1 眠りの牝越智
短編のつもりが全10話になりました! 久しぶりの投稿ですがよろしくお願いします!
俺は牝越智梓乃、三十三歳。
平凡なサラリーマンだ。
強いて特徴を上げるなら、寝る場所を選ばないくらいだろうか。
友人の友人の友人というそこまで親しくない人の家でも熟睡。
昼休憩になっても議論で騒がしいオフィスの机でも熟睡。
会社の飲み会で興味のない上司の話に相槌を打ちながら寝るなんてのは得意分野。
リリース後にチーム全員でカラオケをオールして全員寝ちゃった時には『お前の寝息で寝ちまった』なんて苦情をいわれるくらい、居眠りキャラとして定着している。そろそろ『眠りの牝越智』を名乗ってもいいかもしれない。
「ふぁあ~~~……いい夢だった。まさか俺が美少女になるなんて……これは全おじさん、いや全人類の夢だな……」
そんな睡眠エピソードに事欠かない俺でも、流石に今日は驚いた。
まさか、アパートの自分の部屋で寝て起きて、目が覚めたら目の前にトラックの運転席があり、周りが燃えているんだもんなあ……。
「うわあ家具ってこんなによく燃えるんだ……って落ち着いてる場合じゃねえええええええ!!!!!」
間違いなく人生で一番声が出た。
想像以上に声が裏返ったことに気を回している余裕もなく、俺はすぐさまベッドから飛び起きて慌てて適当に掴んだ鞄にそこら辺にある物を突っ込み、目についたものを抱えてアパートの外へ飛び出した。
振り返ると、見慣れたはずの建物がギャグ漫画みたいに炎に包まれていた。
「えらいこっちゃ……」
周りの話を聞いた感じでは、どうやらアパートにトラックが突っ込んでガソリンに引火して爆発して火事が起きたらしい。
トラックの運転手も既に救急車で搬送された後なのか現場にはおらず、住人も轟音でとっくに全員避難完了していて残っていたのは俺だけだったようだ。
「怪我とかしてる人いなくてよかった……。それにしても間一髪だった。もう少しでトラックに巻き込まれて非常にグロテスクで表現しづらい感じになってたし、あとちょっと熟睡してたらまっくろくろすけだもんな……」
安眠しすぎて気が付いたら天国なんて笑えない冗談だ。
火事は幸いにも燃えていたのはアパートだけで、周囲に燃え移る様子はないとのこと。自分の部屋は燃えてしまったけど、火事で亡くなった人もいない。とりあえず被害が少なかったみたいで、俺はほっと息をつく。
「あっ」
安心してふと自分の姿を見ると、よれよれのシャツと脱げかかったパンツというラフすぎる格好。
「危ない危ない……こんな格好でうろついていたら通報待ったなしだよ」
寝相は良い方なので、多分逃げている間に慌てて寝間着が脱げてしまったんだろう。
「まあ、生きるか死ぬかの瀬戸際だったし」
ぐっすり寝すぎて瀬戸際にも全く気付かなかったけど。
俺は丁度よく服も部屋から持ち出していたので木陰でこそこそと着替えて、それから気分転換を兼ねて騒々しいアパート周辺から退散した。命からがらだったせいか、妙に落ち着かなかったのだ。
緩めの革靴をパカパカ鳴らしつつ、俺は足の向くまま歩き出した。
*
火事に飛び起きて、咄嗟に掴んでいた鞄は使い慣れたビジネスバッグ。
慌てて搔き集めたのは安物の黒いスーツに仕事用のシャツ。
何となく飛び乗った電車はオフィス街方面へ。
「悲しい社会人の性だなあ……」
まあ、会社に出勤するというのは社会人にとって日常だ。
日頃の辛酸と血反吐で真っ赤に染まっている無機質なオフィスも、突然の出来事に動揺してしょうがない俺にとっては無意識レベルでは安息の地という事なのかもしれない。
俺が務めている会社が入ったビルも、今日はどことなく大きく頼もしく感じられる。
「おはようございまーす」
俺は話声でうるさくてたまらないオフィスに入った。
狭い室内に押し込められた歴戦の仲間達が見つめてくる。何度も一緒に修羅場を乗り越えた彼らとは、もう友情よりも強い絆で結ばれていると言っても過言じゃない。アイコンタクトで全て伝わるんだ。
分かってるって。あの件を急げって言いたいんだろう?
「なんやこのガキはッ!」
「ふぁっ……? 子供……?」
「えらい行儀ええがん!」
「こんの忙しい時に何の用やワレェッ!」
「飴玉食うかオラァ!」
「今はえらいバタバタしとるもんで構っとる暇ありゃあせんねん!」
「今度はお菓子用意しとくでな!」
「また来てなッッ!」
「!?!?」
一瞬で、めちゃくちゃ丁寧に追い出されてしまった。
一体……俺が何をしたっていうんだっ……!
「そ、そんな……俺の……っ……!」
俺の居場所が、仲間が……っ、社畜のオアシスがっっ……!!!!
「ど……ぼ……じ……で………………」
涙で歪んだ世界の中で俺はさまよう。
これからどこに行けばいいんだ?
当てもなく歩いていたつもりが辿り着いたのは見慣れた駅だった。
会社と自宅を往復する毎日だった俺にとって、他に知ってる場所なんてろくに知らなかった。
「…………帰るか」
帰りのホームは異様に静まり返っていた。
当然だろう。世間はまだ通勤ラッシュ。こんな時間帯にオフィス街から住宅地に帰るのは徹夜明けのサラリーマンくらいなんだから。
乗り込んだ車両は伽藍洞。
まるで今の自分を映し出しているみたいで、俺はできるだけ見ないようにして乗り込んだ。
適当に目についた椅子に、ぽすっと座る。
いつもの癖でスマホをいじろうとして胸ポケットにない事に気付いた。
「ああ、そうか……」
着替える時スマホを探したが鞄に入ってなかった。部屋に置いてきたのだ。
諦めて俺は、反対の車窓を眺める。
流れていくビルだらけの風景と反射する車内の光景。
くたびれた黒いスーツの冴えない男とツンと瞳が吊り上がった黒髪の美幼女。
可愛いなあ……。
思わず『微笑ま~』と眺めていると美幼女も微笑み返してきた。
出来れば直接見てみたい。ガラス越しじゃなく許されるだろうか?
そう思って振り向いたら誰もいなかった。
あれ?
俺は目を凝らした。
スーツのおじさんはありふれた鞄を抱えて眠りこけていて。
美幼女もよく見れば同じような鞄を抱えていて、どこか挙動不審で目をまんまるにしていた。
俺は震える手で顔に触れる。
幼女も愛らしい顔を小さなお手々でぺたぺたと触る。
俺がすべすべした頬をつねると、幼女もちょっと痛そうに頬をつねっている。かわゆす。
「こ……これは……スタンド攻撃を受けているのか!?」※違います
後ろの窓でも確認したが、
「これが俺……?」
間違いない。どうやら俺は、本当に女の子になってしまったらしい。
しかも、ロリコンじゃなくても思わず二度見してしまうくらい、めちゃくちゃかわいい黒髪美幼女に。
「通りで朝から落ち着かなかった訳だ……自分が自分じゃないみたいで。スーツもサイズが合わないし、声もまるで女の子みたいに可愛くて高いし……」
人体って不思議だ。
まさか大人のお店で特殊な自由恋愛をしなくても女の子になれるなんて……。
もう次はできてるので、とりあえずすぐあげます。