第三話
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「――さすが楓! ついてるぅ!」
「ははぁー、どうもありがとうございますぅ」
「もう、おおげさ。おだてたってなにも出ないからね」
私がはしゃぐ友人達をジト目で見据えると、彼女らは小さく笑って携帯の画面に視線を戻した。
私の名前は最上楓。高校一年生。特技は幸運を引き寄せること。趣味は料理。特技を除けば特に語ることもない普通の女子高生である。
友人がはしゃいでいたのは、最近流行っている携帯ゲームのガチャで、レアでかわいいキャラが手に入ったからだ。
ちなみにガチャというのは、いわゆるゲーム内での福引のようなものだ。いいものや狙いのものが出れば幸運だし、使えないものや、いらないものしか出なかったら不運である。
この友人たちは今のように、私の能力の恩恵にあずかろうとガチャをひかせたがる。
私の能力は大雑把に言えば確かに「幸運」ということになるのだが、ある程度縛りは存在する。そして、こういう電子的なものには効果を発揮しにくい。もっと物理的というか、直接的というか、確率に他人の手が介入できる余地がありそうなものの方が、より大きな効果を発揮するのだ。
いわゆる占い師ポジションのように、行動にちょっと助言をしてあげるみたいなものの方が効果がある。
……と、そう言っているのだが、多少なりとも効果があるのであればと験を担ぎたがる人も多い。
そういう頼み事は、もし不運な結果が出れば責任は取れないので、基本は断っている。
ただまあ、特に大きな影響のないものや、不運な結果が出ても気にしない人、なんだか大丈夫そうな気がするときなど、場合によってはやってあげることもあり、その場合の一例というのが今であった。
タダで手に入った福引券で一回だけという程度であれば、親しい友人間でそうかたくなに拒否するようなものではない。
実際外すこともあるが、特に気にしていないようなので時たまこうして力を貸したりしている。
「あ、ところで楓。今朝花道先生に呼ばれたとか言ってなかった?」
「あ! そうだった! ありがと。ちょっと行ってくる」
花道先生というのは家庭科部の顧問で、私はその家庭科部の部員だ。今の時間なら多分花道先生は職員室にいるだろう。
私は友人たちを教室に残し、昼休みの教室を後にした。
休み時間で賑わう廊下を抜けて職員室へと向かっていると、向こうから大あくびしながら歩いてくる見覚えのある生徒が見えた。確か、同じクラスの白井だ。
話したことは無いが、彼はいつも明らかに眠そうな顔をしており、クラス内ではちょっとした有名人なのだ。
しゃべる時ははきはきとしっかりものを話すのだが、目は常に半分閉じている。授業態度は不真面目で、指名を受けた際は大抵「聞いてませんでした」と悪びれることなく答えたりする。
先生もちょっとしたネタにしており、
「起きてるかー」
「起きてます」
という問答がすでに定着している。
だが、いわばそれだけの関係である。私の視線に気づくことなく、私と白井はただすれ違った。
白井はその性格も有名であるが、能力でも多少有名ではある。瞬間移動能力というのはとても珍しいのだ。
ただ、規模は小さく、簡単なつくりのものしか移動させることはできないようなので、レアなだけで今一ぱっとしないといったところか。
そもそもレア度でいえば私の『幸運』なんて更に珍しい部類である。珍しさなんて大した意味はないが。
職員室の扉を開けると、予想通りの場所に先生はいた。
「こんにちは先生」
「ああ、最上さん。えーと、これが去年の活動日誌で、こっちが――」
ぽんぽんと机の横に積んであった資料を渡された。あらかじめ用意してあったのだろう。
なぜそんなものを私が預かるのかというと、私が家庭科部の部長になったからである。
元々この学校の家庭科部部長は、忙しくなる三年生ではなく、二年生が務めるらしい。だが、なんと去年の新入部員がゼロ、つまり新二年生がいないということになり、話し合いの結果、一年生から部長を選ぶことになった。
正直無茶ぶりもいいところだと思ったが、話し合いの結果なので仕方がない。
ちなみに、本当は話し合いのとき、部長は佳倉夕という生徒に決まりかけていたのだが、その生徒がなんとか穏便に断ろうとしているのを見ていられなくなって、引き受けてしまった。
なんだか泣き出しそうに見えたし、なんとなく自分が引き受けた方がいい気がしたのだ。部長を引き受けるくらい別にたいしたことではない。
――なんていうとなんだか佳倉さんがいやな子みたいだが、話した感じだと、とてもまじめそうな子だった。何か外せない用事でもあって、それを言いたくないとか、言えないとか、理由にしたくないとか、まあ何かしらあったんじゃないかなとは思う。
とても感謝されたので、別に思うところもない。
「じゃあ、分からないところとかあったら私や三年生に聞いてね。特に三年生にはしっかり感謝を込めてお世話するよう言っておくから」
「あ、はい。ありがとうございます」
私は両手に荷物を抱えて一つお辞儀をし、職員室を後にした。