第八話
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突然だが、一つ主張を聞いて欲しい。人が何かを頑張るには、何か目的が必要だと思うんだ。お金が欲しいと思ったり、人から褒められたり認められたいと思ったり、何かの役に立って自分の存在意義を感じたいと思ったり。
そこには何か目的――欲求があって、やる気を生み出している。
「というわけで、俺は頑張らない」
「何が『というわけ』だよ! 頑張れよ!」
「えー」
まだ肌寒い春の、体育の時間。俺――白井星――は体育館で卓球をやっていた。
「というかその理論とお前が頑張らないことに繋がりが無いだろ」
「頑張っても得るものが無い。俺、勝負とかで勝ってもほとんどうれしさとか感じないからな。頑張って勝ったら当然だと思うだけだし、頑張らなかったらこの程度かと思うし」
「冷めてんなーおい。でもほら成績とかよくなるかも知れねーじゃん」
「成績よくして何の意味があるのか俺には分からん」
「おい」
話し相手は入学式の日以来何かと話すことが多い竹田だ。やる気ある方が竹田で、やる気ない方が俺。順番待ちから卓球台を挟むまで雑談しつつ移動し、今まさに竹田がサーブを打つところだ。
素人らしく、特に回転のかかっていない普通の弾が飛んできて――俺のラケットの前に瞬間移動させたその玉を、ネットの向こうに鋭く打ち返した。
「だがまあ、こうしてお前をからかうのは面白い」
「このやろ」
俺が打った弾を打ち返せなかった竹田が、にやりと笑う俺を見て笑みを見せる。その表情が怒ったからというわけではないことは、この短いつきあいで知っていた。
竹田はなにかと熱いやつなのだ。
いつもつきあってやる義理は無いが、体育で一時間の卓球くらいつきあってやってもいい。卓球は俺と相性のいいスポーツだ。俺からすればほとんど労力を払わず、竹田をからかうことができる。
ちなみに、体育で能力を使うのは反則ではないかと思うかもしれないが、むしろ推奨されている。操作系クラスの実践系の授業は大抵、超能力の技術向上のため、能力を競技に生かすことを「是」とするのだ。体育の場合は一般競技のルールにところどころ変更が加えられるのが通例である。
色々な競技に対し、自分の能力の「活かし方」を学ばせる目的なのだろう。
俺は玉を受け取り、普通に構えて何の変哲も無いサーブを打つ。
「おらっ!」
竹田は気合いを込めていきなり強打を放った。
玉は俺の横を通り抜けようとして――やはりラケットの前に瞬間移動して竹田の陣地に帰っていく。
「おわっちょっ」
竹田が慌てて玉を返すが、俺はその玉をこちらの陣地に入ると同時に、高めに構えたラケットの前に移動させ、思いっきりたたきつける。
当然竹田は返せない。
「くっそー! チート過ぎるだろ!」
「いやいや、どこがズルいんだ? ルールに抵触することは何もしてないぞ」
俺は竹田が言いたいことを理解しつつもすっとぼけて煽る。
竹田はこんにゃろと呟きながら闘志を燃やし、どこかに隙がないかと探りながら、愚痴をもらした。
「お前の能力スポーツと相性よすぎねえか? 特に球技なんてもうどうしようもねえだろ」
「卓球と相性いいだけだろ? 正直他のスポーツで瞬間移動をいかせる場面はなかなか思いつかないぞ」
今の俺の瞬間移動は、範囲的には自分を中心として半径二メートルの球体内部のものを、同じくその球体の中にしか移動させられない。ただ、卓球というスポーツではそれが圧倒的な守備力になっているだけで。
「そんなことないだろ。サッカーとか野球とかバスケとか、ちょっと考えただけで色々思い浮かぶぞ」
「……まあお前の考えていることは分かるが、この能力はそんな便利なもんじゃないぞ。特に動いているもの相手だと制限が厳しいしな」
「ほんとかよ」
竹田が疑わしそうに俺を見るので、俺は肩をすくめて返しておいた。
「ま、なんにせよ卓球においてはチートだろ? なら俺も――」
「いや、チートじゃないだろ。ルール上問題ないことは"ズル"じゃない。名誉毀損は犯罪だぞ訂正してお詫びしろ」
「あー分かった分かった! すみませんでした! しっかりルールに則って戦ってらっしゃいますので文句はありません!」
「ならよし」
俺はからかいの笑みを浮かべながら頷いてみせる。
少し解説しておくと、さきほど能力の使用を推奨していると言ったが、当然何でもありではない。能力で干渉していいのは、ネットを境として自分の側に玉があるとき、かつその玉に対してのみ干渉可とする、というルールだ。
竹田はむむむとうなりながら、おそらくは自分の能力の活かし方を考えている。
竹田の能力は水の操作。自分の近くにある水を、重力に逆らうことも含めてかなり自由に操れる。ただまあ、量の制限もあるし、水全体に力を加えている感じなので、例えば鞭のようにして振り回す、なんてことはできない。まあ形だけなら鞭のようにもできるらしいが、意味はない。別に水は鞭のように引っ張ってしなるようなものではないのだ。遠心力は乗らないし、自分の操れる最高スピード、威力以上にはならない。
そんな竹田だが、結局いい方法を思いつかなかったようだ。水ではたくよりかはラケットではたく方が早く飛ぶだろうしな。捕捉として、ピンポン玉を直接水で掴んで相手の方へと投げ返すというのは反則である。能力の扱いはラケットと同じような扱いだとされているので、いわばラケットで掴んで投げ返すようなものだ。できるかどうかはさておき問題であることには変わらない。
ならなぜ俺の能力はいいのかというと、玉に干渉する時間の差だ。瞬間移動の玉への干渉は一瞬だからな。
まあなんにせよそういうルールだ。俺には有利で竹田には不利だった。それだけの話。
竹田は最後まで諦めず粘ったが、結局最後まで一点も取れずに俺が完封した。