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SE’s monster 〜エスイーズ モンスター〜  作者: フェルディナント
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第七話 白鳩栄誉戦士勲章

 渡鳥は帰ってくる。

 出征前夜に兄と決めた母との再会を願う別れの言葉。

 

 各家庭の中から一人を徴兵すると新たに定められた法令。一般的な家庭では成人男性、つまり父親が徴兵されていった。だが彼らの家には兄弟が物心ついた時には既に父親はいない。だから年齢的にも戦力的にも優れている長男が選ばれたのだろう。


 ある日、市役所の職員が紅色に染まった召集令状を兄に渡しにきた。

 母はいつかは来るだろうとわかっていた瞬間を受けいられず立ち尽くしている。


「頑張って」


 役人はそう言っていただろうか。

  

 ……無責任なことを言いやがる。先に戦場に行ってしまった軍人達はほとんど帰ってこなかったくせに。  

 ……お前ら役人は徴兵免除のくせに。

 

 今ではそんな事を思っていた自分に嫌気がさす。

 

 自分は兄と一緒にいたい。自分は母と一緒にいたい。自分は三人で一緒にいたい。

 良いじゃないか、大切な人と一緒にいることくらい。

 

 でもそれは今のご時世ではとても欲深い願いだ。

 

 もし母を選んで兄一人を送り出したとしてもいずれ自分にも召集令状が届くだろう。そしたら家族がバラバラだ。

 

 ──なら選ぶのは


「母さん、ごめん」


 母は自分が何をしようとしているのか分かったらしい。


「嫌よ、やめて……、置いてかないで、……一人にしないで!」


「……おじさん、僕も行く」


──────────────────────────────────────────────────


 瞼の隙間から人工の光が入り込む。眩しくて一度目を強く瞑って、そして徐々に目を慣らすように開いていく。

 視界に映るのは光源の蛍光灯とそれに照らされる白い天井。背中に感じるのは柔らかい感触。

 どうやらベッドの上にいるらしい。

 首を傾けると横にもベッドが続いており、そしてほとんどのベッドに人が横たわっている。全員が身体の至る所を包帯で包まれた負傷兵だ。

  

 ここは軍病院だろうか。ではなぜ自分はここにいるのだろう。


「そうだ、腕、吹っ飛んじまったんだ」


 時雨はこの病院に入れられている理由であろう自分のした事を思い出す。

 

 片腕と引き換えに生きている。

 

 生きているだけでもよかった、そう思っても思えきれない。そんなグチャグチャな感情が溢れ出しそうになる。

 残っている左腕を右腕があった場所に手を伸ばす。

 そこには柔らかくて暖かい感触はもう、


 ────ある!!?


 反射的に起き上がり視線を右下に下ろす。

 つなぎ目はない、コード類もない。義手じゃない。そしてこの暖かさ、


「僕の右腕だ……」


 ある、ある、ある、ある!自分の右腕が肩から先に伸びてる!


 大粒の雫が瞳からぼたぼたとこぼれ落ちる。


「ははは、生きてるし腕もある!」


 病床で嬉し涙流している少年に看護師が一人寄ってくる。島国日本ではほとんど見たことのなかったヨーロッパ系の女性だ。ということはもうウラジオストクについているのだろう。


「Как ты себя чувствуешь?」


 何語?英語なら少しはわかる時雨でも何を言っているか全くわからなかった。

 はっと女性が自分の耳に手を当る。そして申し訳なさそうにポケットから何かを取り出しそれを耳に着ける。

同じものを時雨にも渡し耳を指で指し「つけて」とジェスチャーをしてくる。ジェスチャーのとおりにそれを耳に付けると


「ごめんなさい、ヒエログリフ着けるの忘れてたわ。で、調子はどう?英雄」


 日本語に翻訳された言葉が耳に入ってくる。


「まぁ、大丈夫みたいです。最近の医療はすごいですね、手榴弾で無くなった腕を元通りだなんて」


「はは、何言ってんだい。腕は吹っ飛んだらそれでおしまい、義手がくっ付くに決まってんだろ」


「……」「……」


「ははははは」「ははははは」


「は?」


 「腕は無くなったらそれでおしまい」、そのことは重々承知している。だが時雨の肩から伸びているそれは紛れもなく時雨自身の右腕だ。

 と言うことはそもそも腕は吹っ飛んでいない?あの自爆覚悟の攻撃で?


