ていあん
「陛下、ひとつ提案があるのですが」
シーフーがユーリウス殿下をさっさと追い出し、どこかダラダラと流れる空気にジェラルド殿下が苛立ってきた頃。
微笑みを携えながらこちらをい殺さんばかりの鋭い視線を投げてきた彼に立ち塞がるように、シーフーは大きく一歩を踏み出した。
後ろ手で拘束されているくせに妙な迫力と余裕と自信を纏わせたウチの優秀な執事に、お父さんは青白い顔を向け、それから陛下はシーフーに向き直り、片眉をあげる。
「発言をお許しいただけますか?」
この執事が飄々として余裕に満ち溢れ、その貼り付けられた笑みの向こう側で何を考えているか謎なのはいつもの事だけれど、なぜだか嫌な予感がした。
それはどうやらお父さんも同じだったようだ。さすがは親子だなとかいうどうでもいい感想を浮かべている場合では無いのはわかる。
ウチの優秀で謎に包まれた執事の「提案」とは一体何か。近頃のシーフーはあまりにも訳が分からなすぎて恐ろしい。元々何を考えているのか分からないのに、それがもう今では輪を何重にもかけて分からない。
「シーフ、」
「よい、申してみよ。リアム・フォスター」
「恐悦至極にございます」
リアム・フォスター。
一体それは誰なんだ。というかどこかで聞いた気がしなくもないけど……。
わたしの勝手に漏れだした吐息のような呟きを遮るかのごとく、難しい顔で陛下はそう言って
、シーフーは深く頭を下げた。
その仕草が、慇懃無礼というか、どこかおどけたように見えるのはわたしだけなのだろうか。
「私は正直に申しまして、この国やザイオン、あなた方王族に何の忠誠心も愛着もございません。ですので、この拘束に如何なる理由があろうとも全くもって異論は無いのです」
……どう考えても正直に申しすぎだろう。
ニコり。
縛られた後ろ手を微かに持ち上げて綺麗に微笑んだシーフーと対照的に、私とお父さんはサーーっと青ざめた。
大急ぎで陛下とジェラルド殿下、ついでにジェンシー殿下の顔色を伺うのがピタリと揃っていたが、さすが親子だわ〜全然嬉しくないけど、とのほほんと思っている心の余裕も最早ない。
ジェンシー殿下は微かに眉をひそめ、ジェラルド殿下は相変わらずブリザードが吹き荒れるような絶対零度の笑みで「で?」といい、陛下は無表情だった。
何が怖いって王の無表情がいちばん怖い。初めて知った。出来れば永遠に知りたくなかった。
下手したらシーフーは不敬罪で処刑、ついでに私達も没落ついでに処刑待ったナシかもしれない。よくもこの面々が揃った場で、そんなことがつらつらと言えたものだ、とこの時ばかりは多分私とお父さんの心中は一致した。全然嬉しくない。
「まあですが、マーデリック公爵家に恩があり、フェリル様に忠誠を誓っている身と致しましては、この国が滅ぶのは少々面倒が多いという話に帰結いたしましたので、恐れながらトルヴァン王国のこともザイオンの事もそして精霊の事情も深く知るものとして発言させていただきます」
ひいい、巻き込むな私を。
というか忠誠を誓っているだなんて嘘だろ。色々と、それはもう色々とな。どこがだシーフー。確かに大事には思ってくれてるだろうけど……。
「まどろっこしい話はもう聞き飽きた。簡潔に述べよ」
「これは失礼いたしました。癖になっているようです。何しろこういう焦らし方をすると面白いものですから」
ちらり、とこちらに視線を向けたのは気のせいだよな……? 気のせいに決まっている。
だって、この王やら王子やらがうようよいてしかもなんかイライラしてるこの異様な状況で、そんな……。
「ずばり、この国も王家も閉鎖的すぎます。間口を広げるべきでは?」
「……それは、マーデリック公爵がかねてより進言していた内容と違わないが」
「ええ、もちろん。私は元より旦那様の思想に賛同しております。しかし旦那様はいささか生ぬるく、お人好しで、この国の王族らしく甘ったれでございますので、ちまちまと精霊の守護を盲信したこの国の貴族を説得し周り、自然保護と緑化活動に公爵家だけで邁進するには時間も手も足りなすぎるのです。具体的な施策を打ち出し、周りも無理やりにでも巻き込まなければ国を変えるなんてことできませんでしょう?」
「あ、甘ったれ…?」
