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どんつう

いつもありがとうございます。

誤字脱字報告、お恥ずかしいですが本当に本当に助かります! 私よりも遥かに読み込んでくださってる読者の皆様に感謝そして感謝、そして、感謝です…!(語彙力)



マーデリック公爵家に通うのはこれで何度目だろう。


近頃、イレネー様不在の為に倍近くに増えた仕事をどうにか日が真上に登る頃までにひと段落つけ、馬車を用意しそう遠くはないマーデリック家に向かう。


また、あの気味の悪い執事に追い返されるのだろうか…。というかなぜあの男はいつもいつも門前で文字通りの門前払いをするのか。


まるでそのために毎日毎日僕のことを待っているようである。


「……いや、さすがにそれは無いか」



一執事が、何故そこまでのことをするのか謎だしな。だって城でたまに見かけるマーデリック公爵自身は僕とフェリル・マーデリックの面会を認めているし。……なぜだか気まずげにそそくさと去っていくけど。

……まあ、あの人も精霊や国防関係で今や大忙しだから仕方がない。


なんといってもこの国の国防の要である精霊について一番詳しい人間はおそらく彼だから。



しかし、いくら体が丈夫だから大事無いとはいえ、あまりにあのフェリル・マーデリックが大人しすぎる。未だ城に滞在しているジェンシー殿下(早く帰ったらいいのに)も、交流会以来体調を崩していることを伝えてはあるが毎日動向を聞きに来て面倒だし、体調が戻ったのなら城に顔を出しても良いのではないだろうか、と少し前の僕なら絶っっっ対に思わないことを考えてハッとした。


少し前であれば、あの規格外の珍獣をいかに城や人の目につかないよう、どう隠すかばかり考えていたのに。



「……疲れてるなあ」



一人きりの馬車の中でそうつぶやきが漏れた。



…………というか彼女に振り回されすぎじゃないか? 気がつけば彼女のことばかり考えてる気がするし、それにイレネー様が遠征前に言っていたことも気になって仕方ないし…。っていやいやなんでだよ。



引き攣った顔でブンブン頭を振って邪念を追い払う。

別に毎日マーデリック公爵家に訪問するのは、国の行事のせいで負担をかけてしまった負い目があるから体調が気になるだけで、あと色々助けてもらったらしいから一言礼を伝えたいだけだし。

別に他意はないし、全くない、全然。うん、それだけだ。


むしろこれは公務といっても差し支えないかもしれな……



ギギギィィ!!!


「う、うわっ!!」


「な、なんだ!」



突然の揺れと突然の劈くような音、それから御者の叫び声に僕は咄嗟につなぎ窓を開けた。


どうやら急停止したらしいと理解して、務めて冷静に声をかける。どうせ他の馬車と接触しかけただとか、子供が飛び出してきただとか、猫が飛び出したとかそういうことだろう。王家の馬車といえどもたまにあることだ。



