第六話
翌日。昼休み前の授業の後、その日の日直だった私は、担任の先生から少しめんどくさめの用事を言いつけられてしまった。生徒の親御さんたちに配るプリント数種類を、一人分ごとに封筒に詰めるという仕事だ。
なんだか最近運が悪い気がするな、と頭の隅で思いながら、その書類の束を持って席に戻る。
「何それ?」
「あ、もしかして次の授業のプリント?」
「えー、自分でやらずに生徒にやらせるとか職務怠慢じゃん」
「ドンマイ楓。まあ、後で手伝うよ」
「手伝う手伝う。あーでも先ご飯買いに行こうよ。なくなっちゃうし」
友人たちは手伝ってくれるようだ。正直この量はしんどそうだったので助かる。
「ありがとう。……あ、でも私、今日の朝、パン買ってきたんだった。いいにおいだったからつい……」
「あー、分かるかも。いい臭いするよねあの前通るとき」
「するする!」
「あ、じゃあ私ら買いに行ってくるね。楓も来る? デザートとか」
「ううん。みんなに悪いし、ちょっとでもこれ進めとくよ」
「オッケー。じゃあいってくるねー」
ひらひらと手を振って見送る。友人たちは談笑しながら教室を出て行った。
さてやるか、と書類の束を見る。
大きさの違う十種類ほどの紙を封筒に入れ、口を閉じる。それを可能なら昼休みが終わるまでに百六十部ほど作ってくれと言われたのだ。
友人達は手伝ってくれると言っていたが、やっぱり悪いな――と思ったのだが、一人暇そうなやつを見つけた。
私は昨日のことを思い出して、能力を使用した。そいつは昨日、暇だとか言ってちょっとした用事を断ったから。
立ち上がり、ほぼ同時に立ち上がった白井の前に回り込むと、『にっこり笑って「ちょっと手伝ってくれない?」と言って書類の束を指さす』。答え通りの行動。
白井はなんだかいやそうな顔で口を開き――たぶん、しぶしぶながらも肯定の言葉を返そうとして――そこでふと真顔に戻り、あごに手を当ててなにがしか考えるようなそぶりを見せた。
「……嫌だ、っていったらどうする?」
「え?」
私が予想外の返答に面食らっていると、「なるほどな」と謎の納得をした白井は、「じゃあやだから」と言って私から視線を外してその場から立ち去ろうとした。
「え、ちょ、待って!」
私は思わず白井の腕をつかんだ。
白井が捕まれた腕に引っ張られて足を止め、「なんだよ」といいながら振り返った。
だが、自分でもなぜ引き留めたのか分からなかった。能力を使っても失敗することはあるし、しばらくなかったとはいえ今回が初めてではない。だが、なぜだか頭の中は真っ白になり、混乱する頭では何を言えばいいのか分からない。
「えっと……」
「…………」
私が何も言えずに視線をさまよわせている間、白井は腕を捕まれたまま私を見ていた。
「……ちょっとくらい、手伝ってくれても……」
私は次第にうつむくように視線を落とし、そうつぶやいて腕を放した。
別に白井に手伝ってもらわなくたって特に困らないはずなのだが、なぜかそれがすごくショックだった。
私はふらふらと自分の席に戻り、急に重くなった腕を動かして作業を始める。
「……はぁ。あーもう、分かった分かった。手伝うって」
白井は苦虫を噛み潰したような顔で私の机に近づき、向かい側の椅子をくるりと反転させて座った。
「……いいよ別に。嫌なら手伝わなくても」
私がそう言って一つ封筒を完成させると、私の手元を見ていた白井は私の言葉を真に受けたのか椅子から立ち上がった。
しかし、すぐに近くから三つ机を引っ張ってきて私の机にくっつけ、私が持っていた書類を掏りとって、種類ごとに束にして机の上に置いた。
私はむっとしつつも、確かにこの方がやりやすいと思ったので、特に何も言わず封筒を作る作業に戻った。
すると白井は、封筒を作る作業を始める……と思いきや、今度は空の封筒の中身を見たり、ひっくり返してみたり、と封筒や書類を眺めるだけ。眺め終わった書類は封筒に入れていき、私が五つ目の封筒を作り終えたくらいでやっと一つ封筒を完成させた。
いいかげん何もしないならどこかへいってくれと言いたくなってきた時、白井は新しくとった封筒を手元に置き、書類の束をなでるように手を動かし、手元に置いていた封筒を私が完成させた封筒を置いてある場所の一番上に置いた。
「ちょっと、そこは完成したやつをおくところなんだけど」
「知ってるよ」
白井はそう答え、同じように封筒をとり、書類の束をなで、さっきと同じように完成済みのところへ置く。
私はそれを手に取ってみた。確かに中身が入っているようで、中身の感触があった。そしてしっかりと封もしてある。
そういえばこいつの能力は瞬間移動だったことを思い出してなるほどと納得する。と同時に、こいつの能力は単一物質の短距離瞬間移動という話ではなかっただろうかと訝しげに白井の方を見た。
「……応用が利くんだよ」
言葉に出さなかったが、私の考えを正確に読み取ったようだ。
私は結局何も言わずに次の封筒へ手を伸ばした。
「ただいまー」
「あれ? もしかしてもう作業終わっちゃったの?」
友人たちが帰ってきたとき、私はちょうど自分のパンを鞄から取り出したところだった。
「あー、うん。ちょうどさっき終わったところ」
「すご。あの量一人でやっちゃったの? お疲れ様」
「いや、白井が手伝ってくれて……っていうかほとんど一人でやっちゃった」
「え? 白井?」
友人たちは顔を見合わせ、白井の席の方を見る。そこに白井の姿はなかった。
「なんで白井が? っていうかあいつ、いつも昼休みいないよね。食堂かな?」
「多分そうじゃない? それよりなんで白井が手伝ってくれることに?」
「あいつ楓に気があるんじゃないの?」
友人たちが盛り上がり始めるが、私が暇そうだから頼んだと言うと、なんだそっかとすぐ落ち着いて。私が頼むところを見ていた人から、私が泣き落としたというデマを聞いて、また盛り上がったりした。
私は友人たちからの追求をなんとかかわしながら、さっきのことを思い出していた。
私が一つ作る間に三つも四つも作る白井のおかげで、見る間に書類の束は減っていき、あっという間に束が片付いてしまった。
そして最後まで仕事をやりきった白井は、「じゃあな。俺飯食いに行くから」と言って立ち上がった。私がお礼を口にしようとすると、「そういうのいいから」と機先を制するように言って、そのまま教室から出て行ったのだ。
私は、友人たちが机を動かすのを横目に、積まれた封筒を一時的に教卓の上へ移動させた。
封筒はどれも丁寧にできていて、どれを誰がやったのかは分からない。白井は嫌そうにしながらも、ちゃんとやってくれたようだ。
書類の束を封筒に詰めるという作業における白井の適性はとても高かったようだ。私の幸運が白井を誘ったのだろうか。
なんとなく違和感を感じながらも、その些細な感覚は友人たちと話しているうちに消えていった。