「民の考えを改めるには貴族から。貴族の行動を主導するにはまずは王族から……。という訳で、王太子殿下を除くお二人の王子に他国の姫、もしくはご令嬢と婚姻していただくというのはどうでしょう」
にっこり。
花も綻び日は嫉妬し月が恥らわんばかりの眩い笑顔でそう言いきったシーフーに、部屋中の人間が絶句した。
しかし、私たちの反応を知ってか知らずか執事は楽しそうに続ける。
「長らくトルヴァン王家は国内貴族のみで血を継いで居ますが、それは精霊との盟約があった古の名残。精霊の血が王家に混じらなくなり久しい今日、閉鎖的になるばかりがメリットであるとは思えません。姿すら見せない伝説めいた精霊の加護にいつまでも縋るのはやめて、それよりも外交に目を向けられては? 例えば隣国のオーリアとは非公式ながら国境付近の諍いが絶えないとか。オーリアと友好関係を結び、小国だからこそ他の国ともっと絆を深め、自分達で自国の領土を守るのです。そうすれば堕落し慢心に満ちた貴族の心構えも変わってきましょう。なんのためにこれほど立派な騎士団があるのかお考えになったことは?」
「……イレネーとユーリウスに妻を。考えたことが無いわけではなかったが……」
「ええ、分かりますとも。だって焦る必要はないですからね。婚姻により他国との同盟や絆を強固なものにせずとも、精霊の力で護られていて、むしろ他国の干渉をよしとしない稀有な国でしょうから。膨大な領土と民を持ち類まれなる軍事力を持っているザイオンならともかく。小国でありながら本当に恵まれた国ですね。ですが、それが脅かされんとしている状況でしかも王族でさえその守護の正体をはっきりと掴めないという不安定さがいつまでも都合よく続きますかね。現にザイオンの若き王子殿下はその穴に気づき同盟を持ちかけてきました。他国が感づき始めるのも時間の問題では?」
シーフーは珍しくものすごく正論をつらつらと並べ倒しているように見えた。
その証拠に陛下は難しい顔をして「ふむ」と言ったきり黙り込み、お父さんでさえ真剣な顔をしている。あのお父さんでさえだ。
「しかし、精霊の加護をなくし、どれほど我が国が防衛力を行使できるのかが不透明過ぎる。何しろ今までに前例が無い」
「自分たちの怠慢のツケが回ってきたんですね。いい気味……間違えました、憂慮すべき点です。だからこそ、今なのです。今ならすぐには加護は無くならないでしょう。もちろん武力を行使し、戦争に少しでも加担しだしたらきっと精霊達は逃げ隠れてしまうでしょうが、今の状況ではいずれ綻びが大きくなっていくだけです。この国はいい加減自覚をし自立すべきです。戦争は勿論褒められたことではなく、できる限り避けるべき事ですが、だからといって精霊に国防を丸投げなんて今までが異常だったのです。自然を保護し領土を減らさないよう自衛しつつ、精霊も民と同じく貴重な国の財産として護るべきでは? 古の約束に甘え護られるのではなく」
シーフーの涼やかな演説にジェラルド殿下は顔を顰め「詭弁だ」と呟いた。ジェンシー殿下も鼻で笑うように「理想論だな」と言い、お父さんは青い顔で引きつった顔を崩さない。
けれど陛下は依然として険しい表情のまま小さく頷いた。
「リアム・フォスター。そなたの提案、しかと受け取った。この国の貴族では絶対に出ない提案だ。感謝する」
「無礼をどうかお許しください」
「しかし、その実現のためには我が国に情報が足りなすぎる」
「そこは、私も喜んで協力させていただきますとも。不透明な国防についての指針は同盟国と相成ったザイオンのジェンシー王太子殿下がご助言くださることでしょう。ちなみに、この事件の発端であろう精霊とザイオン人のことも把握済みですので、ご心配なく」
シーフーはやはり大袈裟に腰を折って頭を垂れると、それから美しく微笑んだ。
「え!!??」
「なんだと!?」
「先にそれを言うべきでしょうに…!」
「君、どこまでも食えない男だな」
錚々たる面々の錚々たる怒りの顔に笑みを返した我がマーデリック家の執事は最後にこういった。
「ところで、この腕はいつ解放してくださるのですか?」
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