第六話 Blue Blood Princess
カロリーの高い文章って書くな大変ですね
一歩進むごとにピチャンと音がなる。
排水ポンプによって亀裂からの更なる浸水は抑えられているがすでに脛の半ばまで冬の日本海の水に浸かっていた。冷たすぎてもうすでに指先の感覚が無くなってしまった。
しかしそんなことは誰一人として気に留めていない。いつ死神に命を刈り取られるか知れないこの現状。アドレナリンの大量分泌により三日前まではごく普通の少年達だった彼らは今、兵士となった。
「迷路だなこりゃ」
「各自索敵を厳となせ」
壁のような三段ベッドが続くせいで視界が悪い。
ギシッ!
「「「「っ……!!」」」」
黒い影、
反射的に銃口が一斉に右側に向く。
「まだ撃つなっ」
須藤教官の制止によってなんとかトリガーにかかった人差し指を抑え込めれた。
「攻撃は倉庫中央についてからです」
M1半突撃銃はとても長く、この三段ベッドで囲まれた場所では非常に取り回しが悪い。今攻撃を受けたら高確率で死ぬ。
前進を再開、サイレンなどの雑音が酷いのに何故か呼吸の音、心拍の音がはっきり聞こえる。
そして前進再開から数十秒、
「着いた……」
全員五体満足でキルポイントに到着、しかし気は休まらない。何故ならまだキルポイントに着いただけでキルをしていないから。
「各自射撃位置に移動開始」
息を吐く間も無く合図で六人がそれぞれ三人ずつ左右に分かれて行く。
一人広場中央に残った須藤教官。
「あー、ニコチンが足りねぇ」
胸ポケットからシガレットを取り出しそれを年季の入ったオイルライターでボッと火をつける。口に運び大きく吸う。先端が輝き一瞬にして三分の一が灰になった。そしてシガレットを口から離し、吸ったぶんを一気に吐き出す。煙が須藤教官を取り巻く。手でそれらを払い周囲に目を配る。
「準備完了っと……」
六人が配置に着いたことを確認、腰のグレネードホルダーに手を伸ばす。
キンッ 安全ピンを抜き、カシャッ レバーを起こす。
「この心臓が張り裂けそうな感覚、あの時以来だ」
投擲
手榴弾が放物線を描き奥の寝室区画に投げ込まれる。
カンッ、カンッ、カカカン ベッドの鉄パイプにぶつかる金属音。三秒後、
爆裂
範囲数メートルでベッドが宙を舞い、粉塵が巻き上がる。
咆哮、苦しんでいるのか怒りをぶちまけているのか。手榴弾の炸裂音に引けをとらない叫びが返ってくる。
そしてまたベッドが宙を舞う。今度は水飛沫を上げながら。
三段ベッドの壁を押し除け『奴ら』が須藤教官の前に姿を表す。
黒い肌、黒い外殻。鈍く輝く碧眼、そこから伸びる二本の筋。
方舟に乗り北アメリカ大陸を堕とした地球人類滅亡の危機の元凶、
『SE’s monster 』
進路上の全ての障害物を突破し一路眼前の標的に突貫。輸送艦の装甲を貫くほどの拳、生身の人間が受けたら跡形もなく吹き飛ぶだろう。
それが須藤教官に迫っている。
「やっぱ生だと違うもんだな。標本よりデカく感じる」
あと数メートル
獲物に飛びかかる化物。
「だがそれだけだ、」
キルポイント、四方を高い三段ベッドで囲まれた戦場。
左右のベッドからブランケットを一斉に払い除けた六人が銃を構え、ホロサイト越しに照準を定める。
狙いは比較的外殻が薄い左右側面。呼吸をとめブレを抑える。
「ファイアッ!!」
撃鉄が雷管を叩く音、銃床から伝わる12.7mm弾の強烈な反動。
初速900m毎秒の金属の塊が照準先に向かっていく。
至近距離、発射されてすぐの弾速、すなわち運動エネルギーがほとんど落ちていない。回避は不可能。
コキンッ!!
