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箱庭の小人たち  作者: アッキー
第2章 塔の箱庭
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10話 神隠しの噂

 夜、リリはとある個室にいた。


 四方が石造りの壁に囲まれた狭い空間。室内にあるのはベットと、書き物をする小さな机と椅子だけ。必要最低限の物しかない。

 暗闇の室内を照らすのは突上げ窓からさしてくる月明かりのみ。

 この世界にも他の大多数の世界と同じように月があり、夜の世界を照らしていた。


「まぁ、月があるからと言って、今いる場所が普通とは限らないけどな」


 リリの思考を見透かしたように、机の上にいたパルパが声を上げる。

 突上げ窓近くにいて、月明かりを体に浴びていたリリは、彼を目の隅に入れつつ口を開いた。


「確かにここは普通の寝場所とは言えないね」


 リリは窓から顔を出す。

 目に入るは星明りの空と黒色となった大地である。

 大地は、輪郭が分かるようなものではなく、夜の海よりもどす黒く、識別出来ない程の闇であった。


「現在標高1800m。山ではない人工物の中で寝る体験というのは随分と乙なものだね」

「パルパでもそう思うんだ」

「思うさ。昼間にも言ったけど、俺がいた世界にもこれほどの建物はなかった。少しは感慨に浸るというものさ」

「人間っぽいこと言うのね」

「そんなふうに作られたからな」


 少しの問答を終えた後、リリは窓から離れるとベットに倒れ込む。

 ベットは他の世界と同じように木製の枠組みに、綿を敷き詰めたマットが敷かれていた。

 これまでと同じ……それなのに、普通とは違う心境を抱いているのを、ベットに倒れこんだリリは自覚していた。

 標高1000m超え、大地すら見えない状況がこのような気分にさせるのだろうか。

 いや……それだけではない事は分かっていた。


「……何考えているんだ?」

「いや……何も」


 リリは寝返りをうつと、パルパから目を外す。

 べットがギシギシと鳴り響き、不安な音が耳に入ってきた。


「君と旅して早数ヶ月、少しは分かるさ」


 背中越しに語られる言葉。

 無機質な、つまらない壁に目を向けたまま、リリは口を開いた。


「……昼間のことを考えてた」

「俺たちに寝床を提供してくれた彼らのことか?」


 リリ達が今いる場所は、この世界唯一の建物である塔の、最上階近くのフロアの一室である。

 塔を建築する者たちに対して、いくつかの部屋が開けられており、ここもその一室であった。


「それには感謝してるよ。その日の寝床を確保するのは、旅に置いて重要だからね」

「君の言い方だと、寝床以外の事に思いを馳せてたように思えるね」

「……別に、単にロイさんの事を考えていただけだよ」

「ロイ?」


 予想外だったのか、ロボットであるはずのパルパの声が上ずった。


「ロイというと、昼食の時、一緒にいた人か。どうして彼の名が出る」

「気になるからだよ」

「気になる……?」


 四足の内、後ろの二本足で立ち、前の二本足で腕を組むパルパ。

 そんな彼の行動は、生来のプログラムによるものなのか、それとも彼が培ってきた経験がそうさせるのか、リリは未だ判断がつかなかった。


「……分かったぞ、何で君が急に働きたくなったのか。ロイの態度が気に食わないからだな」

「気に食わないって。別にそこまで強くはないよ」

「いいや、君は自身が想像しているより、彼のことを目の敵にしてるよ。だって、ロイは君とは正反対にいる人間だものな」

「……」


 ベットに寝転がっていた状態から、リリは半身を起こす。

 その際、ロボットである筈のパルパと目があったような気がした。


「……確かに気に入らないのは確かだよ。私から見れば、随分と贅沢な考え方をしているんだなって思えてくる」

「仕事に不満を持っているのが?」

「だってそうでしょ。人から必要とされて居場所だってあるのに、それを無下にするなんて……それが、どれだけ価値のある物なのか理解していない」

「……価値なんてものは、人それぞれだと思うけどな。ま、それも君にとっての価値なんだろう。俺は従うよ」

「いいの?」

「だって、俺ひとりでは外に出れないし、それにこうして忌憚なく話し相手も欲しいからな」

「私もパルパに会えて良かったと思ってるよ」


