れんこう
ずっと独白みたいなもんですな
「この国を利用してザイオンを滅ぼす。そしてシュウ・ジェンシーは俺がこの手で殺す」
燃えるような赤い瞳を煌々とさせ、ハオランはそう言った。
酷く頭の悪そうな企みに思わず笑ったが、しかし同時に納得し、哀れだなと同情した。
かつて、王族として何不自由なく幸せに暮らしていたこの男は、ある日突然、両親と兄を失い自らも殺されかけたのだ。しかも理由は保険だ。だれかが王位を目指す道にいつか障害として転がるかもしれない、まだ出てもいない杭をご丁寧に引っこ抜くような所業。愛人も側室も認め無いザイオン王家は、継承位などあってないようなもの。王族の血が少しでも混じっていれば、後は実力でのし上がったものが玉座に就く。だから暗殺された人間の一族は復讐を嫌って皆殺しで、王位争いは壮絶だ。まったくバカバカしい。
あの後、どうしてこいつが生き残ったのかは謎だが、どれほどあの国と一番の政敵だったシュウ・ジェンシーに恨みを募らせて生きていたことかは容易に想像がつく。
この国に行き着き、精霊と出会ったのは全くの偶然らしいが、どうやら、精霊と手を取り、国の守りをジワジワと削り、その間にオーリア国境のゴロツキどもやザイオンに恨みを持つ人間なんかをチマチマまとめあげて、いずれはトルヴァンを乗っ取り、ザイオン……いやシュウ・ジェンシーに復讐を果たすだのなんだの。
なんとも分かりやすく実直な計画だ。
しかし、どうやらこの国の精霊の大元らしい千年樹のティティー様とやらが代々王と契約し、守護をどうにかまとめているという事をつかみ、精霊の1人を城に潜り込ませて王族を籠絡しようとしている事には少し感心した。
兄とは違い凡庸で無邪気で実に子供らしかったあの男が考えたにしてはまあ、悪くはないかもしれない。意外と根回しなんかも出来るらしい。あの男がもし生きていたら、きっとあの生暖かい人の良さの滲む顔でお綺麗に笑ってやるんだろう。
「……はっ、ま、私に関係ないですが」
「リアム・フォスター伯爵殿。なにか?」
「……いえ失礼しました。しかし近衛騎士団のお歴々が私のような一介の執事を、わざわざ連行なさるなんてよっぽどの何かがおありのようです」
「任意だと言うのに、このように拘束まで……申し訳ございません。大仰で失礼かと思いますが……。私共にも何も知らされてはおりませんが、マーデリック公爵家の身内であるフォスター伯爵殿をそれこそ一介の騎士では連行など出来ませんでしょうから。それに、騎士であれば貴方の名を知らぬものはおりません。唯一あの天才イレネー団長と競り合うことが出来る御仁だと専らの噂です」
「あはは、そんな恐れ多い。私なんぞイレネー殿下の足元にも及びません」
私の両手を縛ってある縄を持つ騎士は「ご謙遜を」と笑い、後ろに控える三人の騎士は気持ちの悪いキラキラした目を向けつつ背筋を伸ばした。
全く、こんなに面倒な顔をされるくらいなら騎士学校になど通うんじゃなかったか。いやしかし、帯剣が許される上、腕を磨くのにあそこほど便利な場所もない。
溜息をつきたいのを堪えて、気を抜くと死んだような顔になりそうな表情筋を叱咤する。
……まあ、本当にこの騎士たちは何も知らないようだから、今は騎士学校で優秀だったリアム・フォスター伯爵でいた方が何かと都合が良い。その名を積極的に名乗ったことも、自分がリアム・フォスターだと思ったこともないけど。
これだけ盲目的に油断してくれるのだ。優秀な成績で卒業した甲斐があったな。
「しかし…なぜ、貴方のような方に拘束命令など出たのでしょう」
「さあ? 何か誤解があったのかと」
適当にそう言うと彼は頷き「早く誤解が解けるといいですね」と笑った。
なんという甘い思考だろう。
この男、第一騎士団の分隊長と言ったか。これがこの国の貴族だ。戦争も命の駆け引きも血水泥の地獄も知らない。甘ったれのぼんぼん。
生まれついて爵位と道筋が用意されそれを何の疑問も持たずただ享受しのうのうと生き、それに何の疑問を持つことも無い。
……ハオランでは無いが、お花畑だな。本当にこの国は一度くらい滅ぶべきかもしれない。
だとしたら、今は絶好の好機。バカみたいに目立つ地竜を連れているし、私に拘束命令が出るくらいだからどうせあいつも今頃捕まってるだろう。
対して私はこの油断しまくったお坊ちゃん四人が着いているだけ。
こんなに甘い拘束などあって無いようなものだし、手っ取り早くティティー様を手にかけるか、それとも国王を殺るべきか。
……いや、王太子が代わりに椅子に着くだけで意味が無い。それにマーデリック家に火の粉がかかりすぎるな。正直フェリル様以外はどうでもいいが、さすがに恩があるのは確か。私はともかく絞首台への最短ルートをお膳立てしてやるのはやりすぎか。
……それに、そんなことしたらフェリル様は泣くだろうな。
絶望して、消えてしまうかもしれない。
ダメだ、フェリル様を失うことだけは。絶対に。
となれば、どうする?
