8 保健体育Lv10『子作り』
俺は全力だった。
押さえつけられた両手を歯を食いしばって必死に押し返す。時には左右に引っ張って揺さぶって。なのに、
「なのに……くぅ……なんでちっとも……!」
びくともしなかった。
みだらさんの手は男の様に筋肉質でも骨ばってもなくて、細くて柔らかくて、いかにもか弱い女性の特有の愛らしい形をしている。
なのに、微動だにしない。
ただただじっとりと、密着したまま。
俺の緊張が、困惑が、もしかすると考えている事すらも、何もかもが手のひらを通して知られてしまっている気がする。
力で無理矢理、布団に押さえつけられてる訳じゃない。むしろ痛みは感じなくて、メイドさん特有の不思議な力で俺の手が逃げないようにロックされているだけ。きっと知らない人が見ればお互いの手を握り返している恋人のように見えるだろう。
でも冷静に考えれば逃げられないのは当然だ。
俺は幼女で、彼女はメイド。
力の差は歴然だ。勝てる訳がない。例え元男でも敵うはずがなかったんだ。
足をじたばたしたって全身で暴れたって、ばっちり馬乗りになっている彼女には通用しない。
「くそぉ……ふざけるなぁ……!」
ああ、もうっ……目が熱い。悔しくて涙が出てきそうになる。
まるで俺が、男じゃないと突き付けられているみたいで、嫌だった。
ふと、みだらさんは片手を上げた。
「こっ……のっ!」
俺も振り上げて、自由になった手でここぞとばかりに反撃する。
こんな小さな拳でなんて、意味ないかもしれないけど。それでも腕を振り回さずにはいられない。
涙で歪んだ視界でも精一杯に暴れていると、視界がクリアになった。
彼女の指で目元が拭われたのだ。
目の前。
吐息がかかるくらいの距離に、みだらさんの顔があった。
「あ……」
あまりの近さに思わず俺がびくりとすると、彼女は舌なめずりで返してくる。
あの頼もしかった、凛としたメイドさんが。
今は口を歪めて恍惚と見つめてきて――
「ぃ――――っ!」
ゾクっ……と俺は背筋に冷たいものを感じた。
おかしい。身体は風邪をひいて熱を出した時みたいに熱いのに、なんで……。
いや……答えは既に分かっている、認めたくないだけなんだ。
今にも奥歯がカチカチと震えてしまいそうな感情。
これは、恐怖だ。
ガチだ……! ガチでみだらさんは俺にス●ブラしようとしているっ……!
早くなんとかしないと……男的に、死――
どうする? どうすればいい……!?
俺は脳をフル回転させる。小さな頭に入り直していても、ここには三十三年分の知恵が詰まっているはずだ……!
例えば寝たふりでもしたら見逃して貰えるだろうか?
いやいや間違いなくそのままヤられるだけだ。何か……何かアイディアはないのか……? 思い出せ、どこかにヒントは……!
はっと頭に天啓が降りてきた俺はみだらさんに食って掛かる。
「そ、そうだよ! 今の俺は女の子じゃん!」
「……? はい、確かに誰がどう見ても立派な女の子ですが……それが?」
なんだ、簡単な事じゃないか!
俺はほっと息をついた。
「今の俺は女の子で、みだらさんも女性。だからみだらさんが俺を襲うのも実は本望じゃなくて、お仕事だから仕方なくやってるだけ……」
Q.E.D
なーんだ。だったら俺の貞操は安全じゃん!
「みだらさん、こんな事やめましょう! みだらさんが、その、えっちな人って言うのはよく分かったけど……でも、お互いが望んでもないのにこんな事するなんて変だし。だから、そこをどいて貰えますか?」
するとみだらさんはなぜか困ったような表情を見せる。
「梓乃様……お気付きでないようですが……私のストライクゾーンは丁度、梓乃様みたいな、小さな女の子でございます♡」
「へ……?」
珍しく頬を染めていうみだらさんに、呆気にとられた俺。
「正直私も不安でした。もしかすると男の子の可能性もと思っておりましたが、ちゃんと女の子になっているのをこの目で確認できましたし……」
「やっぱりお風呂を覗かれてた!?」
「ご用意させて頂いたお召し物も大変お似合いでございます」
「もしや子供服に仕立て直したのは、子供の方も趣味だったから!?」
「はい♡ いつか袖を通されるお嬢様のことを想像しながら丹精込めて縫わせていただきました……ふふっ」
全部伏線だったっていうのか!?
くっ……こうなったら……っ!!
「そ……」
「そ?」
「そ、そんなにメイドさんプレイしたいんならさっさと始めなさいよ! でも別に私にメイド属性はないんだからね!」
「…………………………………………」
恥っず……!!!
