02
再び「一人」で追放王子の元を訪ねた私は、彼に出会った時最初にこう言った。
「王都を守っている力を解除しなさい」と
「は?」
当然。住みかにしていたボロ家から出て、こちらの顔を見た彼は、間抜けな声を出した。
そして「ちょっと待て」と声をかけてくる。
「なぜ、俺が王都を守っていると、そう言うのだ」
彼は明らかに狼狽していた。
やはり、当たりだったか。
私は資料室で色々な事を調べた。
その中で、追放王子の物心がついた頃に、瘴気による災害が減っている点に目を付けた。
そうなったのはもしかしたら、彼が何らかの力で、瘴気による被害を防いでいるのではないかと思ったのだ。
確証はなかった。
だからそれを得るために、今かまをかけたのだ。
私が「やっぱりね」と言うと、彼は「はめられた」と頭を抱える。魔王の力云々は本当だったのか。
まあ、そうでなくても良かった。
瘴気の災害が少なくなった件がただの偶然だったとしても。
追放王子に追い打ちをかける王子なんて、好感度が下がる事はあれど、上がる事はまずない。
王子の印象が悪くなっている間に、別の方法をとって婚約破棄を進めていただろう。
でも、勘は当たった。
私は、自分が広めた噂について説明しながら、「結界をといて」と頼む。
男尊女卑王子に怪我を負わされた追放王子。という設定にする。
仮に、そのタイミングで瘴気の災害が増えたらどうなる?
瘴気災害の減少と追放王子の働きについて噂を流したらどうなる?
間違いなく、男尊女卑王子の信用に傷がつく。
「本気か? そんな事をしたら、王都の民に被害が出るぞ。自分のために民を犠牲にするというのか?
自分が婚約したくないために?」
「そうだとしたらどうするの? 私を止める? まさか貴方が、追放されてまで王の責務を果たしていたなんてね。大した性格の王子様よ」
私は、本心を悟らせないために、わざと意地悪そうに笑みを浮かべる。
もうすこし、この演技を続けなければならない。
「王都を守っている魔法の力をとけば、貴方への不当な評価は晴れるわ。私が調べた情報を公開すれば、ダメ押しになるはず。今の王子は王座を追われる事になる。私にとっても、貴方にとっても良い事づくめじゃない」
「そうか。なら、上に立つ者として、断罪しよう。お前がしている事は到底許される事ではない。民のためにここで討たせてもらうぞ」
さて、芝居はもう十分だろう。
「ありがとう、そこまで言ってくれて」
「なに?」
いぶかしむ追放王子。
私は背後に潜んでいる者達へ声をかけた。
「出てきてください」
そこには、王宮に勤めている使用人達や、一部の有名貴族がいた。
彼らは、追放王子の事を気にかけてくれていた、優しい者達だ。
目の前の男性は、王宮には自分の敵しかいないと思っていたようだが、実はこんなにも味方がいてくれたのだ。
ただ昔は、男尊女卑王子の力に逆らえなくて、見て見ぬふりをしてしまったけれど。
「なっ」
私は驚いて硬直する追放王子に、今までの事は全部演技だったと伝えた。
彼はまんまと私にはめられてしまったのだ。
いつも私についていた護衛がいない時点で、気が付くべきだった。(ちなみに彼は、使用人や貴族を守るために、彼等の方についていた)
ここは森の中だし、万が一のことがあっても困るだろう。
私?
私は大丈夫だ。だって目の前に魔王の生まれ変わりがいるし。
森の動物が襲って来たって、その時は目の前の彼をすばやく盾にすれば良いだけだし。
追放王子は、この場に集った者達を見回して、疲れたような顔になった。
「お前という奴は、嵐のような女だな。まるで予想がつかない行動ばかり、次々と」
「嬉しいですわ。ありがとうございます」
「褒めてない」
ともかく、今この場にいる者達は、分かっている。追放王子と男尊女卑王子、どちらが王にふさわしいか決断できたはずだ。
連れてこられた彼らは、追放王子に向かって深々と頭をさげた。
「どうか王宮へお戻りください」
「我々の罪を許してもらわなくともよいです。しかし国民のために、貴方の力が必要なのです」
頭を下げられた彼は、額に手を当てて考え込む。
やがて、こちらをぎろりと睨んで口を開いた。
「これ以上この女に勝手をさせるわけにはいかない。いいだろう。今の王子の素行には問題があるようだからな」
「ならついでに、私の夫にはなって下さらない? 貴方の事、けっこう好きよ?」
「どうせ、今の婚約者「より」は、だろう。その「より」を外してからにしろ」
「あらあら(ボソッ)別によりなんかじゃないですのに」
追放王子が何かしようとしたら、すぐに男尊女卑王子の所へ知らせが入るようになっていたらしい。
私達の動きを察知した男尊女卑王子は、すぐに怒り狂って周りに当たり散らしていたようだ(後から聞いた事だが、彼の私室がすごい事になっていた)。
今まで、私と護衛一人が森を出たり入ったりするくらいなら、誤魔化せていたが、さすがに今回は無理だった。
男尊女卑男は、すぐさま森に兵を放った。
だが、彼の自由にはさせない。
私達は一足早く森を出て、堂々と王宮に向かっていたから。
――怪我を負ったとされていた追放王子が動き出した。