さっさとハオランを売って片をつけるか。
しかし、それではフェリル様の人間共との関係を絶つことができないな。
醜い感情に触れるのは危険だ。昔のように赤子のように何も知らず純白のまま森で心穏やかに過ごすのが最善。
とにかく排除すべきは脳筋とヘタレ(ユーリウス)か。
それも、フェリル様に気取られずに。
ハオランの計画を手伝ってやろうかとも考えたが、私にとってのメリットが無さすぎるな。
万が一にも計画が成功すれば、さっさとフェリル様と安全な地に逃げるか森に隠れるかでもして、失敗したのならそれはそれでどうでもいい。
笑顔のまま、騎士学校時代の脳筋の様子やらいついつの模擬戦の時のアレは事実なのかやら、面倒な騎士達の質問に答え、無駄に長い廊下を歩いて暫く、前から歩いてくる赤毛のメイドに視線を向けた。
彼女は昔アリエル様がしていたように気配を消していたが、私が分かるくらいだ。精霊に慣れた者は分かるかもしれない。つまり、それ程にお粗末な力だ。
そして14年前に見た精霊のようにどこか存在がくすみ、瞳が酷くかげっている。
もう力はそう残ってはいなさそうだ。
……ああ、そうだ、あれが居たな。
ハオランは言っていた。
それは火の精霊で、嫉妬心が強く、自分に少しでも心を許した人間を操る力を持つと。
なんでも、馬鹿な女で、大層自分に惚れ込んでいて連絡用にわざわざザイオン語を覚えるほどだとか。そんな奇特なやついるか、と思ったが火の精霊は赤い瞳で産まれなかったことを恥じているとか言っていたな。確かにハオランは燃えるような赤の瞳だがそれを差し引いても惚れる要素がどこにあるんだか。
その精霊の名はマーガレット。今はティアナ・レイクに成りすまし、第三王子はもう手に落ち、手紙によると他も時間の問題だとか。
……まあそれが事実かどうかは別として、あのヘタレはさっさとどうにかして欲しいものだ。
〖美しい赤髪のお嬢さん〗
「…??」
彼女が数歩前にいる段階で、彼女の青い瞳を見つめてザイオン語で口を開く。
〖弟の伝言だ。あの男を処分しろ〗
「フォスター殿? なにか今おっしゃいましたか?」
「いいえ、何も。風の音では? ここの吹き抜けは実に素晴らしいですね」
「ええ、なんでもかの有名な建築家バロック・デニスの建築だとか……」
「それはすごい」
すれ違いざまに囁いた私に、それは足を止め、振り返るが、私は立ち止まらなかった。
あれはもうダメだ。
長くないだろう。使うならさっさと使える時に使うべきだ。ハオランは決断力がないよな。
あれが王族を籠絡し、ティティー様を消せると本当に思っているのだろうか。ユーリウスは別としてそこまで王族も馬鹿ではないだろう。
そんなのをダラダラと待っているうちに精霊は腐って消える。昔のあの精霊のように。
利用できるものは利用できるうちに使わないと。
あとは、イレネーだが……。
聞けば遠征でイレオラ地方に居るらしい。オーリア国境に潜伏しているというゴロツキどもに倒されてくれていたら都合がいいのだけど……。さすがにあの殺しても死なないような男が易易とやられる訳もないか……。
……まあ、あれのことは後で考えるとして、今はさっさとフェリル様をあの男から引き離さないとな。
……全く、面倒なことだ。
薄く目を開いて私は笑った。
望みは一つだけだと言うのに、この世界は本当に面倒だらけだ。
いつもありがとうございます!
シーフーばっかですみません……。なんでこいつばっかなんだろう、びっくりする。