金属同士がぶつかるような音がする。跳弾、六発の内二発が分厚い外殻に弾かれる。入射角が浅かったのだろう。残りの四発は外殻にほぼ垂直に着弾。弾は回転しながらそのまま外殻にめり込み、貫通。
時限信管が作動、『SE’s monster 』の体内で炸薬が炸裂。着弾部位から火が噴き、そして肉がえぐれ辺りにばら撒かれる。『SE’s monster 』の碧血と共に。
空中で体制を崩し床に倒れ込む。獲物となった化物が狩人となった獲物の前に。
「全員改善可能な点が多々ありますが初の実戦としては百点満点です。今後の実戦訓練で修正していきましょう」
「……!、教官そいつまだ生きてます!!」
このダメージではもう長くは無いだろう。追い詰められた化物の悪あがきともとれる咆哮。肌がビリビリと震える。
そして残りの体力を全て出し切るように立ち上がろうと──
「っるせぇよ、近くで叫ぶな」
声がワントーン下がる
撃発。脳天部にゼロ距離射撃。頭部は炸裂弾により跡形もなく吹き飛ぶ。
だが六人の視線が向いている先はそこではなく、M1の反動を片手で受け止めた男だった。
今までの訓練で一度も見ることのなかった冷たい目が頭部の無い亡骸に向いている。
「船内に侵入したのはこれだけのようですね。あとは甲板上ですか」
ケロッといつもの暖かい口調に戻る。多分さっきのがあの人の本性なのだろう。
「応援に行きますかね、かなり苦戦しているようですし」
須藤教官が天井を見上げ、六人もそれに釣られる。
次の瞬間、艦に衝撃が走る。
「こりゃまずい」
今倒した丙二型が侵入してきた亀裂が更に広がり時雨と他の六人が分断される。
拡大した隙間からどんどん海水が入って来た。
「おそらく艦首が取れかかってます!時雨は大廊下に戻り防水扉を閉めこれ以上の浸水を防いでください!あと第二から第五貨物室に避難している人たちにまだ出るなと伝えてください!」
「教官たちは!?」
「心配御無用!私達は救命ボートでそちらに乗り移ります!」
「了解!」
「時雨!」
夕立が弟に釘を刺す。
「絶対に無茶すんなよ!」
「だったら早くこっちに来い!」
時雨はバシャバシャと水音を立て大廊下に走り込む。
壁際のボタンを叩くとサイレンと共に分厚く重い鋼鉄の扉が閉まった。レバーを下げ
ロック完了
貨物区画への浸水は止まったが相手は輸送艦の装甲を貫く拳の持ち主。こんな防水扉、障子のように破かれてしまうだろう。
いや、そんな事考えている場合じゃない。次の仕事だ。
第二、第三、と貨物室を周り出るなと伝えて行く。
「なぁ外はどうなってんだよ!?武器はねぇのかよ!?」
第四貨物室で一人の少年に止められる。どこかで見た顔だ。
「第一貨物室に侵入した奴は倒した。そして亀裂が広がったから防水扉を閉めた。後のことは知らない、多分艦首が取れてる」
「もう敵はいねぇのか!?」
「甲板に三体はいる。だから出んな」
「わかった……、あんたは?」
「俺は第五の連中に伝えに行く」
再び衝撃、しかし今度は違う種類の感じがする。衝撃が収まると元々あった船の振動がなくなった。
数秒後、停電。真っ赤な非常灯が辺りを照らし始める。
「……──!!」
何かを察した時雨は急いで壁に設置されていた内線を取る。
「こちら第四貨物室!艦橋、今の衝撃は!?」
『……エンジンルームで浸水した』
時雨の勘はドンピシャで当たった。今の衝撃はエンジンルーム浸水で発生した爆発、機関が停止したなら船の振動が止まるのは必然だ。
『今予備を起動中、復旧までそ──』
「艦橋続きを……艦橋?、艦橋!?……クソッ!」
内線を叩きつけるように壁に戻す。
「出るなよ」
「いや絶対ヤバイって!あんたもここにいなよ!」
