表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/10

10 ただいま

「あなたがあのハウスの男かしら?」


 そして俺達は囲まれた。


「!?」


 みだら宅を出ようとドアを開いたゼロ秒後。

 スーツ姿の女性が、俺の前に立ち塞がっていた。


 あわてて周囲を見回すが、通路の左右には既に黒服の人だかりができている。

 ああくそ。

 今俺はこの人に強制されてるんだ、一つしかない選択肢を。

 別れを済ませる事すら許されない急展開に、顔が強張っていくのを感じる。


「か、奏多様……」


 振り向くとみだらさんが血の気の引いた表情で見上げている。

 ……? っ、そうか!

 見覚えがあると思ったら……――

 会社から戻った時にアパートの前で見たThe女社長だ。


 全身をコーディネートしているのはどう見ても安物に見えないそれ。つま先から巻き髪一本一本まで、完璧に手入れされた『美』でもって優雅さを表現し、只者ではない気品を漂わせている。

 この人が数えきれない黒服達の、そしてみだらさんのご主人様。


 圧倒的ブルジョア感!

 庶民の敵!

 羨ましいッ……!


「み、妙な圧を感じるかしら……」


 奏多、とみだらさんが呼んでいた女性は、変な子供を見る目でこっちを向いた。

 じろじろと見すぎたせいかもしれない。


「え、えっと、なにかご用ですか?」

「コホン。これからお出かけする所かしら?」

「え、あ、はい。すみませんが、また今度にして貰えますか……?」

「フゥン?」


 奏多さんは状況を一瞥。


「もしかして、あなたが牝越智めすおち梓乃しないちゃんかしら?」

「っ……」


 バレた……!?

 あれ……いや、ちょっと待って。

 知らなかった? みだらさんのご主人様が……?

 みだらさんは知らせていなかったのか?


「随分探したわ。そこの淫乱ド変態わがままボディ最強発情猫メイドが勝手なことをするから」


 ひどい名前だ……いや間違ってないけど。

 一方、言われている本人はどこか嬉しそうにニャンニャン悶えている。


「また命令を無視して……あなたは単なる梓乃ちゃんとの世話役、黒服をなぎ倒して拉致して好きに遊んでいいなんて言ってないかしら」

「うにゃん……ごろにゃあん」


 そのまま猫モードのみだらさんに落ち着いた口調ながらも罵詈雑言を並べる奏多さん。相当鬱憤がたまっていたんだろう。

 ……なんとか今のうちにこっそり逃げれないかな。

 俺は部屋に上がった奏多さんの隙を伺いつつ、入れ違いにこっそりと外に出ようとして、


「さて、梓乃ちゃん」

「アッハイ」


 俺は反射的に気を付けの姿勢で直立不動。


「ごめんなさいね。うちのみだらが迷惑をかけて……」


 ほらあなたも謝りなさい、と言われながら踏み踏みされるも、みだらさんにはご褒美でしかないのか、嬉しそうに「ごめんなしゃいぃぃぃぃぃいいいいい♡♡♡♡♡♡♡♡♡」と嬌声で鳴く始末。


「はぁ……」


 奏多さんは哀愁漂う後ろ姿で首を振った。

 きっといつもこうなんだろう。心中お察しします。


「それから我が社からも代表して謝罪するかしら。本当に申し訳ない事をしたわ。まさかトラックが事故になるなんて……」

「い、いえ。とんでもないです」


 こんなえらい人に深く頭を下げられて俺は恐縮してしまう。

 原因はよく分からないけど、運転手がみだらさんなら最善は尽くしたんだと俺は思う。

 それはそれとして。

 なによりもまず、はっきりさせておかないといけない事がある。


「あのぉ」

「なにかしら?」

「結局、奏多さんは過激派と穏健派、どちらなんでしょうか?」


 奏多さんは小さく溜息をついた。


「……そうね。あなたには言っておかなければいけない事かしらね」


 みだらさんは言っていた、自分のご主人様は穏健派側だと。

 一方で通路に並んでいる黒服達。モブキャラの様な扱いの彼女らの中に、何人か知っている顔があった。それは俺を追っていた黒服の中で見た顔で。


「みだらさんから、あなたは穏健派で、これまで何度も俺を追ってきた黒服は過激派だって聞きました。じゃあその黒服を従えてるあなたは、結局どちらなんですか……?」

「その答えは…………――これかしらっ!」


 言うが早いか、彼女はみだらさんの胸を揉みしだいた。


「ああっっ♡♡♡ 奏多様ぁぁああああああぁぁああああぁぁあああ!!!!!」

「このっ! このこのこのっ!!!!」


 ……は?


