うたがい
久しぶりに会ったユーリウス殿下は前みたいに冷たい目の笑顔を貼り付けてはいなかった。
むしろ、赤くなったり青くなったりコロコロ変わる顔色と表情にこっそり驚いた。
いったい殿下にどんな心境の変化があったのかは謎だが、個人的には自然で近寄り難くなくていいと思う。だって多分あのままいけば近い将来シーフーみたいになると思うんだ。もっとも、シーフーは私がユーリウス殿下の作り笑いを「気持ち悪い」と思うような下手な表情の作り方はしていないが。
…………少なくとも意図的には。
「……貴方は森にいるべきです。ずっと、何があろうと、私と共に。永遠に」
最後に見たシーフーのあの笑顔が頭にこびりついて離れない。
あれは本心だ。シーフーの根幹とも言えるかもしれない。彼はずっとそう思っていたのだ。というか言っていたな、いつもいつも、ことある事にそう言って私を森に置こうとしていた。そう言えばいつか双子も言っていたじゃないか。
私はずっとシーフーの話を聞きながら、それをどこか他人事のように受け止め、適当に流されていた。シーフーはいつだって本気だったのに、私は心のどこかで思っていた。「私が本気で嫌がることをシーフーは強要しない」と。
実際その通りだ。シーフーに本気で強要されたことなど無い。いつも正面からぶつかる私たちは、色々と衝突も喧嘩もしたが、それでも最終的にはシーフーは私の為になる道を選んで導いてくれていた。
でも、あれは違う。シーフーは本気だ。いつも本気で私を森に閉じ込める気だったのだろう。
…………むしろ、その目的さえ達成出来れば、他はどうだって良かったのじゃないか。
だから、シーフーはいつも私の言うことを聞いてくれて私の味方を……
「フェリル!」
「は、はい」
突然肩を掴まれて私の意識は急浮上した。
目の前には焦燥の募る顔をしたお父さん。横には青白い顔のユーリウス殿下、その向かいには国王陛下、そしてすぐ後ろにジェラルド王太子殿下と陛下の側近、それから、ジェンシー殿下もいる。そうそうたるメンバーに今更ながら、そういえば城にいるんだったとハッとした。
「大丈夫か? 何があった。ユーリウス殿下に国防に関する重要な案件があると聞いたが。……シーフーはどうした? なぜお前一人なんだ」
「シーフーは……」
いいや、違う。シーフーは確かに変態で頭がおかしいくせに優秀な訳の分からないやつだけど、お父さんを裏切るわけない。あの男がこの国を乗っ取るだの王族を殺すだの、できるわけが無いし、というかそもそもシーフーの軽口というか侮蔑に限りなく近い言葉はいつもの事だし、あれもきっといつもの……。
何時になく真面目で心配そうな顔のお父さんに笑いかけようとして、失敗した。
いつもの侮蔑に違いない、と思っているのにあの笑顔がそう思わせてくれない。私の殆ど働かない直感が珍しく警報を鳴らしている。
「フェリル・マーデリック、何もかも、全て漏れなく話しなさい。関係がないことならそれで構わない。しかしこの国の存亡に関わることかもしれない」
ジェラルド王太子殿下に声をかけられたのは生まれて初めての事だ。
彼は三兄弟の中で一番、人形のように端正な顔立ちで、無表情にそういった。濃い翠色の瞳はまるで宝石のように無感動だった。
ーーーーーーーー
ぽつりぽつりと話し出した彼女の話によると、ザイオン人と思しき、片腕で顔に大きな傷のある男が地竜と共に王都のハズレの森に迷い込み、真偽の程は別として国家の転覆を口にしていたらしい。そして彼女の家の執事はそれを知りつつも止める素振りがなく、更には男と旧知の仲の疑いがある。どちらにせよ、その男に何らかの企みがありこの国に侵入した事実は変わらない。
「ザイオン人? 名前は?」
「知りません」
「知らない? 名前も知らない男と森に住んでいるのか君は! ちょっとユーリウス殿下、それでいいの?!」
ザイオン人という所で難しい顔をしたジェンシー殿下がそう聞き、フェリル嬢の言葉に眉をつり上げる。ついでにマーデリック公爵はよろよろと壁に倒れ込んだし、ユーリは目を逸らして「本当に何考えてるんですかねこの女は」と低い声で呟いていた。……おっと、素が出かかってるぞ弟よ。
まあ、私もそう思うけれどね。
フェリル・マーデリック。
弟の婚約者であり、弟が興味を示した初めての女性であり、変人と有名な叔父の娘であり、精霊姫と噂されるほどの美貌の持ち主であり、近頃の厄介事の中心にいる女性。