その噂は数時間も経たずに、王都中へ広まっていた。
目論見通り。
市民達には思う存分注目してもらおう。そして、思う存分兵士達の邪魔になってもらおう。
市民に守られながら王都を歩いていった私達は、ついに王宮へたどりつく。
王宮の建物の前には、男尊女卑王子が突っ立っていった。
さすがの彼でも、外面を取り繕えなくなっているらしい。額に浮かぶ青筋が見えている。
「勝手な事をしてくれた。私の妃ともなろう人が」
「勝手な事? 何のことかしら? 証拠もないのに因縁をつけるの? 市民から慕われている王子様が?」
「くっ」
私は証拠が残るようなへまはしてないはずだ。
資料室の件も。
だからその点で彼が私を責める事はできない。
そもそも彼は今まで自分の事ばかりだった。
こちらにはずっと無関心を貫いてきたのだから、何を調べていたか正確に言い当てる事はできないはずだ。
私はここに来るまでに、包帯ぐるぐる巻きにしておいた追放王子を視線で示す。
動きにくそうにしているが、我慢してほしい。
そして、やじ馬たちに向かって訴えかけた。
「みなさん、私達の上に立つこの王子は追放された王子に暴力を振るっただけではありません。使用人にも日常的に暴力を振るっているんです。それも大勢に。私だって、何度人目のない所で殴られた事か。信じてください!」
駄目押しに泣きまねをするのも忘れない。
か弱い乙女の涙と、演技が崩れかけている王子の図だ。
こうまでくると、信用されるのはどちらか目に見えている。
あとは流れを変えるきっかけが必要だ。
私は過去の事実をまとめた記事を、協力者達にばらまかせた。
彼等には、市民にまぎれてここに集まるように、あらかじめ指示しておいたのだ。
男尊女卑王子の性格なら、ここで私達を待ち構えている可能性が高いと踏んで。
市民達は、ばらまかれた記事を読んで驚きの声をあげる。
「この情報は本当なのか?」
「俺達を守ってくれたのは、追放された王子だったのか」
「どうりで瘴気の被害がでないと思ったら」
この場を動かすには「かもしれない」という空気を作るだけで十分だろう。
予想通り、市民達はこちらに同情的な視線を向けてきた。
私は、目の前の男尊女卑王子へ話しかける。
「皆さん分かってくださったようですよ。さぁ、私達を中に入れて下さい。詳しい話は中でしましょう? 大丈夫、私達はあなたのように暴力に訴えたりしませんから」
ここで、我慢の限界に来たようだ。
そういう短気な所があるから、見限ったというのに。
「貴様っ、今まで甘い顔をしていれば調子にのって!」
男尊女卑王子がこちらに殴りかかってきた。
しかしそれを、追放王子が止める。
男尊女卑王子は、振り上げた拳をやすやすと受け止められた事に唖然としている。
「この女に手をだすな。これでも、恩人に近い存在だ」
後は言わずもがなだった。
「妻に暴力を振るう夫、その存在を証明してしまいましたね。婚約は無しにさせてもらいますわ」
取り押さえられた王子と共に王宮へ入った。
後は、事前に根回ししておいた貴族や政治家たち、国の上に立つ者に働きかけて、男尊女卑王子を牢屋に押し込む。
身内に厳しい王子がいなくなると分かれば、流れが急激に変わるのは必然。
男尊女卑王子よりも追放王子に期待を寄せる声が高くなった。
後日。男尊女卑王子や追放王子の両親と話をした。
彼等は、今はもう王の位からは引退した身であるが、政治的な面で活動していた。
最近は外交のために他国へ出かけていたから、帰ってきたらこんなことになっていてびっくりしたらしい。
今回の騒動を聞いた彼らは、信用に傷がついた男尊女卑王子を罰する代わりに、信用を回復させた追放王子を新たな王子にすることを決めた。
その冷静な判断力があるなら、もう少し男尊女卑王子の行動をいさめてほしいと思った物だが、男尊女卑王子の外面の良さは両親にも発揮されていたらしい。
両親に対して、市民と同じ態度で接していたとは。ある意味孤独な王子だったのだろう。
騒動が落ち着いた後、追放王子、ではなくルキウス王子はため息をつきながら私の顔を見つめていた。
彼が座る場所は王座だ。
先ほどまでは、騒動の間にたまっていた大量の仕事に忙殺されていたらしい。
全体的に疲労感が滲んでいる。
「地位はこの通りだ、信用も回復した。追放された日に名乗る事を禁止された名前もとりもどした。しかし」
どうしても認めたくない、と彼はこちらをぎろり。
「なぜだ。なぜお前が俺の婚約者になる」
「自然な流れではありません? 元の婚約が駄目になったからといって、はいそうですかと処理してしまうと、これからの国交に影響しますし」
「それは、分かる。分かるが」
なおもぶつぶつ言っているルキウス王子は、私という婚約者に不満しかないようだ。
遺憾の意を表明したい。
彼の王位復帰に尽力したのは自分だというのに。
そう思えば、近くにいた護衛の男が「演技とはいえ、自国の国民を盾にとられたら普通は」とかつぶやいた。
「いい加減諦めてくださいな、これからもよろしくお願いしますね。魔王の婚約者様。お世継ぎ関係の相談はいつでも承りますわよ」
「よつっ、げほげほっ。俺に好かれたかったら、まずそういう所をなおせ」