美しい物語
美しい物語を読むと、美しい物語が書きたくなる。
その「美しさ」は、ただ美麗な言葉を並べるだけでは著せない美しさだ。
理不尽な世界、冷酷な世の中、人間の醜さ、生きていくことへの葛藤、死への恐怖、目の逸らせない現実。
それらの中に、私は言い様のない美しさを感じる。
或いは、常に死を孕んで生きている私たちが、眼前にそれを突きつけられたとき、身近に死神の気配を感じたとき。
それとは対称的な澄んだ感情や、力強い野花、幻想的な風景に、いつも以上に心を打たれるのかもしれない。
旧くから浄と不浄は危うい線引きであるように、清いものも汚いものも、同じ場所から生まれるものなのかも知れない。
私は、それらの危うい美しさを紡ぎたい。
けれど、美しい物語を読んで陶酔の溜息を吐いた後、衝動のままに書き出そうと思っても、思う通りに筆は動かない。
当たり前だ。私はまだ経験の少ない、ただの凡庸な小娘なのだから。
どれだけ胸打たれる物語を産み出したいと渇望しても、才能もなく、経験もなく、言葉を思うまま操ることも出来ない私には、それは不可能なのである。
美しい物語を紡ぐために必要なものすら、今の私にはわからない。
才能なのか、経験なのか、知識なのか、苦悩なのか、時間なのか。
ああ、いつか。
いつか願いが叶うならば。
一度で良いから、
誰かが涙を落とすような。誰かがスキップするような。
誰かの心の片隅に、ひっそりと佇むような。誰かの進む道を変えるような。
誰かの導になるような。
誰かの支えになるような。
世界の記憶に、刻まれるような。
───そういう物語の、母になりたい。
そう、どうしようもなく願ってしまうのだ。