時雨だって本当はここで立て篭もりたい気持ちでいっぱいだ。でも
「予備に切り替わって無いだろ、これじゃ排水ポンプが動かなくて予備もダメになる……はずだ」
「じゃここにいる奴ら数人連れていこうぜ!」
「武器無いだろ、お荷物だ。──まぁ俺もM1持ってるだけの素人だけど」
「じゃあ武器どこだよ!?」
「エンジンルームの隣、無理だ」
「……これがあんだろ!」
少年は歩兵の最後の切り札を取り出す、震えた腕で。
「やめろ、それは身を守るために身を削る物だ。戦うために身を削る物じゃない」
そっと震えた手を包み切り札を離させる。そして
「あっ!!」
貨物室の奥を思いっきり指差す時雨。釣られてその方向に振り返る少年。その一瞬を逃さない。
思いっきり少年の背中を蹴り飛ばし床に叩きつける。
「いって……おいちょっ、待て!」
扉が勢いよく閉まりガタンっと音が響く。鍵を閉め扉の枠に一発。
12.7mm弾の衝撃で枠が歪み鍵が開いてもそうそう開かないだろう。
「っざけんな!ヒーロ気取りかよ!?」
扉を叩き大声で開けろと叫ぶ少年。
「んな事思ってねーよ、お前だって死にたくねぇだろ」
その場を後にし数メートル先の階段を駆け上る。M1という重量物を背負っているせいか息が切れるのがいつもより早い気がした。
「間に合ってくれよぉ、お前ら」
艦橋数歩手前、立ち止まり息を整える。弾はすでに装填済み、他に準備する事はない。
やる事は二つ。予備のエンジンを起動させ排水ポンプを復旧させる。そして生き残る!
艦橋に入り即座に銃を構える。
「──ゔっ……」
さっき途中で内線が切れたのは通話している相手がいなくなったからだった。
艦橋要員全滅。床、壁、天井、ありとあらゆる箇所が赤く染まっていた。元の形を留めた死体はどこにも無い。
胃の内容物が食道を逆流してくるこの感覚。胃酸混じりの吐瀉物が口から飛び出る。
「──クリア、制御盤はどこだ」
幸い丙二型は今は艦橋内にいない。
初めてきた巨艦を操る制御室。時雨は船の操船なんて習ったことが無い。目の前にあるのは血や内臓がへばりついた大量のボタンやレバー類。手当たり次第に押したり引いたりしてみる。
そんな中目に入ったのは内線を握る手。本体は無い。おそらく先程通話していた相手だ。
血と同色で分かりずらかったが他のボタンの色とは違う赤いボタンが近くにある。血を指で拭き取ると、
『予備主機始動』と文字盤が浮かび上がる。
「──これだ!」
ガシャッ、横から聞こえる音。体が硬直して全く動かなくなる。
見なくても分かった。奴らだ。
今は時雨一人、囮役がおらず側面に回り込めない。そもそもこんな狭い艦橋ではまともに銃を取り回せない。
頭の中で自分の死に様が浮かぶ。ここに居た艦橋要員のようになるなだろうか。
動け、動け!動いて銃を構えろ!、……だめだ、指先まで動かない。
『こちら直掩艦隊所属、ブルーブラッドプリンセス。突入の準備が整いました。……阿江丸、応答を』
無線特有のノイズが入っているにも関わらず透き通る優しい声。母に似ている。
何かに背中を押される感じがした時雨は
「こちら阿江丸!丙二型四体中一体は処理済み、残り三体の内一体と対峙中、後はわからない!早く来てくれ!」
無線を取り早口で状況を伝えた。
『了解です』
無線が途切れる。気がつくと体が動いていた。
「ぉぉおああああぁぁぁあっ!!」
狙いなどつけずにがむしゃらに引き金を引く。狙えるのは分厚い外殻で覆われた正面だけだから。
跳弾、跳弾、跳弾。相手は全く怯まないどころか憐れむような目で時雨を見てくる。
カチッカチッ、トリガーを引いても反動が起きない。弾切れ。弾倉を取り替えている時間なんてものは無い。