無反応だとまるでこっちがおかしい人みたいじゃん! こっちは覚悟決めて言ってるのに……うぐぅ。
「そんな言葉で今更私の良心が痛むとお思いですか?」
「そもそもメイドさんプレイなんて非現実的過ぎよ。今時男子高校生でも喜ばないわっ! そんなにメイドが好きなら、いい加減あたしの上から降りてメイドらしく『行ってらっしゃいませお嬢様』とあたしをお見送りするのがお似合いよ。まあ中途半端な淫乱メイドには無理でしょうけどねっ!!!」
「……そういうプレイをご希望ということですか? 梓乃様のお考えは私には分かりかねます」
考えなんて分かるはずがない。
だって…………何も考えてないから!
そう! これはただの……時間稼ぎなのだ!
力で対抗しても無意味、説得しようも本人がやりたくてやっているらしいので不可能。どうあがいても逃れなれないなら、時間稼ぎするしかないじゃないっ!
何もしなくても絶体絶命だったらなんだってやるさ。ツンデレだろうがクーデレだろうがヤンデレだろうがいくらでも属性上乗せしてやる! どうせ既にサラリーマンに幼女と美少女が乗って、メイドさんのおかげでお嬢様属性も上乗せされてるしね!!!
「何かお考えのようではありますが……心配はいりませんわ」
と、みだらさんはメイドさんの様に微笑む。
メイドさんだけど。
でもメイドさんらしからぬ手つきで人の体を撫でまわしてくる。
「っ……どこを触って、そんな優しい声で、んっ……」
「どんな事があっても私が、梓乃様を立派な大人に育ててみせますから」
「駄目ですって、こんなっ、事ぉ……一晩で大人になっちゃいまっくぅ……っっ」
「さあ、一緒にう●ぴょいしましょう。……はむ」
「み、耳は、許しっ……! こんな育成、性癖Sランクになっちゃ」
「れろ」
「はうっっ…………!!!!」
もう俺が何を言ってもみだらさんは手を止めてくれなくなってしまった。
シチュエーションが違えば極普通のじゃれ合いの、くすぐったいだけの手つきなのかもしれないけど。今はもどかしくて、仕方なくて、感覚が徐々に鋭く、身体が敏感になっていってしまう。
知らない、知らないよ……こんなのぉおおおお!!!!!!!
「メイドの体力に勝つおつもりで? 私ならこのまま寝ずに何カ月だってできますよ」
「ちょ……腹上死でもさせる気っ!?」
「ふふふ……そしていつか、三人で……熱い公演をしましょう」
「え……? それってみんなの前で……ってコト!?」
「はい♡ 当日は綺麗な衣装でおめかしして。他の誰にも見せた事のない梓乃様の晴れ姿を見て頂きましょう。初めては恥ずかしいかもしれませんが、きっと気持ちいいはずですわ。観客の皆さんも、主もお喜びになると思います」
観……客……?
突如、俺の脳内に湧き出した、存在しないはずの記憶。
暗闇で熱狂する観客。
全身を突き刺す無数の視線。
ステージの中央、ライトを浴びながら甘い声で挑発的に応える彼女と、その後ろで顔を赤らめて体を隠す私。
『何を隠されてるのですか、梓乃様』
『だって……こんなの全然服の意味がないじゃない……! それに、あんなにたくさんの男の人がこっちを見てっ……!!』
『そうですよ。皆様、お嬢様の身体を見るためにわざわざ来てくださっているのですから。だから、ダメ。ほら』
『あっ、やめっ! そんな引っ張ったら見えっ――』
私の手を持ち上げて露わになった瞬間、場内から喝采が沸き上がった。おお、と熱のこもった声も響いて、見られているんだという事実が容赦なく突きつけられる。
『っっっ~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!』
『でも開放的で、大変気持ちがいいと思いませんか?』
『それはっ…………! …………そうだけど♡』
みだらさんの手管で墜ちた、梓乃という少女の行く末――――
「うわあああああああああああああああああああああああああああ」
思わず絶叫せずにはいられない。
あっちゃいけない、そんな未来は。
想像するだけでも怖気立つ。ちょっとでも、アリかもしれないと思った自分に。
もう、いっそのこと、殺してくれ……。
「あ? さ、三人……?」
みだらさんは言った。三人で、と。
想像の中にいたのは二人だけだった。
三人って、いったい誰の事を言って……?
「私と、貴女と、それから私達の子供」
…………。
「親子でとか観客もドン引きだよっっっ!!!!」
「楽しみですね……そのためにも毎晩頑張りますわ」
「俺らじゃ孕みませんけどね! 女の子同士ですし!?」
※注 孕みます。
「オイィ作者ァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」
「観念して私と保健体育の愛情トレーニングをしましょう(失敗率0%)」
「いやあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
あと2話です。