「どうしましたか」


「す、すみません殿下! その、い、猪か何かが凄いスピードで突っ込んできたものですから……」


「猪??」



…猪?? そんなわけが無いだろうここは王都だぞ。

はずれの森までは早馬を走らせても2時間はかかる距離だ。まさかそんな場所から猪がここまで来るわけが無い。


パニックになってあわあわしている御者の代わりに、何を言っているんだと呆れながら扉を開け様子を見てみると少し先に土埃とともにうずくまっている何かがあった。


生成色と茶色が混ざった塊にどこか見覚えのある水を閉じ込めたような稀有な青が散っている。



……猪なわけが無い……どう見ても人間、まさか人間をひいたのか? とにかく助けなければ……。


さぁっと下がる血を感じながら慌てて馬車をおり近付くと、それはもぞもぞと動き、立ち上がり「ふぅ」吐息をついた。



「に、に、人間!? だ、だ大丈夫ですか!? まさか、あんなスピードで人間が飛び込んでくるとは思いもせず」


「こちらこそ、急いでいたもので急に止まれなかった。飛び出したのは私だ。申し訳ありませんでした」



僕よりも先に慌てて彼女を引き起こし、青い顔でペコペコと頭を下げる御者にそれはそう言って、ばさり、とぐしゃぐしゃになっていた水色の髪を後ろを流し、笑った。



「フェ、フェリル・マーデリック??!」



(それ)は、ここ何日も会うことが叶わず、まさに今会いに行こうとしていた彼女その人だった。



「あ、ユーリウス殿下じゃないですか! お久しぶりです。お元気でしたか?」



マダムのおかげだろうか、以前よりもずっと社会性を身につけた口調でそう言った彼女に少々驚いた。というか、そんなことより、なにより、



「そ、それはこっちのセリフです! 貴方、体調を崩して屋敷で寝込んでいるんじゃなかったのですか!」


「はぃ? いつの話をしてるんですか。とっくの昔にもう良くなりましたけど」



「え、そ、れは良かったですね。あ、手土産と花束はご迷惑でなかったでしょうか?」


「手土産? 花束?」



首を傾げてなんの事だか分からないと言ったふうにその金の瞳を丸くする彼女に空いた口が塞がらない。

つまり彼女はとっくの昔に回復していて、あの執事はそれを知りながら僕を彼女に会わせまいと追い払っていたということだ。しかも彼女のこの様子からして、おそらく僕が会いに行っていたことは知らないのだろう。




…………あの腹黒執事。


いったい、僕になんの恨みがあって……。



ギリギリと拳を握っている所で彼女は「あ!」と大きな声を出した。



「申し訳ない殿下。えっと、怪我はなかったですか? 御者の人も、馬車も」


「ええ、大事ありませんが」


御者の方を向いて確認すると彼は涙目でウンウンと大きく頷いた。

フェリル・マーデリックはそれを聞いてほっと息をつき、どこかそわそわとしながら目を右往左往させた。

というかどういう状況なんだ? 猪と見紛うくらい猛スピードで突っ込んできたこともさることながら、彼女の格好は上質とは言えない綿の生成色の簡素なワンピース姿で髪はボサボサ先程転んだせいか土汚れ多数、そして擦り傷多数だ。こちらより被害はよっぽど酷いじゃないか。

君こそ大丈夫なのですか、と口を開きかけたがそれは彼女に遮られた。



「申し訳ないが、私は急いでいまして、だから、これで失礼します!」


「あ、ちょっと待って!! そんなに急いでどこに行くのですか」



走り出そうとした彼女の服を慌てて掴み、そう問うと、彼女はチラチラと僕の後ろを気にしながら息を吐いた。



「……ちょっと逃げてまして、」


「逃げる? 何からですか」


逃げる? この平和な国で一体何から? というかこの何でも力でねじ伏せられそうな彼女が何をそんなに怯えているのか。

この平和だけが取り柄の国も近頃物騒であるし、聞き捨てがならない。もしかしたら大事になるかもしれない。


目元を引きしめて声を低くした僕の目をチラリと見て、彼女は少しだけ迷ってから小さく言った。



「……その、ウチの執事(シーフー)なんですけど、」



「………………は?あの執事ですか?」




こくん、と神妙に頷いた彼女に気が抜けた。

何かと思えばあの執事。確かに異様な雰囲気を持つあの男は恐ろしいが、なんだただの喧嘩か何かか、と僕は薄ら笑みを浮かべた。



「それで、どこに逃げるんですか? もしかしてマーデリック公爵家に逃げるおつもりですか?」


方向から察するに。

そもそも彼女は一体どこにいたんだろう。マーデリック公爵家とは真逆から走ってきたように思えたし、それにこの格好……。



…………まさか、森が好きとか森育ちとかいっていたが本当に森に住んでいたのか? まさか、公爵令嬢が? ……いやいやそんなわけない。


僕の言葉に「ぎくっ」という効果音がつきそうな程動揺して、「な、なぜ分かった」と訳の分からないことを問う彼女はもしかしたら僕のことを馬鹿にしているのだろうか。



「いや、だって、他にどこに行くんです? そんなことあの執事だって分かっているでしょうし、あの執事だって帰るところは同じでしょう。なぜ逃げているのか知りませんがすぐ捕まりますよ」


