第五話 会敵
出港からほぼ一日。本当なら今頃はもう目的地の港に着いているはず。しかし実際は度重なる航路の変更で未だ波の高い日本海上。
「あー、トランプも飽きたな」
「なんでこうも船の進路を変えるかねー、直線で行けっての」
「訓練あんのかと思ってたけど須藤教官はどっか行っちまったし」
六人は二つの三段ベッドにそれぞれ入り橘花の持ち込んだトランプでババ抜きをしている。船酔いでトイレにこもっていた夕立と鍾馗もついには吐くものがなくなり復帰していた。
「今どこらへん」
疾風が問う。
「ウラジオストクまで大体70キロ。直線上で」
すぐさま時雨が支給された軍用GPSで距離を確認する。
「この船の速度だとあと二時間くらい?俺トランプ飽きたから甲板に出てくる」
「まだ海しか見えねーぞ」
「いいんだよ、この貨物室むさ苦しいし」
そう言って時雨は三段ベッドの二段目から降り廊下に出て甲板へと通じる階段を登っていく。荒波で船は揺れているがもう慣れた。陸で歩くのと大差ないくらいには前に進めるようになっていた。
現時刻は二時過ぎ、太陽は少し西に傾いただろうか。
「ふふぁぁーあ」
時雨が大きく口を開けあくびをする。その時に頭が上に向いたため甲板よりも10メートルほど高い位置に設置された艦橋が目に入った。
「んっ、あれ須藤教官か?」
艦橋横の露天通路で話し込む二人の人影。その中の背の低い方はおそらく須藤教官だろう。
「何話してんだぁ」
この距離からでは話し声は聞き取れない。ただ雰囲気が何やらピリついていて明るい話ではないのは分かった。
「……!!、──ん知!おそら─────六──です!」
艦橋から一人の船員が飛び出し露天通路にいたもう一人に何かを大声で伝えた。その声は日本海の荒波にかき消されて時雨には聞こえなかった。
艦橋では艦橋要員十数人が一斉に動き出した。
「艦長!旗艦バーレイグより通信です!」
「まわせ!」
ザザッと機械音が鳴った後、無線越しに艦隊司令の声が聞こえてくる。
『……こちら旗艦バーレイグ、たった今先行艦ジャニメルマガトより入電。レーダーで『奴ら』を捕捉、戦闘に入った』
艦橋内に戦慄が走る。
『我々は先行艦が足止めしている間に早急に現海域を離脱、ウラジオストク基地に急行する』
「こちら第二輸送艦阿江丸、了解!」
艦長は機関室に繋がる電話を勢いよく取る。
「機関長、ぶん回すぞ!」
『溶かすなよ!』
掠れながらも響く威勢の良い返事が返ってくる。
「両舷前進最大戦速!!」
振動とともにエンジンの回転数が上がり煙突からは黒煙が噴き出す。
『たった今先行艦が『奴ら』と戦闘を開始した。戦闘要員は装備が万全な状態で甲板上に待機!』
艦内放送が鳴ってからわずか数十秒でM1を装備した兵士たちが集合する。
「おいお前、戦闘要員以外は艦内に待避だ!」
「りょっ、了解!」
艦橋から焦りで溢れた声が聞こえてきた。
「先行艦ジャニメルマガト、グルムニカ轟沈!チェンスン中破、速力低下を確認!」
「続いてミチェール被弾、艦首破損……されど航行に支障はない模様。戦闘を継続中」
「っ…!ミチェール、二撃目が弾薬庫に直撃した模様。誘爆、轟沈!」
「先行艦隊全滅!敵個体、左舷よりこちらに来ます!」
直掩艦隊が同時に左舷前方に主砲を向ける。撃発、続けて撃発、さらに撃発。70口径57mm砲が火を噴く。コンマ数秒後に刹那の炸裂音がやってくる。
着弾。十二本の水柱が一斉に聳え立つ。
「どうだ!?」
「ダメです、反応は一つしか減っていません!」
「観測員が目視による敵個体の判別を完了、丙二型です!」
「丙二型四体がさらに接近、予測進路は……っ!阿江丸ですっ!!」
巨大な輸送艦からしたら小さくてちっぽけな点が高速で突っ込んでくる。