正直に言って、面倒としか言いようがない。
ザイオンとの件も結果的に上手く纏まったからいいものを、最悪戦争だって起こり得る事態だった。
私はこの手の予測のつかない人間が心底苦手だ。そりゃあ可愛い弟達には幸せになって欲しいとも思うけれど、相手がこれとなると賛成もなかなか難しい。この人格が王家に入れるとも思えない。
昨日、丁度イレネーの鷹がこちらに着いたばかりだ。連絡兵が何度も消息を絶っていることを考えてのことだろう、弟は報告を鷹に委ねたようだった。
今のところ問題なく連絡が取れているので一安心したところだが、王族に伝わる暗号で書かれた文章を読み解いたところ、内容は実に思わしくないことで、陛下と公爵と私は事実関係の究明に寝る間もなかった。
イレオラの加護は明らかに減少、もしくは消滅。オーリアからの侵入者、密入国者は後を立たず、作物の収穫量は前年からおおよそ3割減の見立て。連絡兵はいずれも発見に至らず、そして、レイク男爵に謀の嫌疑あり。
ティアナ・レイクは一年前に死亡。
城にいるティアナ・レイクは偽物の可能性あり、留意せよ。
調べてもティアナ・レイクの身元の調書に一切の相違は無く、男爵から持たされた紹介状も本物、当時彼女の面談をした事務官達も特に怪しい点は無かったと口を揃え、働きぶりに問題はなく、ユーリとの恋仲に嫉妬している一部のもの以外の周囲の評判も悪くは無い。
あの、武芸にしか興味がないが、人を見る目はあるイレネーが、嘘の情報を掴まされたのか? だとしたらなぜそんな嘘を?
……とにかく、レイク男爵を城に呼び寄せるべきであるが、連絡がきちんと届くかどうかが定かではない為、イレネーに男爵領へ訊ねて貰い、その結果を待つ他、今はないが…………。
イレオラ地方、王都から遠く離れた国境でなにかが起きているのは間違いない。
それに、王都のハズレの森に至急調査に入る必要がある。早急にそのザイオン人を捉え尋問するべきだろう。
衛兵を呼び騎士団に森へ向かうよう、さっさと指示を出し、その執事の扱いについて公爵に声をかけかけた所で、俯いたフェリル嬢を見遣る。
精霊。
ティティー様以外に見たことすらない、伝説上の生き物。遠く王家は精霊の血を継ぐと言われてはいるが、精霊との交流があったとされるのはるか昔のことだ。
確かに、美しくはある……が、どこまでも厄介な。今までなんの疑いもなく信用していたのが不思議なくらいだが、公爵の言う通り、すぐさまこの国の精霊に対する認識を改めなければ。
「……フェリル嬢、他に何かその男は言っていなかったか?何でもいい、とにかく情報が必要だ 」
「他に……」
顎に手を当てて考え込む彼女をじっと観察する。ユーリもイレネーも趣味が悪い。こんなに訳の分からない、頭の悪そうな女の何がいいのだろうか。見た目はいいが、それだけだろう。
まあ、ユーリはあの疑惑のティアナ・レイクに恋焦がれていた時点でお察しではあるが。
あの女は私やイレネー、陛下にまで媚を売ってあざとい瞳で擦り寄ろうとしてきたと言うのに。それを知らないのか気づいていないのかは分からないが、忠告は何度もしてやったが熱に浮かされたような顔をするばかりだった。あの冷静沈着で家族にすら心を開かない、立場ばかりを気にする可哀想な弟が、だ。
……私だって可愛い弟には幸せになって欲しい。これは本心だし、あの他に興味を抱けない潔癖の弟のこととなれば尚更だ。…………まあ、そう考えればティアナ・レイクよりもフェリル・マーデリックの方が何倍もマシかもしれないけれど。
「あ、そうだ。シーフーの事を、ユウロンって呼んでいました。泣きながら」
「はぁ、泣きながら……」
「後、地竜の名前はジーアン。めちゃくちゃ良い子です」
そう言って天真爛漫に笑う彼女に苦笑を返す。
期待はしていなかったがまったくどうでもいい情報だったな。その執事の名前も地竜の名前もどうでもいいが、執事はザイオン人なのか? 確かにザイオンの血が入ってそうな見た目と名前ではあるが……。どちらにせよ、捉えて尋問すれば分かる事だから別に構わない。
陛下に呼ばれ、顔が青いままの公爵と共に部屋を後にしようと背を向けた、が、
「……ユウロン?」
彼女の言葉に反応し、低いつぶやきを漏らしたのは同盟国の一大事だからと、無理矢理着いてきた、シュウ・ジェンシー殿下その人であった。
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