言葉を正当化出来ない人が知的だなんて、ホント、笑えますねぇ」


 煽り、そう見られるのが普通である。だが、相手は年下の女性。()()()男性だったのなら手を出すことは無いだろう。

 

 一番ロイと口論していた相手の腕が握りこぶしを伴いリリに迫りくる。

 ロイは動体視力がいい方である。だからこそ、これから先何が起こるか想定がついた。

 当たる、そう思った。


 しかし、そうはならなかった。

 相手のパンチは、リリの顔が合った位置の虚構を貫く。

 何が起こった、そうロイが思った頃には、相手は音を立て地べたに這いつくばっていた。


「意気揚々と息巻いて、やられるのはどんな気分ですか?」

「くっ!」


 地べたに膝をつけている男性が1人。立っている女性が1人。見えなかった。リリがやったのだ。

 リリが、殴りかかってきた相手の力を利用し、攻撃を逸しながら、無力化した。

 その流れは見事であり、詳細はそれこそロイには分からなかった。

 ただ、分かるのは、まだ争いは静まっていないということである。

 残っている男性がまだ2人。彼らが大人しくしている理由もない。

 

 激情にかられたまま表情のまま、リリに向かい殴りかかる体勢となる2人。

 しかし、それも終局までは至ることは無かった。


「何やってんだ、ロイ……それに、リリ」


 新たに現れた人物。

 ロイとリリの名を言うその人は彼らの上司である親方、その人であった。

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