至極当然なことを言っただけなのにどんどん顔色を無くす彼女は忙しなくその金の瞳を動かした。その度に水色のふさふさのまつ毛がバサバサと音を立てるようでとても神秘的だ。……いや神秘的ってなんだよ。別に……。



「そ、そうか……それもそうだな……。ど、どうしよう」



おろおろと胸元で両手を組み青ざめる彼女は物凄く珍しい。こんなしおらしい彼女を見たことが無い。それよりこの彼女がそれほどまでに怯える事態とは一体なんなのだろうか。

まさか、あの執事が無体を働こうと……? いやいや、有り得な……いやどうだろう。あの得体の知れない男なら何をやらかしても不思議では無いかもしれない。……まあ彼女がやらかして怒られている場面の方が容易に想像できるけれど。




ははは、と半分呆れつつ、よく見るとカタカタと小刻みに震える指先に僕は笑みを引っ込めた。




「……私が匿いましょうか」


「え?」



咄嗟に小さく口を出た言葉は自分でも全く予想していないもので、自分で驚いて口に手を当てる。

……僕は何を言ってるんだ、事情も全く分からないのに。……いやいやでも彼女は何故かこんなに怯えきっているし、そもそも怯える女性を助けることは人として当然のことだし、僕はまだあの時の礼も出来てないわけで、別にこれはだから、他意はなくて、困っている人の力になるのは当たり前だし……。



「城なら一介の執事が探し回れるとは思いません。それに貴方のお父上は最近城に滞在することが多いですし、話も通しやすいでしょう」


「え、え、でも、……いいのか? ユーリウス殿下は私の事嫌いだろう?」


「き、嫌い?! そ、そんなことありません! 確かに昔は苦手だったかもしれませんが、今はそうは思いません」



不安げに真っ直ぐにこちらを見上げてくる純粋な金の瞳が眩しい。心做しかうるうると水の膜を張った瞳に抗える気がしない……。庇護欲を掻き立てられるというか、何故か悪いことをしている気分になる。


くそ、なんか、調子狂うな。なんで今日に限ってこんなにしおらしくて頼りなくて、元気が無いんだ……。なんか変な気分になる。心臓が痛いし、なんかバクバクうるさいし、頭の中が爆発しそうなんだけど、あああ、だからこれだからフェリル・マーデリックは嫌だったんだ!




まるで、いつかイレネー様が言ってたみたいに、守ってやりたい、みたいな………





…………いやいやいやいや!



「ち、違いますからね! 別にあなたの為とかではなくて、これはただの人助けです。私だってあの執事に思うところはありますからちょっとした仕返しのつもりといいますか、だから別に貴方を守りたいとかそういうことでは全くないので、勘違いしないでくださいね!」



「分かっています。ありがとう、ユーリウス殿下」



「いえ、別に」


ふわり、と眉を下げて微笑んだ素直すぎる彼女が、不覚にもあまりにも可憐すぎて、みぞおちの辺りがぎゅう、っと締め付けられる鈍痛に僕は「ぐ、」と呻いて腹を抑えた。……なんだこれは、くそ、これだからフェリル・マーデリックは……。全くもって上手くいかないし想定外だし、自分が自分で制御出来なくてイライラする……。



誤魔化すように彼女をさっさと馬車に乗せて、その向かいによろよろと腰をおろすと彼女はまたもや安心したように微笑んだ。そしてまた締め付けられるような鈍痛……。





……帰ったら胃薬を貰いに行こう。ロバルト医伯に見ていただく必要がある。絶対内臓がなんかおかしい。






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