「そんな訳ないじゃないですか!確かにあの時、僕の腕は──」


「おお!ちゃんと生きているじゃないですか!」


 半ば割り込む形で翻訳機を介していない日本語が聞こえてくる。


「外傷も無いし検査もバッチリ!退院おめでとう。……ってことで良いですよね?」


「あぁ、こっちとしてもベッドが空いて助かるよ」


 話がどんどん進んでいってしまう中、時雨は自分の質問を続けるために言葉を発しようとすると


「ちょ須藤教官っ」

 

 ヒエログリフを強引に取られた。

 そのあと看護師が何を言っているのか分からないまま病室を出された。


「一体何なんですか」


 病棟の廊下を歩きながら時雨は問う。その質問に須藤教官は簡単に「この後の予定が忙しいだけです」と答えた。

 

「どう言うことですか?」


「周りの視線で気が付きませんか?」


 そう言われすれ違う軍医や従軍看護師に注意すると何だか時雨に視線が集まっている。


「……僕が寝ている間に何があったんです?」


「後でちゃんと説明しますが、今この国は英雄を求めているとだけ言っておきます」


 軍病院の入り口の扉を開け外に出る。空気は肌を刺すように冷たく流石は北の大地といったところか。ここの軍病院は高台に建てられており下には町の景色が広がっている。

 

 ウラジオストク。極東のヨーロッパと言われるこの都市は『地獄のシベリア戦線』こと東部戦線第四戦区の司令部が置かれている軍事都市だ。人口の二割が現役または予備役の軍人で占められており、また連邦随一の軍港『ウラジオストク海軍基地』がある。そのため港には舞鶴海軍基地とは比べものにならない程の数の軍艦が停泊している。


「今見えている軍港まで行きます。車を用意してあるので乗ってください」


 病院前に止まっている黒塗りの一台。訓練などで見た軍用のジープではない。乗り込むと車内は芳香剤の香りが充満している。そして車内でも足を伸ばせるゆったりとした空間。疑問を持ちながら柔らかい座席に沈み込む。なぜ数日前に入隊したばかりの下士官ですらない新兵がこのような車に乗れるのか。そして先ほどから存在している疑問をもう一度問いたくなるが……、


「運転手の耳が気になるのだったら気にする必要はありません。後部座席と運転席では音が通じないようになっているので気にせず質問の続きをしてください」


「……須藤教官たちが僕と合流した時、どのような状況でしたか」


「時雨が甲板の真ん中で気を失っていました」


「……その時僕の右腕はついていましたか」


「……何を言っているのですか?今もついているじゃないですか」


 須藤教官の返答に迷いは無い。隠し事は恐らくしていない、もしくは時雨自身のように何も知らないのだろう。

 