 その後、リリはパルパに対し、微笑みかけるとベットに体を倒す。そして目を閉じると、そのまま眠りについた。

 穏やかな寝息をたてるリリ。そんな彼女を目であるレンズに収めつつ、パルパは不吉とも言える思いにとらわれずにはいられなかった。


「元いた世界に戻っても、もう君の居場所は無いのかもしれないのに」


 彼のロボットとは思えないほど、ノイズが一切入っていない言葉は、部屋を満たす。

 しかし、それが寝ているリリの耳に入る事はなかった。


***


 数日後、リリたちは、塔の最上階近くのフロアにて、昼食を取っていた。

 テーブルには、湯気が立ったティーカップと、パン生地に挟まれたサンドイッチ。

 それらを上機嫌な顔持ちのまま、リリは口をつけた。


「……随分と豪勢な物を食べるじゃないか」


 被っていた麦わら帽子がかすかに動き、パルパがリリだけに聞こえるほど、小さな声を発した。


「良いじゃない、久しぶりの休日なんだから」

「そのような環境に身をおいたのは自分からなのによく言うよ」

「痛いとこつくね」


 リリは肩を竦めると、ティーカップに入った紅茶に口をつける。

 ほっと、気持ちを落ち着かせた後、リリは辺りを見渡した。

 石造りの塔内部は、装飾などされておらず、壁面こそ白茶色で、飾り気こそないが、そこに住まう人々は正反対の性質を帯びていた。

 塔内部は店が立ち並び、人々は、そこで買い物をし、食事をする。まるで繁華街のようなが雰囲気がそこにはあった。それは標高千メートルを超えている事など忘れそうなほどの、活気である。


「何を考えているんだ?」

「これから先どうしようかなって」

「どうしようかなって、働く事はもうしないのか」

「暫くは続けるつもり。途中で放り投げたくはないからね。でも、期待以上のは得られなかったかな」


 リリはここ数日の事を思いかえす。

 開放された空のもと、切り取られている石を運び、相手に受け渡す日々。単純な肉体労働ではあるが、それでも日が立つごとに塔が空に向かい、増築されていく様は見ていて楽しくもあった。

 しかし、それはあくまで一時のもの。前の世界と同様に長居するつもりは毛頭ない。


「神隠しの類の噂も得られなかったしね」


 パルパの言葉にリリは同意する。

 不可侵のカベに取り囲まれた箱庭型の世界を繋げるトビラ。それを見つけなければ世界を渡る事は出来ない。

 そして、トビラは一方通行、一度通ったら元の世界に戻ることは出来ない。その為、扉がある周辺は神隠しの噂が流れるのが常であった。

 トビラと言っても、戸のような形式のものだけではなく洞窟や人気のない道なども、トビラとなる可能性はある。実際海岸の世界ではそうであった。

 そんなトビラにつながる神隠しの情報をここ数日得ることが出来なかったのは痛手ではあった。

 

「下の階でも行こうかな」


 独り言のようなリリの提案に、パルパは同意する。


「まだ行ってない所だものな」

「うん、私達まだ、屋上から下十階くらいしか行き来してないじゃない。それより下の階、もっと言えば地上付近のフロアに行けば新たな情報が得られるかもしれない」

「確かにな。これだけ高い建物だ。上と下では住む人々も変わってくるかもしれない」


 パルパの言葉にリリは暫し思案する。

 この塔には、人を行き来する方法は階段しかなく、エレベーターの類はない。石材を運ぶような荷物運搬の滑車こそあれど、人の利用は原則禁じられている。

 階段での登り下り。おいそれと何百階もあるであろう塔内部を簡単に行き来できる訳もなく、そこに住まう人達は固定化されている。

 現にここ数日リリが目にするのは、どこか見覚えがある人たちであった。

 ならば、違うフロアに行けば違う人に会え、違う情報を手に入れられる可能性は十分にある。

 リリは、ひとりでに首肯した。


「決まりだね、そうと決まれば……あれ?」

「どうした」

「あれ」


 少し離れた先にいる人物をリリは指差す。その人物にリリは心当たりがあった。

 自身より少し年上の、少年期を脱しているものの、大人というには時間を重ねていない顔立ち。

 ギラついた目の奥に何処か優しさを感じられる目元。

 体を動かすのに適した短髪の髪。


 職場以外の場所でこの日、リリはロイと出会った。

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