さあ、くりだそう
「というわけなんだけど、ネリー」
「ふうん、まあそりゃそうよね。シーフーだもの。お姉様なんて簡単に言いくるめられるし、流されやすいし、馬鹿みたいに素直だからまた思い通りに動かそうとしたのね」
「なんか酷くない」
「事実よ、お姉様」
ネリーがにっこり笑う。相変わらずの天使のような笑顔に心が癒される。……あれ、でもやっぱりなんか酷くないか?
シーフーの言ったことになんとなく違和感を感じてネリーに話してみると妹は大きなため息を吐いた。わたしの妹と弟はどうやらわたしほどシーフーのことを良く思っていなさそうだ。シーフーは出来た執事で、いつでもわたしの傍にいてくれる人だけれど、確かに二人の言い分を聞いた後だとそれでいいのか? と疑問を覚えてしまったのだ。
わたしの髪にいくつかの髪飾りを翳しながら、難しい顔をするネリーがゆっくりと口を開いた。
「けど、残念だったわねシーフー。いくらお姉様が見た目だけのポンコツだといっても、子どもにすら騙されそうなおバカさんだといっても、この邸に戻ってきた以上、好きにはさせないんだから」
「ねえ、酷くない?」
天使のような外見でふははは、とあくどい笑い声をあげる妹に泣きたくなった。なんというか、反論できないのがまた心苦しい。……こんな姉で本当にすみません。苦労をかけます。でも見捨てないでください。
「お姉様はマーデリック家の長女なのだから、それなりになってもらわないと。帰ってきたと思ったら、また面倒なことを起こして強制送還されただけだし……。まあ、いいのよ別に。これを機に令嬢として生きてもらうから。シーフーはさっさとこの邸から追い出したいのだろうけれど、そうはさせないわ」
「え、シーフーってわたしを追い出したいの?」
「そうよ? 知らなかったの? シーフーはずっとお姉様が森に居続けるように画策していたじゃない」
「え!? なにそれ」
ようやく決まったらしい髪飾りをネリーがわたしの髪にさす。驚愕の声を上げたわたしをまったく意に介さないネリーは淡々と「回って」と顎を上げた。素直に一回転すると、どこか誇らしげな彼女は鼻を鳴らす。
そういえば、またもやびらびらの服をあれやこれやと着せられて、しかも装飾品までつけられたがこれはいったいどういうことだろう。
「よし、完璧ね」
「待って待って、いろいろ待って」
恐らく疑問符を大量に飛ばしているわたしにネリーは胡乱な目を向けた。そんな顔をされましても。し、シーフーがわたしを追い出したがっている? そんなまさか。いや待って。確かにシーフーは口を開けば森、森、森、森言っている気がする。なんだ、あれはシーフーがわたしを追い出したがっているからなのか? 味方だと思っていたけど、わたしはずっとあの頭のよさそうな(とりあえずわたしよりは確実に頭がいい)執事に騙されていたのか? マーデリック家のお荷物のわたしを、我が家に忠誠を誓う彼はそんなに嫌っていたのか。泣きそう。
「……お姉様って、本当に何を考えてるかわかりやすいわね」
「……うう、味方って言ってたのに」
「おバカさん」
「……妹に馬鹿って言われた」
「あら、なにを今更。わたしの中ではお姉様と書いてバカと読むのよ」
「酷い!」
ふふん、とネリーが笑う。多分情けない顔をしているわたしに眼を吊り上げて「化粧が崩れるから泣かないで」と一喝した。あれ、ネリーってこんなに声低かった? 怖い。
「シーフーは心配しなくてもお姉様の味方よ。ただ、わたしたちと真逆なのよ。お姉様の教育方針が」
「……わたしの教育方針」
幼いころからの世話係にならともかく、妹。そして多分「わたしたち」ということは恐らく弟メディにも教育されているのかわたしは十七歳にもなって。なんか切なくなってきた。どんだけポンコツ扱い? いや事実だろうけれど。だろうけれども。いろいろなことから逃げて森で悠々自適に好き放題して暮らしてきたのだからそりゃそうなのだけれど。
気持ちげっそりとしたところで、ネリーが綺麗な蒼の瞳を細めた。
「大丈夫よ。お姉様、わたしたちのお姉様なのだからポテンシャルは高いはず。今は猿以下の知能ってだけで」
「猿以下の知能……」
「今までの分まで存分にマーデリック家の役に立ってもらうわよ。わたしたちは、一層のこと知識と教養をさっさと身に着けて常識も令嬢らしさも取り戻したら、ザイオンに嫁いでも構わないと思っているくらいよ」
「いや、それはザイオンの王太子が可哀そうだよ」
「平気よ。見た目は綺麗なのだし、教養だって、基礎はあるはずでしょう?」
「……ちっちゃいころと今じゃ全然違う」
幼いころの令嬢としての振る舞い方と、今では全く違った。どうしていいのか全然分からない。人と関わるのを避けてきた弊害か接し方がまず分からないし、令嬢としてどうすべきかなんて言語道断だ。それをもう二度、思い知った。シーフーから聞いた情報でしか行動できなかった。これがわたしの逃げてきた罰なのかと、そう思って申し訳なくなったのだ。殿下にも大層嫌われたくさいし、もしザイオンの王太子妃なんかになってしまったらその先位、猿並み……違った猿以下のわたしでもわかる。
国家間の問題になり、下手したら、戦争、あえなくマーデリック家は衰退の一途だ。ひい。
顔を青くするわたしにネリーはなぜか得意げな笑みを浮かべた。
そういえば彼女もわたしと一緒に着飾っているし、というかなぜわたしはこんなに装飾されているのか。動きずらい、とても。これじゃ碌に走れもしない。
「走ったら、本気で怒るわよ」
「ひっ」
なぜわかったのだ。
ますます青ざめたわたしに笑顔で圧力をかけてくる天使が……天使? あれ、天使か、これ本当に。
「まあザイオンに嫁ぐとか、ユーリウス殿下の婚約者とか、そういったもの以前の問題よ。まだ今はね。まずはお姉様はいろいろなことを学ぶべきだわ」
「……と、いいますと」
「わたしと一緒に繰り出しましょう」
「…………ど、どこへ」
さすがに、この先が分かるような気がして、嫌な予感がする。……い、いやだ、本当に嫌だ。というかわかるよ。さすがに。だってこんな格好させられているのだもの。
思わず走り出しそうなわたしの首根っこをネリーが鷲掴む。うぐっと淑女らしからぬうめき声が漏れたが、それも今更だろう。
「決まっているでしょう? 貴族子女の戦場、パーティーよ!」
多分、わたしは白目を剥いた。
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