「あなたどこまで好き勝手に動いたら気が済むのかしらっっっ!?!? 脳みそに行くはずの栄養が全部ここに詰まってるんじゃないかしら!?!?!?!?」

「ありがとうございますありがとうございますありがとうございますぅううううううううぅぅぅぅぅううううううううううううう♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」


 唐突に繰り広げられる『奏多×みだらかなみだ』。


 俺は……一体なにを見せつけられているんだ…………。


 奏多さんによるお仕置きはたっぷり十分は続いた。ドアが開け放たれているにもかかわらず妙に蒸し暑い玄関で息を切らす二人。

 ごめんなさい、みだらさんのご近所さん。

 奏多さんは汗で黒色が透けたブラウスのボタンを外しながら言う。


「はぁはぁ……過激派? 穏健派? 全部みだらのでたらめよ! そんなの初めて聞いたかしらっ!!!」

「えぇ……」

「全くこの子は……性格以外はなにもかも優秀だから許してるけど、そうじゃなかったら今頃は誰にも保釈金を払ってもらえずに牢屋の中かしら?」

「っ……♡ っっ♡♡♡ と、逃避行に、憧れていましてぇ……♡♡♡♡♡」


 突っ伏したまま、時折びくびくと腰を痙攣させつつ衝撃の理由を漏らすみだらさんに、俺たちは疲れ切ってしまう。


「じゃあなんすか、必死に逃げたのは無駄だったってことですか……?」

「そうなるかしら?」


 がっくしとうなだれる俺。

 でも、助かった。


「おかげでやっと言えるかしら」


 話を聞くと、奏多さん達はあのアパートの住人一人一人に謝罪をして、新しい住居や家具を無償で提供していたらしい。

 そして俺にもその話をしようとしていたとのこと。警戒した俺が逃げてしまった事で黒服に追わせる必要が出たり、みだらさんが邪魔をしたから戦闘になったりと、そういう行き違いはあったけど。


 めっちゃいい人じゃん……。


「私達のせいで住む家を失って人生までも狂わせてしまったのだから、出来る限りの支援をさせて頂くわ。元通りの生活は難しいとしても」

「元通り……じゃあ俺は男には?」


 奏多さんは静かに首を振る。


「残念だけど……戻るのは難しいかしら。キセキの雌化剤メスニナールはその通称の通り偶然できたモノ。もちろんあなたのためにも解毒剤の研究は行うけど、元に戻れるかは分からないかしら」

「まあ、それなら仕方ないですね」

「本当にごめんなさい……」

「あ、いやいや、全然大丈夫です、あはは……」


 苦笑いしつつも俺は密かに胸をなでおろしていた。

 だっておじさんに戻るよりかは、可愛い幼女の方が、ね?


「でもその代わり、それ以外の――住む場所や生活費、その他諸々。あなたの今後の人生のすべてを私達はバックアップするつもりかしら。もちろんあなたが嫌じゃなければだけど。どうかしら?」


 頼もしい。

 数えきれない黒服をぞろぞろ連れた彼女が言うと全く大袈裟に聞こえない。

 他に行く当てもないし、会社にも行けないし。

 断る理由はない。


「ぜひ、お願いします」

「決まりねっ! ちょうどこれくらいの小さな子がほしかったのかしら!」

「ふぁっ!?」


 むぎゅっと音が聞こえてきそうな感じで俺は抱き着かれた。柔らか……。


「か、奏多さん、くるしっ」

「ダメダメ、そんな余所余所しい。しぃ・・ちゃんと私達はもう家族なんだから。私のことは『ママ』って呼んでほしいかしら?」

「それって、養子……ッてコト!?」


 ルンルンとはしゃぐ奏多さん。

 さっきまでのThe女社長の気品はいずこへ……。


「私も誠心誠意お世話させていただきます」


 どことなく嬉しそうに恭しく頭と涎を垂れるメイド。


「いや、みだらさんはまず服を着てください……」

「駄メイドォッッ!」と怒られて、しょんぼりと部屋の奥に引っ込んでいく。


 でも二人にそんなに喜ばれると悪い気はしなかった。

 俺は一夜にして、当たり前のものを失った。狭いけど慣れ親しんだ家、大変だけど支え合える職場、その二つを行き来する平凡だけど平和な暮らし。

 その上、みだらさんに美味しく頂かれそうになっていたから、未来も失いかけていたと言えるのかもしれない。

 なのに、


「あ、あれ……?」


 ぺたん。

 体が勝手にその場に座り込んでいた。

 なんで? 分からない。

 ただ、こんなに暖かく迎え入れてもらえると思ってなくて、それが嬉しくて。

 気が付いた時には、こみ上げてくる熱いものを感じていた。

 ぽたぽたと、水滴が落ちる。


「ふぇっ……――――ふぇええええええええぇぇぇぇえええええ!!!」


 知らない少女の慟哭が耳元で響いていた。


「あらあら。安心しちゃったかしら? それとも嬉しすぎたのかしら?」

「べ、べちゅに嬉しくふぁんかふぁいっっ!!!!」


 訳も分からず叫び返して、ずずっと鼻水をすすった。

 もうなにがなんだか分からない。ただ胸の奥が苦しくて、ぎゅっと裾を握って耐えて、際限なく溢れ出る雫で濡れた顔をがむしゃらに袖でぬぐっていた。


 でも混乱した頭でも、一つだけ確信がもてた。

 それは、あらあらと柔らかな布で目元を拭いてくれる優しい手つきと、背中越しに慌ただしく近づいてくる足音から、二人がいればきっと、これからの人生は暖かくて幸せなものだろう、ということ。


 しばらくして、二人に手を引かれながら車に乗り込む途中、俺は振り返る。

 思い出すのはマンションでの感情の高ぶりだ。

 喜びも悲しみも戸惑いも興奮も、なにもかもをぐちゃぐちゃに混ぜ込んだ涙。


 あの叫びは、今朝誕生してからずっと気持ちを整理する暇もなかった美幼女の、少し遅めの産声だったのかもしれない――と。

これで完結です! ありがとうございました! また次の話考えます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] んh [一言] 次回、ノクターん版
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