第二話
「ふぁぁぁぁぁ……ねむ……」
机にぐでーっと突っ伏し、生気のかけらもない様子で欠伸を漏らしている人物。彼の名前は、白井星。高校一年生。
暇なのだろう。入学式が終わって教室に戻り、先生が来るのを待っているこの時間が。
クラスメイト達はちらほらとグループを作り始めており、楽しそうにおしゃべりを始めたりしている者もいる中、この調子である。
彼はまるで、お前ら元気だな、とでも言いたそうに周りを見回すと、もう一度"ふあぁ"と大きく欠伸をして机の上で腕を組み、それを枕にしてウトウトし始めた。
と、それを見ていた隣の席に座っていた男子生徒が、こらえきれないといった感じに「ふっ」と小さく吹き出した。白井がなんだよとばかりに薄目を開けると、笑った生徒は「悪い悪い」と言いながら手を振った。
「すまんすまん。馬鹿にしたわけじゃないんだ。ただ、『お前ら元気だな』とでも言いたそうにしながら『眠いから眠る』とばかりに睡眠の態勢に入るさまがおかしくってよ。すっげーマイペースだなと思ってさ。あ、俺の名前は竹田叶太。叶太とでも呼んでくれ」
「……あーうん。まあ覚えておく……」
「なんだよ。昨日徹夜でもしたのか? ……ってもう寝てら」
竹田の質問に答えることなく寝息を立てる白井。
それを見て竹田は「やっぱすげーマイペースな奴だなあんた」と楽しそうに笑った。
ちょうどその時、ガラガラと戸を開けて教師らしき人物が入ってきた。竹田という生徒は白井星から視線を外し、前を向いた。
教師は教壇に立つと、黒板にでかでかと「尾野哲也」と書くと、生徒の方を向いた。
「初めまして。今日からこのクラス、操作系Bを担当することになった尾野哲也だ。よろしく!」
そして、よろしく! のところでビシッと空中にチョップを繰り出した。
敬礼の手を頭から離して、前後に鋭く動かした感じと言えば分かってもらえるだろうか。
そんなちょっと高めのテンションの教師、尾野先生は、注意事項やらを説明しようとして、最前列で眠っている生徒を発見した。もちろん白井星のことである。
「おい、ちょっと居眠りは早すぎるんじゃないか」
そんな風に言って生徒たちを笑わせながら教壇を降り、白井の肩を揺さぶる。
白井は頭だけ動かして教師の顔を見ると、仕方なさそうに身を起こした。とても眠そうである。
「後で自己紹介やるから、今のうちに趣味と抱負くらいは考えておけよ。じゃあまず連絡事項から――」
尾野先生はプリントを配りつつ生徒への連絡事項を説明し始めたようなので、この間に超能力について少しだけ説明しておこう。説明と言っても、軽く、超能力の意味と分類だけなので身構えなくてもいい。
超能力とは、他の人間には明らかに真似できない、人智を超えた能力のことを指す。
それらは大まかに五つに分けられ、能力者数が多い順に操作系、源力系、強化系、創作系、特殊系と名前が付けられている。
それぞれどんなものか簡単に説明しておくと、
操作系は、何らかのものを移動させたり変形させたりして操作する能力の総称。
源力系は、何かしら世界に影響を及ぼせるエネルギーを直接的に作り出すことのできる能力の総称。ただし対価を必要とする場合は操作系などに分類される場合もある。
強化系は、特定の能力や、自然界にあるものの性質などを飛躍的に強化する能力の総称。主に自分の能力を部分的かつ一時的に増加させるものが多い。
創作系は、対価の有無にかかわらず、何かその場所にない物質などを作り出す能力の総称。
特殊系は、上記の区分では分類が難しい能力。特殊なタイプ。
という感じである。厳密な区分は決まっているのかもしれないが、少なくとも一般的な認識はこんな感じ。
細かいことは省く。とりあえずは、その分類に従ってクラス分けがされていることを分かってもらえればいいだろう。
と、ちょうど尾野先生の説明も終わったようだ。
「――まあそんなところか。何か質問のある人はいるか?」
説明をそうやって締めくくった尾野先生は、生徒たちを見回した。
生徒たちの手が上がらないのを見て満足そうに頷く尾野先生。
最前列で舟をこぐ白井。
先生は見なかったことにしたのか気づかなかったのか、特に何も言わずに次にうつった。
「じゃあ自己紹介をしてもらおうか。出席番号一番から順番にいこう。名前、能力の簡単な説明、趣味、抱負、他に言いたいことって感じで頼むわ」
尾野先生の促しに答え、順番に自己紹介をしていく生徒達。
順調に自己紹介は進んでいき、だんだんと白井の順番が迫るが、起きる気配はない。
それを見かねた竹田が白井の肩を揺さぶる。
「おい、そろそろ起きた方がいいぞ」
起こされた白井は、眠そうにしながらもすぐに状況を把握したのか、竹田に手で軽く感謝を示し、ふぁぁと大きな欠伸をした。
「じゃあ次」
「ぁい」
順番が来た白井はゆっくりと立ち上がる。
「白井星、物質の短距離瞬間移動能力で……趣味は……特に思いつかないので寝ることってことで。抱負は健やかに過ごすこと。言いたいことは特になし」
趣味で詰まった以外は特に噛むこともなく、むしろスラスラと話すと、ぺこりと頭を下げて席に着いた。
「――じゃあ次」
尾野先生がほんの一瞬だけタイミングが遅れたが、特に支障なく自己紹介は流れていく。
そして出席番号が最後の人になった。
「最上楓です。能力は一言で言うと幸運かな。幸運を引き寄せることができる感じ。趣味は料理。凝ったものはあんまり作らないけど、休みの日にお菓子を作ったりしています。抱負は、皆と仲良くできたらと思います。一年間よろしくお願いします」
女生徒はぺこりと頭を下げて席に座り、自己紹介はそうして終わった。
ところで、皆さんは『万物流転』という言葉をご存じだろうか。哲学者ヘラクレイトスが提唱した概念で、意味を簡単にまとめると、『あらゆるものは変化してやまず、同じように見えるものも同じではない』という意味である。後世のある界隈では、万物流転という言葉が使われた一つの詩が広く知られ、ある人物の代名詞として畏れられるようになる。
今から語られるのは、その人物が畏れられる前のお話。能ある鷹の、お話である。