「あと、ブルーブラッドプリンセスっていう部隊が助けてくれたんですが」


「所属は?」


「……多分僕たちの輸送船団の護衛だったと思います」


「私の知る限りあの船団にそのような部隊はいなかったと思います。……もしかしたらそれは部隊名ではなく個人を示す愛称のようなものでは無いでしょうか?」


 黒塗りの一台は速度を緩めることなく坂を降っていく。


「それにしても“碧血姫”とは趣味の悪い愛称ですね。──あと時雨、君は勲章付きで陸士長に特進です」


「僕、死んだんですか?」


 兵士は戦死すると皆軍隊内での階級が二つ上がる。時雨は入隊したばかりの二等陸士、陸士長はちょうど二階級上だ。


「そんなんじゃありませんよ。時雨が輸送船団襲撃時に残りの丙二型三体を全て倒して乗員を救ったからですよ」


「いや、殺ったのは僕じゃなくてその碧血姫達ですよ」


「そんなこと私だって重々承知です。今の君では逃げることすらできずあの世行きなのは明白ですから」


 須藤教官がキッパリと言いきる。


「間違いなく残りを倒したのはその碧血姫とかいう人物です。しかし上層部は君が倒したことで片付けたいらしい」


「なんでそんな」


「上になんの疑問を持たずに指示に従う、それが軍人の仕事であり長生きの秘訣です」


 車が停車し慣性で体が前に押し出される。


『到着です』


 厚いガラスの向こうからマイク越しに運転手にそう言われた。

 扉が自動で開き再び肌を刺す冷気を感じる。車から降りると西洋風の建造物の前だった。


「ここは?」


「軍の司令部です。──ひとまず着替えましょう。ここは士官クラスの兵がうじゃうじゃ居るので戦闘服のままだと浮いてしまいます」


 そう言って須藤教官は入ってすぐの受付の方へ行きそこで何かを伝えた。そして振り返り時雨に向けて『こっちに来い』と指でジェスチャーする。


 中に入ると暖房が効いていて外の寒さに慣れた時雨には少し暑いくらいだった。床は全て大理石でできており天井にはほんの少しだけ凝った作りのシャンデリアがぶら下がっている。

 それと今さっき須藤教官の言っていたことがよく分かった。見渡す限り受付と警備以外のほとんどの軍関係者の肩の階級章が尉官以上を示している。そして全員制服を着用している。確かに今の格好だと浮いてしまうだろう。だが結局は軍の施設。そんなに気にすることでは無いのかと時雨は思う。


 階段で二階へ上がり、そこから日光が入り込む長い廊下を通り抜けその先の応接室のような場所に通される。


「中に制服が用意されています。着替え終わったら出てきてください」


 室内にはパリッとしたワイシャツ、シワのないズボン、連邦陸軍の深緑色のジャケット、黒光りした革靴が揃えられていた。

 昨日から着たままの戦闘服を脱ぎ捨て一緒に置いてあったボディーシートで体を拭き鏡の前で髪型を整える。

制服は一回り大きなサイズだったためズボンの裾を内側に折り曲げ誤魔化した。ジャケットの肩の階級章は金の折線三本に星が一つ。ほんとに二階級特進したことを時雨は実感する。


「終わりました」


「おー、若干ぶかっとしていますがよく似合っていますよ。はい、ここからはこれ付けてください」


 ヒエログリフを耳に着ける。


「では行きますか」


 また一つ階を上がりその階の一番奥の部屋の前まで案内された。

 案内役の下士官がその部屋の扉をノックする。


「須藤 衛 三等陸尉、白露 時雨 陸士長二名が参りました」


「通しなさい」


 艶と重厚感のある木製の扉が開かれる。

 その先にいるのは二人の軍人。一人は何かをもち横に控えている。もう一人は……


 肩の階級章に煌びやかに輝く三つ星、陸将だ。


 何が何だか全くわからず須藤教官の方へヘルプサインを送る。だが全く反応してくれない。


「来てもらって早々で悪いが早速始めさせてもらう」


 何を?この部屋に入ってから時雨の頭はずっと混乱していた。


「先の輸送船団襲撃時では単独で丙二型に対峙し、撃破。そして多くの新兵達を救った事、大変勇敢であった」


 なるほど、確かに上層部は時雨がやった事にしたいらしい。それほど碧血姫は表に出してはいけない存在なのだろうか。……あの美しい少女が?


「よってここに“白鳩栄誉戦士勲章”を授与する。貴官の今後の奮戦を期待する。アニスシア連邦暫定大統領ロバート・ミル・グレッジマン」


 『白鳩栄誉戦士勲章』、それは兵士たちにとっての最も誉れ高い証の一つであり、またそれをつけるものは全ての戦人から憧れの眼差しを受ける。


 それが今、少年の左胸につけられた。


「congrats」

読了ありがとうございました。

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