「これごとくれてやるよっ!!」
M1を思いっきり投げ飛ばし殴りつけるように『予備主機始動』を押す。
エンジン始動、振動が再開する。非常灯が消え元の蛍光灯の白い光が時雨を照らす。まるでAEDを使ったみたいだ。
それを合図にしたかのようにロケットスタート。全速力で艦橋を飛び出す。露天通路を通り落下防止柵を乗り越えそこから飛び降りた。甲板までの10メートル、途中で艦に張り巡らされたワイヤーを掴み減速。掌がジンジンと痺れる。
ワイヤーから手を離し再び落下。
着地。が、何かに滑り失敗、甲板に叩きつけられる。
「っ……、痛え。……んっ!!」
辺りに散らばるM1、弾丸、ヘルメット。そして血。戦闘要員だ。
こちらも全滅。そして戦闘要員達が甲板で相手にしていた残り二体の丙二型と目が合う。
「終わった──。結構頑張った方じゃねえかな」
獲物を舐め回すように見てくる四つの碧眼。
か弱い少年兵一人に化物二体。絶望的状況、時雨の戦意は完全に折れてしまった。
最後の切り札をグレネードホルダーから取り出す。腕は全く震えていない。
これを奴らの口に押し込み爆破させる事は果たしてできるのだろうか。
安全ピンを抜こうと輪に指を掛け静かに目を閉じる。────
「よく頑張った。賞賛ものだよ」
はっと目を開くとボートが空中を浮きながら『SE’s monster 』を押し除けていた。
意味がわからなかった。海面からそれなりの高さにある甲板にどうやってボートごと乗り上げてきたのかが。
「おいジャパニーズ、一匹仕留めたノハお前カ?」
ボートから降りてきた金髪ツーブロックの少年が威圧的に聞いてくる。
「え?」
「ダカら仕留めタのはお前かッテ聞いテンだよ!ニッポン語喋ってんダロウが分かんねえノカ、あぁん!?」
「そんな風に聞いちゃダメ。何度も言っているでしょう」
金髪ツーブロックをなだめる少女。無線で聞いた透き通る声の持ち主だ。白い肌、白い髪、青い瞳。おとぎ話に出てきそうな程の綺麗な容姿だった。
「い、いや俺は一緒に倒したけど仕留めたのは教官だ」
「んだヨ、ちゲえのかよ。……次はアッチか」
金髪ツーブロックが振り返る。怯む素振りなど全くなく二人はボートの拘束を解いた二体に向かっていく。
ちょっと待て、どっちもM1を持っていない。持っているのはコードが繋がった棒。
「ちょっ、銃は!?」
「要らネエよんなもん」
二人に襲いかかる丙二型。次の瞬間、赤い筋が一瞬見えと思ったら丙二型はどちらも倒れ込み碧血を流していた。
「は?」
さっきのボートより意味が分かんなかった。どうやって倒した?一瞬すぎて見えなかった。
強い、今はこれしか言えない。
「最近手応え感じなくなっちゃたな。……!ジーン上っ!!」
少女の警告にビクっと反応する金髪ツーブロック。
艦橋から弾丸のようなスピードで飛び降りてくる黒い体。さっき艦橋にいたやつだ!
「っ……!まずっ──ぅわ!」
押し出される金髪ツーブロック。押したのは時雨だ。金髪ツーブロックを回避させることには成功したが時雨は直撃する位置。
「危なっ──!!」
少女が時雨を見て絶句する。彼女の青い瞳に写っているのは安全ピンが抜けレバーが上がりかかった手榴弾を握っている少年。
時雨は化物の口に腕を突っ込み歯を食いしばる。自身が何をされようと感づいたのだろうか、時雨を引き剥がそうとするが時雨も必死に食らいつき全く離れない。
爆発。M1とは比べ物にならないほどの衝撃が体に伝わる。
なんだ、結構簡単じゃないか。
読了ありがとうございました。
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