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掌編小説集  作者: いちか
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積乱雲

ただじっと立っているだけで、汗がにじみ出てくるようだった。

全身に熱気がまとわりついて、ちっとも離れようとしない。きまぐれに吹く風が首筋を撫でれば大分涼しくなるものの、それ以上に、頭上から照らす日光と足下のコンクリートからの照り返しが辛かった。

ハンカチで汗を拭っても気休め程度にしかならないし、シャツが体に張り付いて気持ち悪い。ああ、やっぱり日傘を持ってくるべきだった。真っ黒な傘なんてダサいから嫌だなんて、妙なこだわりを持った結果がこのざまだ。今更ながらに後悔していた。

ふと、立ち止まって、自分がこれから向かう先を見つめた。目的地である××駅はすでに見えていた。自宅からの最寄り駅。ちょうど今半分ぐらいの辺りにいるから、残りはもう半分。時間にすれば、五分ぐらいで着くはずだ。

うそでしょ? まだ五分も歩くの?

軽い絶望がわたしを襲った。だって、もう汗だくだ。今すぐにシャワーを浴びてすっきりしたいのに、まだまだ汗をかかなきゃいけないなんて。いつもだったらなんとも思わない距離だけど、今日ばかりは途方もなく遠くに感じる。

近くの木からは、絶え間なく蝉の合唱が聞こえていた。耳から頭の奥にまで入り込んで、脳内にこびりつきそうなほど鳴いている。夏の風物詩だなぁ、なんて思える心の余裕はなかった。

一度、深く深呼吸をする。大きく息を吸って、吐く。それから左腕の時計に視線を落とした。時刻は十三時十分。乗りたい電車は二十分発。わたしはもう一度だけ深く息を吐き出して、それから、重たい足を持ち上げて駅までの道のりを歩いた。


それから五分後、ようやく駅の構内へ続く階段前に到着した。建物の中に入れば日差しが遮られて、大分涼しくなった。階段を上りきって、改札を通る。そしたら今度は下りのエスカレーターに乗って、ようやくプラットホームに着いた。設置されているベンチに腰掛けて、一息つく。

水分を補給しようと、鞄の中に入れた水筒を探る。だが、それらしき物はない。

「え、うそ」

慌てて、鞄の中をのぞき込んだ。教科書の間に入っていたりはしないか、確認してみたが、見当たらない。忘れてきたようだった。膝で広げたままの鞄に肘をつき、片手で額を押さえる。こんな暑い日に水筒を忘れるなんて、自分のうっかり具合に情けなくなった。

自販機、あったかな。視線を横に移したところで、目的の物は見つかった。鞄から財布を取り出して、小銭入れから二百円を出しておく。重たい腰を上げて自販機の場所まで向かい、どんな飲み物があるかを物色する。

本当は炭酸飲料を一気飲みしたいところだけど、これから大学に行って講義を受けなきゃならない。ここはやっぱり、無難にお茶かな。

お金を入れてボタンを押せば、ガコンという音がして商品が落ちてきた。取り出し口に手を伸ばし、ペットボトルをつかむ。ほどよく冷えていて、心地よかった。

すぐさまキャップをあけて、一気に飲む。冷たいお茶が喉元を通り、乾いていた口内が潤っていく。体を覆っていた熱が内側から静まっていくのを感じた。

ペットボトルから口を離した時、中身は半分ほどの量まで減っていた。ようやく汗も引いて、暑さが落ち着いてきたな。そう思って顔を上げた時、青の絵の具でベタ塗りでもしたかのような目が覚める青空と、山盛りのソフトクリームみたいな雲の姿が目に入った。

こんなに良い天気なんだから暑いのも当然。と納得がいった一方で、あの雲をワッフルコーンにでも乗せたら美味しそうだなとも考えていた。トッピングにチョコソースをかければ、さらに完璧じゃないか。お茶のおかげで一息つけたものの、まだ暑いことには変わりがないからだろうか、途端に頭の中がアイス一色に占領されていく。

ああ、コンビニにでも立ち寄ってアイスを買いたい。きっと、美味しいだろうな。すぐには叶いそうにない欲求が湧き上がってくる。そんな自身を宥める為に、わたしはもう一口お茶を飲み込んだ。


積乱雲というか、夏だな。

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