「接触まで残り五秒!」
「ゴールキーパーッ!!」
「迎撃不能距離です!」
「……総員、対ショック姿勢!!」
「……五…四…三…二…一……」
艦全体に衝撃が走る。続いて厚い鋼鉄の壁が引きちぎれる異様な音が響き渡る。
「損害は!?」
「……艦左舷前方の外装甲に亀裂、──なっ……、そのまま第一貨物室まで繋がっています!」
「浸水は!?」
「排水ポンプが作動、食い止められてます!」
「よし、そのまま排水を継続、戦闘要員を至急第一貨物室に向か──!!」
艦長が甲板上で待機している戦闘要員の方へ視線を向ける。そこには丙二型三体と対峙する兵士たちの姿。
「早く行けガキ!」
兵士が時雨の背中を強く押し出す。半ば突き飛ばすように。
時雨は振り向かず体を前に進め艦内へと通じる扉に飛び込む。
「っしゃ来いやモンスタァーー!!」
兵士一人の怒号を合図にM1の銃口から一斉に光が放たれる。
艦内の通路を走り抜ける時雨。
「くっそ、あの場所は……」
時雨は気づいていた、あの場所は時雨以外の五人がいる第一貨物室。……無事でいてくれ!
「あっ時雨!」
時雨を止める声。須藤教官だ。
「無事でしたか、損害場所があなた達の居る部屋だったので心配しました。はいこれ貴方の銃です」
そう言い背中に背負っている七丁の内の一丁を時雨に渡す。
「安全装置を解除していつでも撃てるように」
「了解」
「あと残りの半分持ってください、重いので」
「了解」
「残りの五人に合流しますよ!」
「了解!」
第一貨物室に直結する大廊下に向かうため階段を二段飛ばしで駆け降りる時雨と須藤教官。
途中こけそうになりながら目的の階まで降りきり大廊下にでる二人。
「わっ!」
波、水ではなく人の。この波は第一貨物室から一方方向にに流れて来ている。恐らく『奴ら』から逃げるため。
「これじゃ誰が誰だかわかんねぇ」
「呼んでみましょう。矢重鶴!伊馬張!宮下!」
「夕立!橘花!……」
「「「「「……はいっ!!」」」」」
時雨にとって夕立以外はまだあって三日目、何故だか分からないがとても心地の良く、安心する声だった。
よかった、全員無事だ。
人の波を避けて一つずれた通路で合流。
「赤城、状況の説明を」
そういえばこの人の声もなんだかとても落ち着く、六人全員が思った。
「はっ、了解。衝撃が来たと思ったら壁に大穴が空いてそこから海水と『奴ら』が入ってきました。全員一斉に部屋を逃げ出してきて現在に至ります。恐らく『奴ら』は未だに第一貨物室にいます」
「わかりました。全員銃を受け取ってください。準備出来次第突入します」
「とっ、突入ですか!?」
「えぇ、いくら“大”廊下といっても『奴ら』と戦うには狭すぎです。少しでも広い場所でないと勝算が低くなります」
「「「「……了解!」」」」
コッキングレバーを引き弾倉内の弾丸を薬室に装填。弾種:『徹甲炸裂弾』
第一貨物室の方へ歩きながらアタッチメントの光学照準器のスイッチを入れる。覗き込むとスコープ越しに非常灯で赤く染まる艦内が見えた。
「いいですか、私が正面で注意を引きます。時雨と伊馬張、赤城は右、矢重鶴と宮下、夕立が左に回りこんでください。側面を取り次第私の合図で同時に射撃です」
無言の返事
「大丈夫、訓練通りにやればいいです。むしろ実戦訓練だと思ってください」
ザッ、第一貨物室の入り口に七人が到着、一度歩みを止める。
「全員いいですね、キルポイントは三段ベッドが置かれていない倉庫中央部です」
ゴクっと唾を飲み込む。死がこの鋼鉄でできた防水扉の向こうで待っている。
「総員、行動開始!!」
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