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箱庭の小人たち  作者: アッキー
第2章 塔の箱庭
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9話 居場所

 塔が天までそり立つ世界。


 この世界に来てから、初めて一人きりになる時間をリリは確保した。

 それを見図るかのように、被っていた麦わら帽子がずれ、中から黒の丸っこいボディを持ったロボット、パルパが姿を現した。


「まだ、帽子の中にいないと駄目じゃない」


 リリは、口を尖らせ言うと辺りを見渡す。

 そんな彼女を無視するかのように、パルパは直ぐには答えず、頭上から彼女の肩へと移動した。


「いいんじゃないか。だれも俺たちの事なんて見てないさ」

「そうかもしれないけど……」


 リリは前を向く。そこにはロイを含めた人々が、四角に切り取られた白茶色の石材を運び、積み上げ外壁を形成している最中であった。

 地道だが重労働には変わりない。多くの人が額に汗を浮かばせていた。


「大変そうだな」

「そうね。見た感じ、この塔は石造りだけど、あんな手作業だったら、何年かかることか想像出来ないよ」


 リリは、再度屋上から顔を出し眼下を覗く。

 その際、高所特有の風が拭き、麦わら帽子が飛びそうになったのを抑えなければならなかった。


「パルパ、高所何メートルか分かる?」

「1843m、この数値は驚きだね。僕がいた世界でもこんなに高い建物はなかった」

「私が旅した世界でもこんなに大きな建物はなかったわよ」

「おまけにこの建物は、直径200mの円形状だ。確かに人が住む分にはこれ位の面積は必要だったのだろうけど、作る年数を考えたらゾッとするね」


 100歳近いパルパでもそう思うんだ、とは口に出さずリリは顔を上げた。

 何処までも続く空。しかし、1843mと聞いた後では、随分と空と近いように感じられる。

 薄い空気に、絶えず吹く乾いた風。現在いる高度を考えれば当然だ。


 この世界に来てから鳥を見ていないことにリリは気づく。

 だが、それもこの高度までは飛べないからであろう。鳥たちが空を謳歌しているのは、今自分たちがいる所より下に違いない。

 これまでの世界とは全く異なった世界。  

 恒常的に吹く風に、金色の髪を靡かせながら、リリは抱いた疑問を口にした。


「でも、なにも一つの建物に絞らず、高層ビルを幾つも建てればいいのに。何でこんな大きな建物を作ったのかな」

「事情があるんじゃないか。それかその発想が無かったか」

「そんな事ある?」

「分からないものさ。俺たちは他の世界を知っているから、違う方法も思いつくけど、自分たちの世界しか知らない人たちにとっては、他の方法というのは案外思いつかないものかもしれない」


 パルパの言葉に暫しリリは思案した後、顔を上げる。

 彼女の紅色の瞳には、光を僅かに反射させ存在感を示す世界の(ことわり)が映っていた。


「全部、カベが悪いんだよ。人が閉じ込められるのも、人が戻ってこれないのも全部」


 憎々しいという言葉では表現できない程、重みある感情がこもった声をリリは出す。

 一方、彼女の肩にいたパルパは、首ならぬ体を振りながら、冷ややかに、だが逆撫でしない程度に冷静な声を出した。

 

「……そうやって、世界を分断するカベに全責任を負わせるのもどうかとは思うけどな……で、今回はどうやってカベを超えるか思いついた?」

「……いや、思いついてない」

 

 小さく力なさげにリリは、首を振った。

 パルパは沈静化した彼女の変化に、安堵のため息をついた。


「ま、それもそうか。まだこの世界にやってきて半日も経ってないからな」

「でも、やる事は決まったよ」

「そうなのか?」


 伺うような格好で、パルパは体前面についている目の役割をする単眼レンズをリリに向けた。

 リリは口端をつり上げると、あっさりと、だが、覚悟のこもった声で答えた。


「働くよ。ここで」


***


「おいこっちだ、こっち。早く頼む」

「はい、分かりました!」

「次はこの荷物を向こうに運んでくれ」

「分かりました!」


 歯を食いしばり、リリは建築材となる、石材を積んだ荷車を運んでいく。

 単純ではあるが、だからこそ初心者の彼女でも出来る作業である。しかし、単純というのは得てして頭脳の話であり、肉体面での疲労は話が違う。

 荷車が重く、思うように運べない。地面が石畳みのように凹凸があり、車輪が上手くいかない……など、やり辛さを上げればキリはない。

 しかし、それでも彼女は明るげな表情を崩すことはなかった。


「良くやるね、リリ」


 帽子の中から尋ねてくるパルパ。リリは仕事をする手を止めず、彼だけに聞こえる声量で、言葉を出した。

 

「働くもの食うべからず、て言うでしょ」

「そうだけど、別に他の世界で手に入れた物品を換金すれば、生活費くらい賄えるだろ。海岸の世界では貝殻だって手に入れたし。この世界、海がないから珍しがって高く売れると思うよ」

「そうだけど……」

「何かワケがあるのか?」

「……気になる事があるだけだよ。それに、こうして働けば、次の世界に行く為の情報だって手に入りやすくなるでしょ」


 会話をしながら、石材を運ぶリリ。

 受け渡し場所にたどり着いた為、パルパとの会話は一旦打ち切りとなった。


「追加分の石材ですどこに置けばいいですか」

「あぁ、そこに……て、リリさんか」


 そこにいたのは短髪で、大人というほどには垢抜けていない顔が特徴のロイであった。

 彼が指示した場所に運んだ石材を置いていくリリ。そんな彼女を手伝いもせず、ロイは仕事の手を止めると、ぼうっとその様子を眺めていた。


「……良くやるね」

「何がですか?」

「仕事だよ、仕事。こんなに暑くて嫌にならないの」


 ロイは汗で濡れている服を掴みと、手を動かし空気を服の中に入れる。

 この世界ではこれくらいが暑い日なんだ、と汗をかいていないリリは思いながら、別の事を口にした。


「でも、仕事があるのはいい事じゃないですか」

「どうしてそう思う。金を得るために必要なことだからか」

「それもありますけど、けど仕事があるって居場所があるって事じゃないですか」

「……」

「誰かに必要とされている、周りの人に貢献できる、認められる。それが仕事というものじゃないですか」

「……ハッ、親方みたいな事言うんだな君は」


 吐き捨てるようにロイは言うと、そっぽを向く。

 そんな彼に対し、リリは態度を崩さなかった。


「じゃあ、何でロイさんはここで働いているんですか」

「金だよ金。それ以外に何があるってんだ」

「でも、金を得るのが目的だったら、別の仕事もあるじゃないですか」

「ここしか無かったんだよ」


 ロイは辺りを見渡すように顔を動かす。それにつられリリもまた周囲を見渡した。

 開放的な空間の元、建築作業に勤しむガタイの良い人達でここは溢れていた。


「俺の家は貧しくてな、幼いときから働ける所がここしか無かった。そしてそのまま、この年齢になるまで働いていたということさ」

「けど、今のロイさんの年なら別の仕事にもつけるでしょう?」

「金が溜まったらそうするさ。もっとも今年中には辞めるつもりだけどな」


 これ、親方には内緒な。

 

 最後に付け加えた彼の言葉は、リリにさしたる余韻をもたらさなかった。

 しかし、だからといって、清廉な爽やかな気分になれたかと言われると、そうでもない。


 ロイとの会話によって、リリの心には悶々とした物が残されるのであった。

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